変わるネットと個人の表現―クラウドで消耗しない世界

2017/3/22
GMOペパボ株式会社が、2001年から提供するレンタルサーバー「ロリポップ!」のリブランディングを実施した。現在では新しいテクノロジーの影に隠れがちなホスティングサービスを、同社が今なお磨き続けるのはなぜか。そして、「ネットと個人の関係」の未来に何を見ているのか。GMOペパボ取締役CTOの栗林健太郎氏にきいた。
──ネット黎明期から「ロリポップ!」を運営しているGMOペパボは、現在も中核事業のひとつとしてホスティングサービスを提供しています。しかし、クラウド全盛の今、レンタルサーバーは「前時代の技術」という印象もあります。
栗林確かにレンタルサーバーそのものは、Webの創成期から現在にいたるまで続いている、歴史の長いサービス形態です。また、そこで使われている技術には「枯れた」ものが多いのも事実です。しかし、だからこそ長い間にわたってお客様の大切なデータを安定してお預かりすることができたのです。
一方で、僕らは2001年の「ロリポップ!」サービス開始から今までずっと、技術を進化させサービスの価値を向上させることを続けてきました。特に、2015年には「次世代ホスティング」という方向性を打ち出しました。
確かにクラウドは便利ですが、使いこなすにはかなりの知識やスキル、労力が必要で、ハードルが高く、コストもかかる。個人や、ネット上でスモールビジネスを始めたい人々が、やりたいことの実現のために導入するにはオーバースペックなんです。
ホスティングサービスを居住用の建物にたとえるなら、専用サーバーは一軒家で、VPSやクラウド、レンタルサーバーは集合住宅のようなものです。VPSや一般的なクラウドは、セキュリティや利便性のために「壁」が非常に分厚くなっており、建物への収容率の面で必ずしも効率的でない設計になっています。
「ロリポップ!」の次世代ホスティングは、最新のタワーマンションをイメージしていただけると分かりやすいですね。極限まで住居間の壁を薄くしつつも隣の部屋に音漏れしない自社技術を開発し、そのことでパフォーマンスと高いセキュリティを両立しています。
全部自分で管理しなければならない一軒家より、最初からたくさんの共用サービスが整っていて、維持管理もやってくれる、なんでもありのマンションのほうが、一般のユーザーにとっては快適というわけです。
──そもそも、創業時からこれまでホスティング事業を続けているのはなぜですか?
会社がスタートした時からずっと大事にしてきたのが、「個人の表現活動」を支援するということ。レンタルサーバーの「ロリポップ!」って、当時、広がりはじめていた新しい表現形態としてのホームページ作成を、個人が手軽に低コストで始められるようにと思って開始したサービスなんです。
当時はブログもSNSもなくて、インターネットで何かを発信したい人は自分でホームページを作らないといけなかった。そこで、それまで月額数千円が当たり前だったレンタルサーバーを数百円の低価格で提供し、「インターネットで何かしたい」多くの人たちに門戸を開いたのが「ロリポップ!」です。
専門知識がなくても手軽に自分のホームページやWebサービスを始められるという、パラダイムシフトのきっかけを作ったと思っています。
インターネットに拠点を持ち、自分を表現したい個人って、使っているツールは変わってきたとはいえ、昔も今もたくさんいるわけです。僕らはそういう人たちを大事にしていきたい。そして、自己表現を極めていった先に、インターネットが日々の仕事として生活の糧になるとさらにいい。
僕自身も、もともとは文系出身の市役所勤めで、仕事の傍ら趣味でWebサービスを作って遊んでいたのが、いつの間にかWebのソフトウェアエンジニアが本業になりました。
──確かに、2000年代に「インターネットで人生変わった」という人は多いと思います。
特に2005年ごろからのWeb2.0の時代には、個人が作ったサービスがあっという間に世の中に広がって、ひと晩で人生が変わるみたいなムーブメントがありました。目端の利く人がアイデアと実行力一発でひと山当てる、みたいな雰囲気でしたよね。
そういった「個人の表現」は、当初は「こんなもの作ってみたけど、どう?」という趣味の領域だったものが、次第に拡大して「ビジネス」に変化していきました。個人の活動から生まれたネットベンチャーが大企業になり、新しいサービスも次第に大規模化していくなかで、それを支えるインフラもVPSやクラウドにシフトしていったという流れです。
一方で、サービスを構築し、運営するのに要求される技術の水準が引き上がってしまった結果、それまで熱心に表現活動を行っていた普通の「個人」は置いていかれた。いま、そういった人々は、実はオーバースペックかつコスト高なクラウドサービスを、他に選択肢がないからと、使うことを強いられている状況であるといえます。
──しかし、今はSNSやYouTubeなどのプラットフォームもたくさんあります。「個人の表現活動」の範疇であれば、それで済んでいる気もします。
おっしゃる通り、今はSNSで承認欲求を満たせるし、誰でも短時間なら有名にもなれます。
でもそれは、本来は多様な表現が可能であるはずの個人が、特定のプラットフォームに自己を回収されてしまうことと引き換えに少しばかり得られる、刹那的な「名誉」に過ぎません。それが証拠に、流行のSNSは「○○疲れ」によって数年おきに入れ替わってきました。
