【出木場久征】Indeed買収の際に意識した「統合をしないPMI」

2017/3/1
事業会社によるM&A実施後、企業の現場ではどのような経営が求められ、どうすれば異なる組織同士を融合させることができるのだろうか。これらの点はM&Aの最終的な成否を決める重要なポイントであるにもかかわらず、表立って語られることはほとんどない。

株式会社ユーザベースが運営する「SPEEDA」はM&A、新規事業、ベンチャー投資などをテーマとするイベント「SPEEDA Conference」にて、同分野のトップランナーであるJT(日本たばこ産業)の新貝康司氏とIndeedの出木場久征氏をゲストに迎え、セミナーを開催した。その様子を5日連続でリポートする。

※日本の時価総額トップ100社中4割に導入されるSPEEDAの詳細はこちら
海外事業は成長戦略の柱
リクルートの出木場(いでこば)久征です。インターネット分野が専門で、これまでは旅行情報サービス「じゃらん」や、美容情報サービス「ホットペッパービューティー」などで、紙媒体からネットサービスへの転換を担当してきました。
2012年からアメリカのテキサス州に移住し、求人検索の会社IndeedのCEOとして働いています。今日はリクルートがIndeedを買収した件についてお話しします。
ご存じのように、リクルートは結婚や住宅、旅行などの「販促系メディア」、求人情報などの「人材メディア」、そして「人材派遣業」と大きく分けて3つのビジネスで運営しています。「ユーザーと企業のマッチング」が共通のビジネスモデルです。2014年10月に上場し、2015年の売り上げは約1兆5800億円の業績です。
皆さんは、リクルートが海外事業をしているイメージは浮かばないかもしれません。実際に2008年まで、海外事業の売上比率は数%程度でした。しかし2015年度には3割超となり、直近では約4割まで拡大しつつあります。海外事業は今や、リクルートの成長戦略の柱の1つとなっています。
では海外事業の1つであるIndeedについて紹介します。Indeedは求人の検索エンジンです。求人サイトではなく、求人サイトを検索するためのドライブです。
世の中にはたくさんの求人サイトがあります。例えばリクナビネクストにはA社の情報が載っていたけど、他のサイトにはB社の情報があってA社のは載っていなかった……とサイトによって掲載される情報は異なります。さらに求人サイトには載せず自社ホームページで採用情報を掲載する会社もある。
就職や転職は大事なことですからなるべく多くの情報を見たい。でも、あのサイトとこのサイトを見て企業サイトも見て……というのは結構大変だったりします。
そこで、それら求人に関する情報のすべてを一気に、Googleの検索結果のように表示する検索エンジンがIndeedで、2004年にアメリカで創業しました。
小規模でスタートしたIndeedですが、サービス内容がいいと思ったので、2012年にリクルートが買収しました。しっかり投資をすることで成長の速度を上げ、アメリカの外にも展開。現地でもスタッフを採用し、2012年に350人だった従業員数が、2016年は3500人にまでなりました。現在は28言語、60カ国以上で展開しています。
サービス利用率は、アメリカはもちろん、イギリス、フランス、ドイツなどのヨーロッパ各国、ブラジルや南アフリカなど、世界中の様々な国で1位になっています。アメリカでは、転職者の58%がIndeed経由で転職情報を見つけたというデータもあります。
また買収前の経営陣は、自己都合で退職した2人を除き、今も全員、経営に残っています。これはアメリカでは奇跡的なこととして驚かれます。
とくに、ロニー・カハンという創業者がいるのですが、彼はこの3年、サンクスギビングに私を招いて七面鳥を振る舞ってくれています。サンクスギビングは日本の正月のようなもので、この時を一緒に過ごすのは家族かよほど仲のいい友人です。彼は人間的にも親友と思える人で、一緒に経営を楽しむことができています。
IndeedはうまくいったM&Aのケースと言えると思っています。その経験を踏まえ、私が考える「成功しやすいM&A」についてお話しします。
出木場久征(いでこば・ひさゆき)
株式会社リクルートホールディングス常務執行役員 兼 Indeed, Inc. CEO
1999年リクルート入社。旅行予約サイト「じゃらんnet」をはじめ、数々のメディアのnet化を実現した後、2009年に旅行・飲食・美容・学びなどを管轄するCAP推進室室長兼R&D担当に就11年に全社WEB戦略室室長、12年4月に執行役員を経て、同年9月にはリクルートが買収した求人サイト、米国IndeedのCEO&Presidentに就任。2016年4月より現職。
企業風土が大きな要因
私が考える、M&Aで成功するためのポイントは「買収対象によい会社を選ぶこと」「できるだけ統合をしないPMI(買収後の経営)」です。
この2点が最も大切なのですが、実はその手前で、この2点を実行するための「土台」が必要だと思っています。その土台は3点あります。
土台その1は「買収に積極的に取り組める会社であること」。買収がうまくいったのは、われわれリクルートの企業風土が大きな要因の1つだと思います。
