沖縄は本当に「貧しい」のか(中編)「基地経済という罠」

2017/3/11
基地は沖縄の貧しさの元なのだろうか。
そんな「常識」を覆すような光景を、沖縄を縦横に貫く国道58号「ルート58」を走っていると、目撃することになる。
沖縄では、那覇から北上するにしたがって、基地が増えていく。ピークは中部地区だ。国道沿いのあちこちに「軍用地売ります」「軍用地投資」といった看板が目に入る。
正直、最初はいったいなんだろうと戸惑った。軍用地とは、基地の土地のことで「投資」という感覚と結びつかない。聞いてみると、軍用地は沖縄では投資対象であり、米軍に借りられているまま、転売や分売されているのだという。
最近のニュースなので覚えている方も多いだろうが、元SPEEDで、参議院議員に当選した今井絵里子さんの資産が自民党議員のなかでかなり高いランクにあることが話題になった。そこで分かったのは、タレント時代に貯めた資金を投資している先が、軍用地だということだった。
投資先としての「軍用地」
今井さんは別に不公正なことをしているわけでもなく、本人も進んで情報公開しているので、なんら責められるべきではない。一方で、今井さんのような人でも普通に投資している軍用地とは一体なんなのだろうか、というのが世間一般の受け止め方だった。
沖縄の国道58号沿いに並ぶ軍用地投資を呼びかける看板
沖縄には「軍用地主」と呼ばれる一群の人々がいる。今井さんは、あくまでも投資として小さな土地を所有しているだけだが、本当の軍用地主は「持つ者」であり、基地という巨大な公共用地の存在が彼らを沖縄社会の「勝ち組」たらしめているのだ。
なにしろ沖縄の基地面積は、けたちがいに大きい。日本の米軍基地の7割が集中している。沖縄本島の面積の18%が基地である。その沖縄の軍用地主はおよそ4万人とされる。人口140万人の沖縄では、家族なども含めればかなり大きなグループだ。
軍用地が生まれるきっかけは、もちろん戦後の米軍による土地収用だった。当時は有無を言わさず、村や農地から追い出され、東アジアにおける米軍最大の拠点となる沖縄の基地化があっという間に進められた。
最初はスズメの涙だった地代が、いつしか次第に普通の土地並みになり、いまは一般の土地よりも優遇された地代が受け取れる、という変遷をたどった。軍用地は親から子へ、子から孫へと引き継がれ、相続の際や資金の必要な時に売却されるが、土地自体は軍用地のままなので、そのまま「利ざや」が次の所有主にも入ってくる。
基地がなくなっては困る、という心理も自然に働く。軍用地主関係でつくる団体は基地返還問題については沈黙している。
軍用地主でつくる「沖縄県軍用地等地主会連合会」
既得権化する軍用地主収入
特に問題なのは、その価格が通常の地代よりも高い点だ。また、評価額も軍用地は毎年は1〜2%、着実に上がっていく。ゼロ金利の時代にあっては、なかなか有望な投資先だと言える。
そして、軍用地が「商品」として取引される場所は日本では沖縄だけだ。年間100億円ほどになる軍用地の地代を米軍が払っていると思いきや、その予算は「思いやり予算」で日本政府が米国に代わって払っているのである。
この100億円というのは、純粋な利益であると仮定すれば、沖縄における大型企業のそれよりも大きい。
そんな軍用地経済のあり方に問題提起しているのは、来間泰男(くりま・やすお)・沖縄国際大学名誉教授(経済学)だ。その弊害をかねてから訴えてきた。
「10年前までは、年率5%ぐらい上がって、本土の人が軍用地を買いにくることが話題になった時期がある。いまは1%ぐらいになっていますが、銀行預金よりも高く、安定していることは確かです。ぼくが地主の立場なら、ずっと基地のままでいてほしいと考えるでしょう。土地が仮に戻ってきて、農業やっても製造業やっても、うまくいく展望はない。受益者は地代を受け取るだけで、社会に対する還元や配分がない仕組みなんです」
軍用地は沖縄の特定の人々には利益をもたらすが、沖縄経済全体には必ずしもそうとは言えず、逆に「格差」を広げる一因になっているようだ。軍用地地主は基地の用地返還には消極的で、基地の解消に消極的な自民党の支持団体になっている、という「利権構図」も生まれている。
本土の議論では「沖縄は基地がなくなったら、もっと貧しくなる」という指摘がしばしば見られるが、現在の翁長知事をはじめ、沖縄側は「基地返還によってかえって経済が発展する機会が生まれる」と反論している。
沖縄県北中城村の返還軍用地に建設された巨大ショッピングモール「イオンモール沖縄ライカム」
実際、返還された場所に巨大ショッピングセンターや再開発地域が誕生し、経済効果を上げたというデータもある。具体例としては、返還用地を開発した那覇市北部の新都心地区「おもろまち」の返還後の開発による経済効果は、基地のままでいた場合と比較して、32倍に達した、というデータもある。
ただ、こうした利用価値が高い軍用地は実際はそれほど多くはない。米軍基地の多くは必ずしも人口密集地にあるわけではなく、最近一部返還が実現した北部演習地などのように人がほとんど生活できない山林である場合も多い。
「基地経済」という言い方も、なかなか難しい。沖縄のGDPに対する基地依存度は、1971年の本土復帰前は25%。復帰が近くなると18%。それが復帰を境にがくっと落ちて8%ぐらいになり、現在は5%になっている。
来間さんは「沖縄はすでに基地経済というよりも、基地に基づいて国家からおりてくる補助金に依存する財政依存経済になっている」と指摘する。
そもそも製造業が非常に弱く、大きな工場などが少ない沖縄の経済が「強い経済」であることはあり得ない。観光などのサービス産業が伸びているが、生み出される雇用などの経済効果は限定的かつ不安定で、沖縄経済の全体を刺激するほどではない。
現実を受け止めた経済改革を
「基地がなくなれば、経済が発展するという主張も、基地がなくなれば、財政依存できなくなり、沖縄は貧しくなるという主張も、どちらも、果たして本当にそうだろうか、と思ってしまう。多くの島嶼(とうしょ)を抱えた沖縄が、琉球処分によって明治期に日本の体制に組み込まれてから、経済的に自立したことは一度もない。貧しい地方を補助金で国が支えるのは一種の責務だし、復帰後は日本政府が悪くて自立経済ができていないという主張も間違っている。厳しい現実の沖縄経済を抜本的に変革する方法はなかなか思いつくものではなく、一歩ずつ経済力を高める議論が必要だ」(来間さん)
沖縄における「貧困」をめぐる議論は、どうすれば沖縄の経済を豊かにできるか、という論点から考えられるべきだが、その道のりを描くために「基地経済」をどうみるかというスタート地点に立つ必要があることは間違いない。
(写真:野嶋剛)