【元K-1日本王者】緊張をコントロールし、大舞台で勝つ方法(後編)

2017/3/2
人生の勝負をかけた大一番では、極限の緊張状態をいかにコントロールできるかが成否に関わってくる。
それはアスリートもビジネスパーソンも同じだが、とりわけ1対1で決着をつける格闘技では、勝負の行方を「心」が左右する部分が大きい。
2000年代に立ち技系格闘技のK-1で3度の日本王者に輝いた小比類巻貴之は、メンタルコントロールの重要性についてこう説明する。
「緊張すればするほど、集中力が上がります。逆に緊張しなければ、いい試合をできない。緊張しすぎてガチガチになるとウォーミングアップをできない状態になるので、それはアウト。リラックスしながら、ほどよい緊張をするようにしています」
小比類巻貴之(こひるいまき・たかゆき)
 1977年青森県生まれ。19歳でプロデビューし、1999年からK-1参戦。2000年にはISKA世界スーパーウェルター級王座を獲得した。K-1 WORLD MAX では史上最多の3度の日本王者。魔裟斗やアンディ・サワーらと数々の名勝負を繰り広げた。現在は東京都恵比寿にK-1の道場を開き、後進の指導にあたっている

心の整理でマイナスを消去

「緊張」はネガティブな文脈で使われることが多いものの、一流アスリートのなかにはポジティブにとらえている者が少なくない。
プロ野球の中日ドラゴンズに所属する浅尾拓也は先輩の岩瀬仁紀に「緊張しないといいピッチングをできない」と教えられ、セットアッパー、クローザーとしての成績につなげていったと話していたことがある。
緊張のコントロールとは、集中力を極限に発揮するための方法と言えるかもしれない。
「ミスターストイック」こと小比類巻は、緊張をこう定義する。
「緊張とは、いまを生きているということ。だって普通の生活をしていて、そこまで緊張することはないですよ。試合をしていたころは2、3カ月ごとに心臓が止まるくらいの緊張をしていました」
「ドキドキして、これから何が起こるかわからない。勝つかもしれないし、負けるかもしれない。大ケガするかもしれない。鼻が折れるかもしれない。肋骨がいっちゃうかもしれない。いろいろ考えるんです。でも、このドキドキ感を、試合に臨むいまは楽しめる。俺って生きているなと思う」
ある意味、逃げ出したくなるほど重圧のかかる場に小比類巻が前向きに臨めるのは、心のコントロールをできているからだ。
普段から十分な鍛錬を重ねているとはいえ、早いときには1カ月間隔で試合を迎えることも珍しくなく、「今回、練習ができていないな」と感じたこともあったという。
その心理状態を小比類巻の言葉で表現すれば、「心のモチベーションが下がっている」。
そのときに必要なのが、心の整理だ。
試合間の練習量が少なかったため、スタミナに自信がないとする。心のモチベーションが下がっている場合、長期戦になったときの体力が不安で仕方がない。
一方、心の整理を的確にすれば、「スタミナがない状態での戦い方がある」とイメージできるようになる。
「スタミナがないけど、大丈夫。こう攻めてきたら、防御して攻撃を返せばいい。その返し方も“一発で決めてやろう”“相手はこことここでミスが出るから、しっかりブロッキングしてボディを決めてやろう”と整理すれば、“スタミナがなくてもOK”と変わるんです。“スタミナがない”と思うばかりだと、心がマイナスの時点でリングに上がることになってしまう」

