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「日本人から見ると、日本は景気が長期停滞して魅力もない国に思えるけれど、外国の人から見ると、想像以上に魅力があるんです。」

大変同意です。私は卒業後に日本で就職を考えていますが、まだ悩んでいた時に友人に「なぜ悩むの?!日本めちゃくちゃいいじゃん!羨ましいよ。」とよく言われました。我々は戦敗国だからなのか、日本人には自虐的国民意識が強いところがあったりします。(逆に自信過剰な部分も多々ある)

しかし、海外の大学に来て私が気づいたのは、
必ずしも優秀な人は一番先進的な国を目指すのか、
というと、そうではなかったということです。

そう、
人は ”住みたい場所に住む” のです。

だから楠木さんが記事の中でおっしゃられているように、ハクが付かないがそれでも来る、日本が本当に好きな人が来るほうが日本にとっても後々プラスに成ることが多いというのは本当だと思います。

そして、私自身も卒業後、日本で就職しようと思う理由が、
やっぱり私は、日本に ”住みたい” からなんです。

最近移民受け入れ推進の流れで、規制緩和などのニュースを見る度反対意見が目立ちますが、移民でも日本という国をproudしてくれているのであれば、私たち日本人もウェルカムになれる気がします。
「日本はアジアのスイスになれる」と、僕も思っています。東京都が主宰して進めている「国際金融都市・東京」懇談会でも、参加している海外の方々からは、やはり治安の良さ、住環境の良さが指摘されています。日本は魅力ある国です。

ただし、りんさんが言うところの「共通言語で(サービスを)提供」ということに関しては、ビジネスの世界においては、単に英語の問題だけではなく、強固な既得権益や既成事実の壁、具体的にはガラパゴス化した業界慣行・規制・税制が海外からの参入障壁になっており、そこを含めて「共通言語」にしないと厳しいと思っています。
日本に興味を持ち好きになってくれる外国人をビジネスの分野で増やす。僕はそこに一橋ICSのひとつの意義があると思って働いています。
アメリカで働いていた時のメキシコ人の元部下は会社を辞めて国費留学生として日本の大学院で学んでいました。日本のアニメや漫画が好きで、特にドラえもん見て日本での生活に強い憧れを持っていたそうです。
そう言えばアメリカ人に「小さい頃、トムとジェリー見てアメリカの広いリビングルームに憧れた」と言ったら、想像以上にウケておりましたが、まぁそんなもんですよね。
震災後の東北でも、緊急支援期に多くの外国人がボランティアで来て頂きました。復興段階でも、「先進国での新しいまちづくりをみたい」ということで、海外エグゼクティブが多数来られています。福島にも、「避難状態をいかに支えているかを見たい」ということで、ISによる国内避難民を抱えるイラクから高官が視察に来られました。
「復興」という切り口は、世界にニーズがあります。現時点では東北はインバウンドで遅れをとっていますが、潜在的な需要はあるように思います。
日本には日本好きな外国人しか来ないが、アメリカにはアメリカ嫌いの外国人も大挙してやって来る。腕一本で勝負しようという人が世界中から集まって来る。日本はニッチでエキゾチックな文化的魅力はあるかもしれないが、チャレンジャーを引寄せる場所ではない。エグゼクティブとかリタイア組とか「いっちょ上がり」の人が遊びに来るにはいい場所だと思う。
下記の視点で国内MBAが貢献する、という視点はありませんでした。

>例えば、日本企業がインドに出ていく時に人材が足りなかったら、インドで見つける、あるいはインドに詳しい日本人を見つけるでしょう。でも、一番いいのは、日本が好きで、日本をよく分かっているインド人が社内にいるということだと思います。

そういえばわたし自身も米国MBA後に、AWSの立ち上げに奔走してますね。実は海外留学生比率の高い米国MBAは、米国企業が海外展開する時に、展開先からのMBA留学生をたくさん生み出して米国に貢献していますね。
確かに海外のエグゼクティブだけじゃなくジェネラルに日本は愛されていると思うけど、いざ働くとなると経済的メリットから他の国に流れる傾向がある気がする。なので漫画や日本の文化など本当に日本が好きで日本で働きたい人々と、禅などBeingが好きだけど日本で働くほどではない、と考える人々のツーパターンあるのかな。
アジアから留学して来る富裕層の子女などが日本を選択する理由は、「境が美しいこと」「治安が良いこと」に加え、「様々な宗教に対して寛容であること」があるという。「日本にはお金では買えないものがある」として、京都での参禅需要を挙げている。Seeing(寺院の観光)もDoing(着物を着てみるなどの体験)も超えてBeing(坐禅や“道”)に関心が移っているというは一面ではわかる。

かつて(今でも?)日本の若者は、インドの精神性に憧れた。その渇望はインドの日本をはるかにこえる「多様性」(ガンジス河で沐浴するヨガ修行者の横を水葬された遺体が流れていく様子など)に驚愕し、生き方が変わると言われた。インド社会はカースト制、激しい貧富の格差など、この世で生きることの困難をむき出しで見せる社会だと思う。そのインド的混沌の中に世界最高峰といってもよい精神世界(ヒマラヤの奥地を発祥とする伝統)がある。

この比較が妥当かはわからないが、Being(スピリチュアリティ)の聖地インドと比較すると、日本(特に京都)で体験するBeingは、俗世界の穢れを上手に洗浄した文明国の居心地の良さとセットの観光体験となっているような気がする。日本にもしかし、当然社会の矛盾や混沌はたくさんある。それを含めたBeingとは何か。立ち止まって考えてみたいテーマだ。
"成熟した魅力"というのは、ポスト2020のキーワードになりそうですね。観光⇨体験⇨道、これはインバウンドの1つのパターンですし、何度も来たい魅力はまさに洗練されたセンスがあるからこそ。オリンピック後は崖なんじゃないかと思っていましたけど、1つのヒントです。
この連載について
独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。これらのイノベーターたちは今、何に注目し、何に挑んでいるのか。毎週2人のイノベーターたちに、さまざまなテーマで大いに語ってもらう対談企画。