【川村元気】「オフライン回帰」のフェーズが来る

2017/2/25
『君の名は。』のプロデューサーとして、映画史上に残る大ヒットを生み出した川村元気氏。その活躍のフィールドは広く、昨年11月には、2作目となる小説『四月になれば彼女は』を上梓した。なぜ今、恋愛小説を書いたのか。100人に取材して来て見えてきたものは何か。そして、なぜ現代の女性は男性に絶望するのか。現代の男と女を語り尽くす(全6回)

第1回:小説とは「自己破壊」である
第2回:現代の女性はなぜ男性に絶望するのか
第3回:都市に生きる「30代以上男性」の病
第4回:「忙しい」はすごく危険
第5回:このままだと戦争が起きる
第6回:「オフライン回帰」のフェーズが来る

制約と恋愛感情

――今回の一連のインタビューでは、情けない男がテーマになりました(笑)。ハウツー本ではないので、簡単な解決策はないと思うのですが、男たちが恋愛を回復するために、何かアドバイスはありますか?小説『四月になれば彼女は』でも、ストーリーの最後に希望はにじんていると感じたのですが。
今回の小説は手紙から始まります。9年前に別れた彼女が手紙を送ってくるところから始まるストーリーです。
恋愛小説で手紙から始まるのは珍しいことではなくて、たとえば宮本輝さんの『錦繍』という作品があります。僕もとても好きなのですが、往復書簡、手紙のやり取りで、お互いどう思っていたのかを別れた男女が見つめ直していくという小説です。
四月になれば彼女は』をなぜ手紙から始めたかというと、実は、自分でもわからないまま書いていたのです。
書いていて面白いところでもあるのですが、今回の小説では、フィルムのカメラと手紙という古いアイテムを採用しています。でも、なぜそれを選んだかは書き始めた時はわかっていません。伏線として書いているわけではないのに、ストーリーが終わる頃には、それが伏線になっている。ちゃんと必然性があるのです。
なんでそれに気がついたかというと、試しに僕も、昔付き合っていた彼女に手紙を書いてみようと思って、便箋を買ってきて、手紙を書き始めたのです。
でも、いざ書き始めると、自分の字は無様で見ていられない。手紙はなかなか書き直せませんし。
そうして3時間くらいかけて書き終わって気付いたのは、僕は10年以上手紙を書いていなかったということです。
川村元気(かわむら・げんき)
映画プロデューサー / 作家
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』『君の名は。』『怒り』『何者』などの映画を製作。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、100万部突破の大ベストセラーとなり映画化。著書に『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』
――そういう人は多いかもしれないですね。
その手紙を書いている3時間は、携帯も見ずに、その相手のことだけを考えていました。そのとき「これって恋愛感情そのものだな」と思ったのです。すごく貴い時間でした。
さらに言うと、今作のヒロインはフィルムのカメラを使っていて、写真部で2人が出会います。なので、久しぶりにフィルムのカメラを撮ってみました。
そうしたら、まずストレスなのが、撮ったものをすぐに見られないこと。普段はiPhoneで写真を撮っているから、撮ったらすぐに画像を確認できますが、フィルムのカメラはすぐ見られない。しかも、36枚とか枚数の制限がある中で撮らないといけない。
――アナログは制約がいっぱいあります。
すごくある。でも、そこが恋愛感情と似ているなと思ったのです。
つまり、その時にどう思っていたかはイマイチよく分からなくて、後になって、「あぁ、あの時、ああいうふうに思っていたんだ」ということに気がつく。何が写っているか分からない時間を意識するというのは、とても意味があると思いました。
回りくどくなってしまいましたが、そういうことをやったらどうかなと思うんです。

シリコンバレーは幸せか

――アナログのところに回帰していくということですか。
簡単に言ってしまうと、アナログ回帰です。そういう言い方はしたくないのですが。
結局、合理的ではないもののほうが面白い。
もちろん、非合理的なものが合理的になっていくのが面白いというフェーズもありました。
オフラインからオンラインになって、アナログからデジタルになる時というのは、いろんなものが合理的になっていくのが快感で仕方なかった。買い物が電子でできるようになったり、いろんな計算が簡単にできるようになったり、便利になっていくのは面白いじゃないですか。
そうして、全部が便利になって、整えられて、セルフコントロールされている状態が今だとしたら、それが、逆に不便になっていくというか、もう一回自分の手触りとか、分からないこととか、非合理的なところでやるというのが、今度はエンターテインメントになっていくはずです。
以前、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでマーケティングを担当していた森岡毅さんと対談した時に盛り上がったのですが、VRで何でもできる時代に、テーマパークに行たり、ライブに行ったり、映画館に行ったりするのは合理的ではないですよね。映画館なんて、もう一番古臭いメディアです。
ただ、そういうものが、単純に「アナログ回帰」というきれいごとではなく、面白くなっていくフェーズが来るような気がしています。そして、恋愛感情もその流れの中の1つとしてあるのかもしれないというのが、僕のかすかな希望です。
【川村元気】ドメな「文系人間」に何ができるのか?
――合理性があるものが、ぜいたくなものとは限りませんよね。
さらに幸福論で言うと、「非合理的なもののほうが幸せ」という可能性も大いにある。
――もっとも合理性を突き詰めたシリコンバレーが、幸せかどうかはまた別問題ですね。
ハリウッドのユニバーサルスタジオとかディズニースタジオは物が溢れていて、決して合理的そうではないのに、そこに行った時のほうが興味深いです。シリコンバレーの会社に行っても、「普通の人は面白いのかなぁ?」と思います。
――テクノロジー大好き人間にとっては楽しいのでしょうが。
それは思います。僕も好きですし。
でも『理系に学ぶ。』という本でいろいろな理系の方と対談した中で発見したことですが、非合理性みたいなものが面白くなるフェーズは絶対来る。オンラインで散々飽和してしまったものがオフラインに落ちていくというプロセスに、今は一番興味があります。
(聞き手:佐々木紀彦)