【川村元気】「忙しい」はすごく危険

2017/2/23
『君の名は。』のプロデューサーとして、映画史上に残る大ヒットを生み出した川村元気氏。その活躍のフィールドは広く、昨年11月には、2作目となる小説『四月になれば彼女は』を上梓した。なぜ今、恋愛小説を書いたのか。100人に取材して来て見えてきたものは何か。そして、なぜ現代の女性は男性に絶望するのか。現代の男と女を語り尽くす(全6回)

第1回:小説とは「自己破壊」である
第2回:現代の女性はなぜ男性に絶望するのか
第3回:都市に生きる「30代以上男性」の病
第4回:「忙しい」はすごく危険
第5回:このままだと戦争が起きる
第6回:「オフライン回帰」のフェイズが来る

能動性がある男は10%

――なぜ男のほうが保守化しているというか、能動性が乏しいのでしょうか。
いろんな理由があると思いますが、1つは「自己愛」ですよね。やっぱり自分が一番かわいい。
結局、恋愛は与える行為だから、「与えたくない。なるべく自分のために取っておきたい」と、お金や時間はもちろん、形がない愛情にまで思っている。その結果、人にまで回せないというのが大きいような気がします。
――女性以上に、男性の間で自己愛が膨らんでいるのはなぜでしょうか。
女の人は、肉体的にもいろいろなタイムリミットがあるだけに、パートナーを探すという行為に必然性がありますよね。
でも、男はタイムリミットないと勘違いしている。そこが根深いような気がします。
川村元気(かわむら・げんき)
映画プロデューサー / 作家
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』『君の名は。』『怒り』『何者』などの映画を製作。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、100万部突破の大ベストセラーとなり映画化。著書に『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』
――男は生物的には背中を押されない。社会的にも背中を押されなくなりました。
「自由に生きている男は意外とイケている」みたいな空気があったりもするじゃないですか。そこが余計に、女の人が男に失望していくプロセスを生んでいると思います。
――田舎であれば「まだ結婚していないの?」というプレッシャーは多少残っていますが、都市にはないですよね。
そうです。そういう都市の男女の分かり合えなさは、この小説の骨子です。
みんなそこをごまかして生きているけれど、思い切りあぶり出したら、面白い物語になるのではないかと思ったところからこの小説は始まっています。その分かり合えなさを埋めようとする、それは可能なのか、そうすることで何が起きるのか。それを僕自身が知りたかったので、小説を書きました。
いろんな人に取材している中で、たまに能動性のある男の人もいたのですが、そういう人に出会うだけで感動します(笑)。
――パーセンテージとしてはどれくらいですか?
10%ぐらいですね。
だから、恋愛している人数とイコールです。そこまで能動性のある人が減ったのは、さっきも言った「自己愛が進みすぎちゃった」ことと、忙しいことが原因でしょうね。

「忙しい」が偉すぎる

――それはありますよね。ただ、現代はムダな忙しさに満ちあふれています。
そうなんです。
でも僕は、「忙しい」という言葉はすごく危険だと思っています。「忙しい」と言うのは、ジョーカーみたいなもの。全部に通用する便利札です。今は「忙しい」と言っておけば、何でも許される雰囲気があるじゃないですか。
たとえば、相手のことをケアするのをさぼったときに、「仕事が忙しいから」と言うと、「まぁ、しょうがないかな」と許してもらえる気がしてしまう。
でも、「いつから仕事はそんな偉くなったんだろう?」「『忙しい』って、いつからそんなに偉くなったんだろう?偉い言葉になっちゃったんだろう?」と思ってしまいます。
恋愛に限らず、忙しいから親しい友人をおろそかに、忙しいから細かい礼節をなおざりにしてしまいがちですけど、みんな「忙しい」カードを乱用しすぎていますよね。それが、現代の男女の恋愛感情を変えてしまっている一因になっているに違いありません。
――「忙しい」病は、高度経済成長期に象徴される、仕事がすべてだった時代の名残、いわば、昭和の名残でしょうね。そもそも、昭和に恋愛はあったのでしょうか。
昭和の時代には、人は結婚するのが当然で、「子どもを増やさないといけない」みたいなベースが空気としてあったのだと思います。人が恋愛や結婚をしなくなった理由のひとつは「空気」ですよね。
僕は「気分」という言い方をするのですが、今は「恋愛とか結婚という気分じゃない」わけです。こればっかりは一番深刻だと思います。
昭和の、結婚して、子どもを産むという気分の背景には、もちろん政治的な主導や経済的な必然性もあって、何をしなくても皆がそういう気分でいられたから問題なかった。
しかし今は、「恋愛しないといけない」「結婚しないといけない」といった気分を醸成しようがない。
だから、ニュースでよく「少子化」の話題が出てきますが、ほとんどの人が「少子化」という言葉を他人事として見ていますよね。文字上でしか感じていないというか。

恋愛需要は底打ちするか

――その空気はどうすれば変わるのでしょうか。先進国でも、フランスのように空気が変わった国はあるわけですよね。そうした恋愛や結婚を盛り上げる空気を政府や社会が醸成できるものなのでしょうか。
いまの政策を見ていると、政治主導はきついでしょうね。もちろん政府が子育てに適した環境を整えることは最低限必要だと思うのですが、それは下支えにはなっても、気分を変えるところまではいかない。
ただ僕は、その気分は、エンターテインメントが醸成できると思っているのです。
近いうちに、切実にそういう気持ちの揺り戻しは来るような気がしています。「君の名は。」は本当に幅広い年齢層に見てもらえました。
興行収入が243億円を越えた「君の名は。」。歴史に残る大ヒットとなった(配給:東宝)
ラブストーリーが映画でも当たらないと言われている中で、これだけのヒットになったのは、潜在的にそういう気分が求められているのではないか。「君の名は。」は、「ずっと誰かを、何かを探している」という言葉から始まる映画ですし。
――そうすると、「恋愛需要」はある程度下げ止まりして、これから上がってくるのでしょうか。「君の名は。」も希望がある終わり方でしたし。
そう思いたいです。
『四月になれば彼女は』は先ほども言ったように取材をたくさんして、いろいろな方をモデルにして、登場人物を作っています。台詞もほとんどが、僕が見聞きした中から印象的な言葉を使うようにしました。取材の中で、みんなまだ諦めていないということを強く感じました。
――男もですか。
男は何もしないと言いましたが、どこかで諦めていないんだと思います。だから、小説を読んで、「ウワァッ!」ってなる。
だって、もう完全にどうでもいいと思っていたら、「はいはい。それは俺が昔持っていた感情ね」で終わるはずですが、やっぱりみんなどこかに罪悪感というか、「このままではヤバい」という気持ちのかけらがあるような気がしました。
この小説で「恋愛が失われていく男女を描く」と決めた時に、悲惨な話になるのではないかという予感はしていたし、僕自身も答えが分からなくて、ミステリーを解くみたいな気分で書いていたんです。
取材した人たちにも、「これ、最後は悲しい話にしかならないんじゃないの」と言われました。けれど僕自身が“恋愛探偵”として探していった先に見つけたのは、「あ、この人たち、誰もまだ諦めていないんだ」ということだったのです。だから、それをきれいごととしてではなく、素直に書いたのです。
諦めずに恋愛に向かっていく動きは、これから、多かれ少なかれ出てくるだろうなと想像しています。
*明日に続きます
(聞き手:佐々木紀彦)