しまなみ海道のサイクリスト「聖地化」が成功した理由

2017/3/15
国内や海外から集客が可能となる観光資源の「発見」には、どこの自治体でも頭を悩ましている。バブル期以来、新しい魅力ある観光地を作り出そうとして、どれほどの「失敗」が繰り返されたことか。その一方で、地の利、時の利を味方につけ、あれよ、あれよという間に、世界的な観光スポットが育ってしまうこともある。
愛媛県と広島県を、瀬戸内海をガイチ越えて結んだ70キロのサイクリングロード「しまなみ海道」がまさにそれだ。
5年前に、生まれたばかりのしまなみ海道を自転車で走ったことがある。愛媛県、広島県、今治市と台湾の自転車メーカー「GIANT」が共同で初めて行ったイベントで、なんという美しいコースなのかと驚かされた。

瀬戸内海の絶景を一望するコース

しまなみ海道は、基本は島と島の間を結ぶ橋の自転車道を走り、島についたら降りて島を縦断し、また橋に登って走る。橋の高さがけっこうあるので、ちょっとしたヒルクライムで登るたびにつらいことはつらいのだが、頑張って登り切れば、まるで雲の上を走っているような高さから瀬戸内海の絶景を一望するライドを堪能できる。
このコースは、その後、CNNテレビで世界7大サイクリングルートに選ばれ、ロンリープラネット社のガイドブックでも世界で魅力的なサイクリングロード50選の1つに入った。海外でまず評価が広がり、国内にも人気が伝播した形で、レンタサイクルの貸し出し台数は2010年の4万8000台から2015年には13万5000台に急成長し、国際サイクリング大会も2年に1度開催されるようになった。楽天トラベルでも「サイクリストに人気の旅行先ランキング」で第1位に選ばれている。
愛媛県庁が音頭をとって「愛媛県自転車新文化推進協会」を設立し、県内の企業や団体など152の団体が参加し、また、県庁のなかで10を超える部にまたがって10億円以上の事業を絡め、とりまとめに「自転車新文化推進室」という、司令塔的役割を持つ部署まで作ってしまったというから、県庁の本気度がうかがえる。

本気の県庁、県外から相次ぐ視察

県外からの視察も非常に多く、2016年度は正式なものだけで、日本全国の20を超える自治体や団体などが愛媛の「成功例」から学ぼうと視察に訪れた。どこの自治体でも、サイクリングレースなどの取り組みは行っているが、実際の経済効果を伴っているかというと微妙なところだ。いやがうえでも、一定の結果を出している愛媛への関心が高まっている。
5年ぶりに現地を訪れてみて感じたのは、確かに走っている人も多く、外国人らしきサイクリストの姿があちこちに見られた。感覚的には10組に2〜3組は外国人ではないかという印象だった。具体的な数値は県庁サイドも持っていないが、国際的知名度の広がりには手応えを感じてもいい状況になっている。
しまなみ海道を走る海外のサイクリストたち

アクセス、レンタルの質などが課題

ただ、一方で課題もある。愛好者たちがどうやってしまなみ海道までたどりつくかというアクセスの難しさだ。松山空港に東京などから飛行機で到着しても、直接今治まで空港から向かう交通手段がない。バスやタクシーで松山駅に向かい、そこから電車にのって1時間。サイクリストの荷物は多い。もしも松山空港から今治までバスで直接いければ・・と思った。
さらに、今治駅に到着してからも、駅前には自転車をレンタルする店はそれほど多くはなく、事前予約も必要だ。愛媛県側のスタート地点である来島海峡大橋の下にあるレンタルサイクルステーション「サンライズ糸山」は今治駅から数キロ離れており、車以外の交通手段が見当たらないのが現実だ。
また、「サンライズ糸山」では1台1000円というリーズナブルな価格でクロスバイクやママチャリが借りられるものの、総じて老朽化しており、3000円や4000円ぐらい出してもいいから、性能のいい自転車に乗せてほしいという人もいるだろう。
しまなみ海道の地図が描かれた今治駅構内にあるGIANTのショップ。レンタルもしている。
しまなみ海道をサイクリングの聖地として、次に愛媛県をサイクリングの県(サイクリングパラダイス)とするところまでは、この5年で一気に実現した。
愛媛県は、その最後の総仕上げとして、国内外の自転車愛好家に来てもらうための四国一周1000キロのコース作りを進めている。今月中には、愛媛県が主体となって進めた一周のモデルコースを発表する予定だ。他県との連携、コースの整備を含めて、しまなみ海道とは比べものにならないハードルの高い目標となるが、四国とほぼ同じ1周1000キロのライドができる台湾が「サイクリングアイランド」として現在活気を帯びており、「四国一周」コース確立への期待は高まっている。

新たな「四国一周」コースへのステップ

特筆すべきは、自治体が大げさではなく目の色を変えて取り組んでいることだ。特に中村時広・愛媛県知事の「愛媛県をサイクリングのフロントランナーにする」という意気込みはすさまじい。
最近開かれた県議会で中村知事は「サイクリストの聖地・しまなみ海道の飛躍的な認知度の高まりや、東京オリンピック・パラリンピック開催のチャンスを逃すことなく、国内外から誘客を促進し、お遍路文化が根付く四国の新たな魅力として「サイクリングアイランド四国」を打ち出していくことが重要。本県が実現に向けた牽引役になりたい」と意気込みを語った。
今後は、四国一周の完走証をしまなみ海道で交付し、各地の大学自転車部の四国一周合宿誘致、香川、徳島、高知の3県との本格的連携などを実現し、しまなみ海道のサイクリング聖地化と愛媛県全体のサイクル環境整備を経て、これから四国一周サイクルコースというホップ・ステップ・ジャンプの最後の段階に入っていく構えだ。
自治体が観光拠点を開発する場合、しばしば目玉になる施設やインフラを整備したら努力を中断してしまい、結局、宝の持ち腐れになってしまうケースも珍しくない。重要なのは、地元自治体と民間が「官民連携」で長期間にわたってリピーターを呼び込む好循環をいかに作り出すかにかかっている。しまなみ海道、そして四国一周によるインバウンドを含めたサイクリング観光振興が日本のモデルケースになるかどうかが注目だ。
愛媛県が提案する四国一周のコースが14日に発表されたというから動きが早い。今後、四国一周というアイデアにほかの3県がどうやって絡み、全4県がともにメリットを享受できるウインウインの関係を築きながら、お遍路に続く観光リソースとして、四国を本当の意味でサイクリングアイランドにできるかが問われるだろう。
(写真:野嶋剛)