「新時代の価値創造」の裏に潜む脅威の足音

2017/3/13
人工知能(AI)やIoTといったテクノロジーが浸透することで、新たなビジネスチャンスの創出につながるだろう。しかし、その一方でリスクもある。大量データをもとに成り立つ社会であれば、データの紛失・盗難・改ざんされた時のインパクトはこれまで以上に大きい。テクノロジー社会に潜む影を、情報処理推進機構(IPA)のイベントから読み解く。
このイベント「中小企業の情報セキュリティ推進シンポジウム2017」は、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主催したもの。主な内容は、ジャーナリストの佐々木俊尚氏の講演と、各界の有識者を招いて、中小企業の情報セキュリティ対策をテーマにしたパネルディスカッションで構成された。
佐々木氏は、産業界における3つの地殻変動について持論を展開した。それが「誰もが製造業」「サービス業への広がり」「IoTの裏に潜む影」。テクノロジーはビジネスチャンスを生むものの、その裏にはリスクがあることを伝えた。
「中国のアリババのような企業の登場で、B to BビジネスでもWebで取引できるマーケットプレイスが生まれ、『ものをつくる』ハードルは下がった。つくってもらいたいことをWebに投げれば、全世界の工場から問い合わせがあり、従来よりも短納期、ローコストで納品してくれる。『日本に比べて品質が悪い』は過去の話。他国のものづくりの力は上がっており、高品質なものを仕上げてくる。アイデアと行動力さえあれば、誰でも製造業者になれる」と佐々木氏は言う。
今後はファブレス製造業がますます増えていき、資金力に乏しいスタートアップでも容易に製造業に参入できるようになるという。実際、そのようなスタートアップは着実に誕生している。生活家電などを手がける2015年設立のUPQや、IoT家電を得意とする2007年設立のCerevo、2011年設立の家電ベンチャーのcadoはその代表例だという。
Web上のマーケットプレイスの台頭で、従来は参入障壁が高かった製造業に誰でも挑むことができるというチャンス。一方、旧態依然の産業構造でしかビジネスを展開できない製造業者は、知らぬ間に仕事をWebによって奪われるリスクがあるというわけだ。
「この先、モノを所有する意味がなくなる時代がくる。製造業者は従来のビジネスだけでは生き残れない」という見解が、佐々木氏が2つ目にあげたポイントだ。
所有することによる無駄が顕在化するようになり、従来のようにものが売れなくなる時代が到来、製造業者は物売りからサービス売りにも業容を広げていく必要性を説いた。「IoTによって製造業のビジネスが広がる」というわけだ。
複数の大手製造業は、すでにこのサービス業への広がりを念頭に手を打ち始めている。たとえば、トヨタ自動車は2016年5月に、米ウーバー・テクノロジーズとの提携を発表。配車サービス大手と協業することで、“サービスとしての自動車”の拡大を図ろうしている。
サービスとの組み合わせは製造業に新たなビジネスをもたらし、一方で念頭に置かない企業は淘汰されるというのが佐々木氏の見解だ。
あらゆるものがデジタル化され、人を介さずにデータが行き交う「IoT」。佐々木氏はIoTによって、新たなビジネスチャンスが生まれることを3つ目のポイントに挙げたが、講演ではその裏に潜むリスクについて多くの時間を割いた。
「社会やビジネス、暮らしにIoTが浸透すればするほど、不都合やトラブル、危険にさらされる確率は高まる。人を介さないデータのやりとりが増えれば、情報が漏れた・盗まれた・改ざんされたことに気づかないこともありえる。今以上に情報セキュリティ対策に気を使わなければならず、対策が遅れている中小企業はとくに力を注がなければならない」
情報セキュリティ対策は「コスト」と目され、企業の投資対象として二の次、三の次になりがちだ。とくに資金力に乏しい中小企業のセキュリティ対策は進んでいない。しかし、データの量が爆発的に増え重要性も増すIoTの世の中では、セキュリティ対策はむしろ企業の競争力、信用力を高める武器になることを佐々木氏は強調した。

その後のパネルディスカッションでは、佐々木氏が3つ目に掲げた「IoTの裏に潜む影」を深掘りするような有識者の見解が示された。

IPAの江口センター長が「ランサムウェア*」による被害、IoTデバイスの脆弱性を狙った攻撃が多発している現実、アンダーグラウンドでのサイバー攻撃のビジネス化が急増している状況を浮き彫りにした。
*ランサムウェア:ファイルを勝手に暗号化するなどパソコンに制限をかけ、その制限の解除と引き換えに金銭を要求する不正プログラム
中小企業であっても大手と取引するためにはセキュリティを確保する必要があることを板金加工の町工場を経営する海内社長が強調した。
大手企業に比べてリソースや人材不足が要因のひとつであること、また支援策として、商工団体による情報セキュリティ対策に関する研修や指導、IT化を進めるための国の補助金制度があることを全国商工会連合会の青山氏が説明した。
「サイバー攻撃の対象となるのは企業価値そのもの」と大木氏が総括。IT化と情報セキュリティはセットであり、事業の基盤であることなどを力説した。