つまりTwitter、Facebook、YouTubeといった「箱庭」の中から抜け出して、自分の表現をもう一歩進めていこう、さらには、なにかしらのビジネスに発展させていこうと思ったら、やはり自分自身で運営できるWebサイト、自社サイトが基盤になります。
実際、これから数年で個人が、ある意味では単発的な表現を強いてくるようなソーシャルプラットフォームから一歩距離を置き、一過性のものではない、インターネット上に継続して残り続ける自分の拠点を持つ動きが広がっていくと思います。
その背景にあるのが、個人の自己実現の多様化です。近年、政府や経済界の推進している「働き方改革」や地方創生といった社会的な後押しもあって、ひとつの組織や場所に縛られずに生きられる環境整備が進められつつあります。
もはや回避のしようがない大きな潮流となってきている新しい環境において活躍する個人には、何物にも回収されない確固とした自己、もっといえば主体としてのブランディングが不可欠だし、そのためにはネット上で自分の拠点を確立しておく必要があるわけです。
NewsPicksの佐々木編集長による『日本3.0』における分類でいえば、「普通の人」たちがそれぞれの好きな場所(=ローカル)で活躍していく中で、ひいては「ローカルリーダー」として周囲を導いていくような成長を遂げていく、そんな生き方を実現するツールとして、インターネット上に個人のブランドを築いていくことになります。
──大規模組織はクラウド、個人や小規模組織はレンタルサーバーという図式の二極化が進むということでしょうか。
技術がますます高度化・複雑化していく流れは今後も止まることはないでしょう。IoTが本格的に広がって、あらゆるモノがネットにつながる時代になれば、膨大なトラフィックの源泉となる大企業の需要に特化したクラウドの重要性はますます高まっていくでしょう。それはそれで当然ですし、よいことでもあります。
一方で、プラットフォームの呪縛から逃れ、窮屈かつ旧弊な働き方を改革し、好きな場所(=ローカル)で多様な自己実現をしていく「個人」がネットを通じて日々の生活にリアルに響く表現、すなわちビジネスをする時代になっていくと、ホスティングサービスもそれを支えるべく進化する必要があります。いまのクラウドには、そのような方向性は薄い。
たとえば、コンテンツがバズって急激にアクセスが増加したとします。スモールビジネスであっても、SNSの影響やブランド化によりいままでより大きなトラフィックを集めるサイトは増えてくるでしょう。
その際、クラウド上にサービスを構築している場合、自分たちの手で監視の仕組みを導入したり、ダウンしたサーバーを復旧したり、そもそもダウンしないよう自動的にスケールアウトするような仕組みを実装したりする必要がありますが、個人やスモールビジネスの担い手にそこまで求めるのは酷というものでしょう。
レンタルサーバーというサービス形態の大きなメリットは、サービス提供側が「運用」を代行すること。つまり、トラブル対応は僕らが一手に引き受けるわけです。そもそもダウンしないようレンタルサーバー自体の技術やスペックも進化していますが、機械学習やAIを導入することで、人間の限界を超えて運用を最適化する取り組みも行っています。
──先端技術を取り込んで進化しているレンタルサーバーは、実は「枯れた技術」ではないということでしょうか。
技術そのものが枯れているというよりは、技術に対する観点が枯れているのです。僕らの持つ強み、コアコンピタンスをしっかりと見定め、集中しているといってもよいでしょう。
その観点とは、「共用」と「運用」という2点に集約できます。共用とは、ひとつのコンピューターリソースをたくさんのユーザーに効率よくシェアしてもらう仕組み。運用とは、前述の通り、シェアしたリソース上のコンテンツやサービスを継続的に動かし続けること。このふたつの必要性は、インターネットがどのような形になったとしても、変わることがありません。
実際、ホスティングの技術は目覚ましい進化を続けています。さらにその流れを加速させるため、昨年、「ペパボ研究所」という研究機関を立ち上げました。そこではアカデミックな水準で新規性・有効性・信頼性を持つ研究を行いつつ、実際のサービスへの実装と検証も同時に手がけます。
これからの多様な個人の自己実現やビジネス上の要求水準を満たすために、いわゆるレンタルサーバーにとどまらないサービス展開も見据えています。そこにはペパボ研究所において構想されたコンセプト、AIや機械学習などの技術もふんだんに使われることになるでしょう。コア技術のひとつであるHaconiwaは、先日、第9回フクオカRuby大賞を受賞しました
ネットと個人の関係性が変わっていくと同時に、共用と運用における高い技術力が可能にするハイスペックで低コストなGMOペパボのホスティングサービスによって、「枯れた技術」は必ず復権します。共用と運用に磨きをかけた僕らの技術が、現在は全盛を極めているクラウドサービスに対して再び破壊的イノベーションを巻き起こすという、テクノロジーの「螺旋的プロセスによる発展」の歴史的な事例をお見せします。
(編集:呉 琢磨、構成:榎並紀行/やじろべえ、撮影:下屋敷和文)
GMOペパボが提供するレンタルサーバー「ロリポップ!」は、約200万サイトの運営を支えている国内最大級のサービス。月額100円(税抜き)のお手軽プランをはじめ、独自開発システムによる安定の高速性能サーバーを月額500円(税抜き)からご利用いただけるコストパフォーマンスで、皆様のホームページ運営を応援します。