まず、変化に挑戦し続ける会社であること。リクルートは順風満帆でここまできたわけではありません。1980年代のリクルート事件やバブル崩壊で1兆円以上の借金を抱えました。そうしているうちに紙媒体からネットへのチャネルシフトが起こり、借金を返しながらも事業変革を行わなければいけなくなった。
やっと借金返済のめどがつき、紙からネットへ変換した事業で利益を出せるようになった頃にリーマン・ショック(2008年)が起き、リーマン・ショックから立ち上がろうとしていた頃に東日本大震災(2011年)が起きました。リーマン・ショックや震災の影響を被ったのは当然我が社だけではありませんが、負債を抱えたリクルートへの時代の影響は大きいものでした。
だから私たちは「変化に挑戦し続ける」と今ではちょっとカッコいい言い方をしていますが(笑)、実は変化せざるをえなかったのです。そのような、変化に対応することに慣れている状況であることが1つ目のポイントです。
また、リクルートの経営理念の1つに「個の尊重」というものがあります。社員は会社のために、ではなく、個人がやりたいことと会社が達成したいことのバランスを取り、究極的には個人を尊重する。これはリクルートらしいユニークな考えです。
リクルートでは、会社を辞めることを「卒業」と言い、やりたいことがあって辞めるメンバーを祝福します。そのあたりが大らかなので、出戻りの社員も多いです。
そして、失敗に寛容であること。私自身の、失敗をさせないためのマネジメントについてはレベルが低いです。でも、「失敗の総量」をマネジメントすることについては、高レベルと言える水準までこられているのではないかと思っています。
例えば新規事業にいくら挑戦しても結果を残せない社員がいたとします。その社員を低く評価するのではなく「AとBとCが失敗しても、それでもわれわれは○%成長できる」と大きな視野をもつ。
これも「個の尊重」の表れでしょうね。
このようなリクルートの企業風土が、買収に向いていると考えています。
継続的な事業開発
M&A成功のために必要な土台の2つ目は、「継続的な事業開発」です。どういうことかというと、買収や海外事業をミッションにするのではなく、まず本業の事業戦略のゴールを明確にすること。そのうえで、「このパーツが足りないから○○を買収すると目的が達成できるだろう」と買収の必要性が出てくる。
買収のターゲットを絞り、買収計画を立て、デューデリジェンス(買収の際の企業の価値評価)をする。その結果、目標の達成に疑問が生じる場合は買収しません。
だから私は「買わずの出木場」と言われていて(笑)。何カ月も買収のために準備をしたのに「やっぱり買いません」という。周りのモチベーションは下がります。私もしんどいです。
でも、デューデリジェンスをしたから発見があったのであって、本来目指すべきゴールは何なのか、と立ち返る。買収相手のターゲティング、計画、デューデリジェンスと一連のサイクルを通して得られた結果を、柔軟に次のサイクルに生かす。結果的にはこのほうがいいんだと信じてやっています。
強い事業オーナー
3つ目の土台は、「強い事業オーナー」。言い換えれば「優れたオーナーシップ」でしょうか。オーナーシップはリーダーシップとは違います。ポイントは「任せる」ことです。
ゴルフに例えると、オーナーは、カップの場所を決めて、パーの数を決めて、プレーヤーを選んで、あとは任せる。パー4と決めたら、途中どのルートを通ろうと、4打で入ればいい。
これが「優れたオーナーシップ」です。任せる範囲と期間を決め、ベストとワーストの幅、ワーストの場合のリスクを見極める。そのうえで育てたいと思うリーダーを任命すること。
リーダーの次は目標を決める。パー4なのか5なのか。そして方向性を示し、相談に乗る。あとは信じて任せる。たとえ1打目にパターを持って出てきたとしても任せることです(笑)。
そして結果を冷静に評価し、最後は自分の任命責任を問う。例えばパー4をトリプルボギーで上がったなら、「プレーヤーがこの人でよかったか」に加え、そもそもパー4の難易度だったのか?ということも自問すべきです。
この「信じて任せる」が日本企業は苦手だと言われますが、リクルートはその逆です。今回のIndeed買収でも、私にすべての権限が委任されていました。Indeed側も当初は、リクルートCEOの峰岸(真澄氏)を出せと言ってきましたが、私に全権委任されているから峰岸に聞いても同じだと何度も言いました。
一度交渉して日本に持ち帰り、戻ってきて答えが変わっていたら相手に見透かされます。「俺がリーダーなんだ」と認識させることで、買収後の運営もやりやすくなりました。
今思えば、よく会社は私にすべてを任せたなと思います。ちょうど峰岸が社長になって初めての買収だったこともあり、「これが失敗したらあなたの求心力に関わりますよ」と苦言を呈する取締役もいたと聞いています。
そのとき峰岸は「出木場が問題ないと言っています」と堂々と言い放った。これは私の中でも「ちゃんとやらなきゃ」という思いが強くなります。そして、あと5年は会社を辞められなくなったなと思いました(笑)。
(構成:合楽仁美)
※続きは明日掲載します。