集中していない選手の指導法

トレーナー業に重きを置く現在、小比類巻が道場の所属選手たちに行っているのは心のコントロールだ。
「練習でミットを持って相手をすれば、その選手が集中できているかどうかわかります。僕は厳しく指導するので、練習についてきていなかったら『どこまで行きたいの? 俺はお前がチャンピオンになる青写真を描いているから、そこのレベルで見ている』と言うんです。すると、選手はついていくという心構えになる。そうやって心を鍛えていきます」
プロの格闘家が、リングに上がる目的はさまざまだ。「チャンピオンになりたい」と夢見る者がいれば、「いい試合をして、自分の生き様を見せたい」と考える選手もいる。
指導者が最初に行うべきは、心のタイプを見抜くことだ。同時に、戦い方の特性を見極めていく。
たとえば、パンチの強い選手、フィジカルの強い選手、頭が良くて技術の高い選手、ステップワークとリズム感が優れて相手の攻撃を受けにくい選手など、さまざまなパターンに分けられる。
心と技のタイプを把握し、その両者を掛け合わせることで、どういう練習をすれば世界王者になれるかとゴールへの道筋が浮かんでくる。
選手のタイプを判断する方法として、たとえばサンドバッグを3ラウンド、殴らせる。それだけで、選手の心のうちが小比類巻には見えてくる。
「今日は技を身につけるためにサンドバッグを殴る(A)、スタミナをつけるために殴る(B)、手数を多くするために殴る(C)。そうした目的を見ていきます。集中していない子は、ただ打っているだけ。頭がどこかに行っています」
集中していない場合はストップさせ、A、B、Cなどのパターンのうち、今日はどれを練習したいのかと問いかける。小比類巻から「君にはBとCが合っている。1ラウンド目はBをやろう」と言う場合もある。
自身がキャリアの浅いころ、練習の目的を明確にせずに、ただ動いていただけの時期があった。だが、格闘技で上達するには勝利の方程式を身につけなければならない。
リングでの1対1の攻防は、無数のパターンから最適解を瞬時に見つけ出すという、緻密な駆け引きの連続で決着がつけられるからだ(前編参照)。
練習の目的をわかっているにもかかわらず、選手の心が乗っていないケースもある。
「今日はこれ以上やっても技術を覚えないから、練習をやめて下で話そう」
その際に用意するのが紙とペンだ。
「なんで集中できていないの?」と問いかけると、さまざまな要因が出てくる。小比類巻は問題点をすべて書き出し、「どうすれば解決できるの?」と一つずつ潰していく。選手に考えさせると同時に、小比類巻から「俺はこうしたほうがいいと思うよ」とヒントを提示する。
要因を“見える化”することで、選手は頭のなかを整理しやすい。解決の糸口が見つからない場合は目いっぱい話して、絶対にすべて潰していく。それができたとき、選手の顔はスッキリしている。
「今日はまだ時間があるから、30分練習していこう」
小比類巻がそう語りかけると、選手は見違えるような動きでサンドバッグをたたいていく。選手の曇った心を晴らしてあげるのが、指導者の役割だ。

あえて欠点を探して向上へ

強い選手は心の整理ができた状態でジムに来て、練習目的を達成するまで集中してメニューをこなしていく。
その場合、小比類巻はミットを持ち、「どこかにミスがないかな」と目を光らせる。あえて欠点を探すのは、もちろん向上に導くためだ。
そうした選手はミスが少ない傾向にあるが、プロの目で見つけ出し、ミットで攻撃しながら修正点を伝えていく。
「いま、この攻撃をもらったよね。次はこれをもらわないように、もう1回やろうか」
そうすると、その選手は改善点に注意を払い、次は同じミスを犯さないようになる。
「これで全部ミスがなくなったら、バッチリじゃん。あとは自分の好きな練習をやって、今日は終わろう」
こうして練習を繰り返すことで技術を身につけ、同時に心も操れるようになるのだ。
指導者は、選手の心の道しるべ。そうしたモチベーターとしての役割に小比類巻はやりがいを感じている。
「うちの選手たちが強くなっているので、とにかく輝かせたい。最高の格闘技人生を送ってもらいたいと思っています。それがいまの僕の役目ですね」
小比類巻道場には、チャンピオンを狙える選手がゴロゴロいるという。心を巧みにコントロールすることで、思い描くゴールに近づいているのだ。(敬称略)
(撮影:TOBI)