イベントのパネルディスカッションに登壇した海内工業の海内美和社長に、国内の製造現場では、実際にどのような変化が起こっているのか。ニッポンの町工場、中小企業の現実について聞いた。

会社概要:海内工業株式会社
1958年設立の板金加工業者。東京・大田区で創業し、現在は神奈川・横浜に本社を構える。主に金融端末機内の機構部品、医療関連機器やロボット関連部品の駆動部や摺動部などに使用する精密板金加工を手がける。大手精密機器メーカーやニッチな中小メーカーからの仕事を請け負っている。従業員は約25人。
――海内さんは、金融業から一転、製造業に転身し、家業の板金加工業を継ぎました。勝手が違って、かなりの戸惑いがあったのではないですか。
海内:お恥ずかしながら、創業から60年の間、自ら営業せず、いわゆる仕事を待つ下請けとして大きな変化なくビジネスしてきた町工場でした。変化の激しい金融業からの転身だった私には、確かに戸惑いはありました。
「現場・現物・現実」という三現主義、ものづくりへの執念を持つ職人がいて、品質に徹底的にこだわる姿勢は当社の強みで、今後も変えるつもりは当然ありません。
ただ、仕事を「待つ」の姿勢は、というのは、今もそしてこれからも、待っていても、仕事がないのが現状だと認識しています。リーマン・ショック後、いわゆる「ゆでがえる」状態による経営悪化は顕在化しました。現在も、待ったなしの状況は続いており、自らが社長になった2014年より、てこ入れをして会社全体を改革している最中です。
——海内さんがトップについて、どのようなことを手がけましたか。
主に営業、マーケティングとブランディングです。仕事をただ待っているだけではダメで、自分たちを知ってもらわないといけない。ですから、新規顧客先を増やすために、自らの強みを再認識したうえでの営業活動の強化はもちろん、知ってもらうためのPRにも多くの力を注いでいます。
たとえば、会社ホームページとは別に、精密板金をくわしく解説する技術HP「BANKIN GUIDE」を開設しました。営業をかける時に主にリーチしたいエンジニアの方やメカ機構設計者の方が必要と思われる技術情報をまとめ、HPを営業の右腕と位置づけました。
また、板金の可能性を感じてもらうためにさまざまなプロジェクトにも参加しております。最新のプロジェクトですと、2016年2月11日に始動した「タチコマ1/2・リアライズプロジェクト」に参画しています。アニメ『攻殻機動隊 S.A.C.シリーズ』に登場する多脚戦車「タチコマ」の1/2サイズを現実化し、コミュニケーションロボットの社会実装に向け、製造側として主に板金加工はじめメカ機構組立の制作に取り組んでいます。
これらは、利益が出るわけではありませんし、明確な成果もわかりません(笑)。ただ、これまでにない仕事や異業種の方とも関わらせていただくことで新たな経験を積むことができますし、人脈もできる。人の目に触れやすいプロジェクトに参加することで企業の名前を売れますし、地味な板金加工について少しでも関心を持ってもらえる人も増えると思っています。
——佐々木氏が掲げる3つのポイントについてどのように感じましたか。
脅威です。Web上のマーケットプレイスの登場によって仕事は少なからず奪われ、これまでの製造業の産業構造や営業の仕方では立ちいかなくなってくるでしょう。完成品メーカーがサービスモデルを打ち立てることで当社のビジネスモデルも変えなくてはならないかもしれません。
ただ、こうした変化を恐れていても何も始まらないし、テクノロジーにしても、海外の同業者にしても、味方につけるような姿勢と考えをもって、何よりも行動することを大事にしています。
私は待つ町工場を考えて動く「技術開発・提案型町工場」にしたいのです。製造業を取り巻く環境は厳しいですが、本質的な低迷の理由は「待ちの姿勢」が日本全体に蔓延していることなのかもしれません。
——データ社会においてセキュリティ対策は必須の取り組みになりそうです。資金的にも人的にも余裕がない中小企業にとってハードルは高そうですが。
確かに、強度の高いセキュリティを維持するためには人的・資金的なリソースが必要です。ですが、製品工程のサプライチェーンに組み込まれるために、数々の大手取引先が要求する水準のレベルを保持しなければならず、対策を講じるのは当たり前です。
セキュリティ強度を高めると開発・製造スピードが遅れるというジレンマがあります。中小企業はスピードがなければ生き残っていけない。スピードを落とさずに高いセキュリティレベルを維持できるプラットフォームをパートナーと構築して、そこで共同作業できるような Web空間を構築するなど、単純に守るだけでなく、攻めのセキュリティ対策を講じようと試みています。

IPAは2月7日、中小企業自らが情報セキュリティ対策に取り組むことを自己宣言する制度「SECURITY ACTION」を発表した。IPAが公開している「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」の「情報セキュリティ5か条」に取り組むことを宣言した企業、または「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」で自社の状況を把握、情報セキュリティポリシー(基本方針)を作成・公開した企業がロゴマークを利用できる。これによって、「中小企業は情報セキュリティに取り組む姿勢を社外にアピールできるようになる」(岡田浩一・明治大学経営学部教授、IPA中小企業の情報セキュリティ普及に関する委員会 普及検討WG主査)。
(取材・文:杉山忠義、編集:木村剛士、写真:風間仁一郎)