安川電機が描く「働くロボット」の進化系

2017/3/8
ソフトバンクの「ペッパー」にシャープの「ロボホン」。ちまたではロボットが大人気だ。センサーやAI(人工知能)の発達により、ロボットは「見て」「考えて」「動く」ことができるようになった。3年後の2020年、ロボットはどこまで進化し我々の生活をどこまで変えるのだろうか。「働くロボット」のプロフェッショナル、安川電機ロボット事業部事業企画部の富田也寸史部長に聞いた。

「メカトロニクス」の発信源

大西:安川電機といえば、「YouTube」に公開された「居合斬りロボット」や、ソフトクリームを作る「やすかわ君」が大人気です。安川電機はどんなロボットの開発を目指しているのですか。
富田:安川電機ではロボットを「仕事をする機械」と定義しています。少し専門的に説明すると、プログラムを変えることで作る製品の品種を変えられる「プロセス機械」です。
同じ機械がプログラムを変えるだけで違う大きさの製品を作ります。そういうロボットが工場に入り始めたのは1970年代。自動車メーカーの溶接や塗装工程で使われるようになりました。
産業用の機械(メカニズム)と電機(エレクトロニクス)の技術を融合したものを「メカトロニクス」と呼びますが、実はこの言葉は安川電機が作った造語なのです。
大西:へえ、それは知りませんでした。
富田:その後、ロボットは活躍の場が広がっていくわけですが、今、私たちが目指しているのは、人間(ヒューマン)とメカトロニクスを融合した「ヒューマトロニクス」です。モーションキャプチャーなどを使って「ロボットがどこまで人間のように働けるか」「人間と一緒に働ける機械にどこまでできるか」に挑戦しています。
安川電機
ロボット事業部事業企画部 富田也寸史部長

人ができることはロボットにもできる未来

大西:やすかわ君は片方の手でコーンを持ち、もう片方の手でレバーを引いて、器用に渦巻き状のソフトクリームを作りますよね。あの動きはかなり人間っぽいです。
富田:やすかわ君は「双腕ロボット」といって2本のアーム(腕)でうまくタイミングを合わせて作業をします。通常、アームが1本だけのロボットには6つの軸があるのですが、双腕ロボットには片腕に7軸あり、両腕に腰の軸を加えて、合計15の軸があります。
7軸あれば人間の腕と同じ動きができるとされていますから、15軸あれば人間以上の精密な動作ができます。これまでの6軸ロボットにはできなかった「避ける」「回り込む」という動きも可能になり、狭いスペースでも自由に動けます。
双腕ロボット。人の腕が6つの軸で動くのに対し、双腕の軸は7つ。人間以上の精密な動きができるという。
大西:「YASUKAWA BUSHIDO PROJECT」の居合斬りロボットを見ると、居合の達人の動きをモーションキャプチャーで見事に再現していますね。藁の束がスパッと斬れる。
富田:あれは大変でした。どんなに早く刀を振っても、刃を押し当てるだけでは藁束は斬れないんです。ちょっとしたコツがある。
大西:コツですか。
富田:はい、達人の動きを解析してわかったんですが、斬るときにちょっとだけ刃を引いているんですね。その動きをロボットに教えたらスパッと斬れたんです。
大西:じゃあ、極薄のふぐ刺しも引けますか。
富田:ふぐ刺しは試したことがありませんが、原理的には可能だと思います。将来的にはすし職人の動きなども再現できたら面白いですね。片手でご飯をつまみ、別の手でネタを拾って、職人さんと同じ力加減で握るとか。
双腕ロボットは、これまで人間にしかできないとされてきた難しい「組み立て」の作業もこなせます。「人間ができることはロボットにもできる」というのが我々の信念です。
大西康之氏

未踏の分野でもロボットが働く2020年

大西:今のペースでロボットが進化すると、あと数年で大変なことになりそうですが「2020年の工場」はどんな景色になるのでしょうか。
富田:一つの変化は、今まで人手だけで作っていた工場にもロボットが入っていくということです。
たとえば、コンビニのお弁当を作っている工場。トレーにおかずやご飯を盛り付けるなどデリケートな作業は、これまでロボットには難しかったのですが、双腕ロボットなら2本の腕を上手に使って、スピーディーかつ正確に盛り付けられます。
薬の調剤もできるようになるでしょう。劇薬の抗がん剤は人間が扱うときにも十分な注意が必要ですが、今のロボットは微調節で的確に調剤します。この機能は新薬の開発にも応用できます。試験管に適量の試薬を垂らすデリケートな作業を、人間より速く正確に実行するからです。九州の大学病院では既に実用化されてるんです。
大西:すごい。ここまでくると「ガンダム」のモビルスーツも手がけられそうな気がしてきます。
富田:それはちょっと……。安川電機が作るのはあくまで「働くロボット」です。
でも、足の不自由な方の歩行をアシストしたり、リハビリをお手伝いしたりする装置は、もう作っていますよ。
「CoCoroe(ココロエ)」というブランドで、足首アシスト装置や患者さんをベッドから車椅子に下ろしたり、ベッドに乗せたりする重労働をお手伝いする移乗アシスト装置も開発し、近いうちに販売する予定です。
大西:それは介護や看護の現場が助かりますね。
富田:介護や看護の現場で腰痛が大問題になっているという話はよく聞くので、何とかしたいと思っているのですが、保険制度が適用されないのでなかなか売れないのが実情です。しかし、ニーズはしっかりとありますから、活用は広がると信じています。

自由に動き回る製造現場のロボット

大西:ロボットの応用範囲が格段に広がるわけですが、すでにロボットを使っている製造現場ではどんな変化が起きるのでしょう。
富田:クラウドコンピューティングを使ったビッグデータの解析、AIやIoTの活用などでロボット同士が相互に「見える」「つながる」システムが実現します。
ロボットが自分で見て考えて、一つひとつの工程をつないで全体を最適化していくのです。人間がいちいちプログラムしなくても自分で自分の生産性を高める「ティーチングレス」の世界です。
そうなると、生産現場では人とロボットが「協働」し始めます。これまでは危険を回避するため、ロボットは安全柵の中で仕事をしてきましたが、これからは安全なロボットが人間と一緒に働くようになります。
ロボット自身も生産現場を動き回り、人の作業を手伝う。人間が「ちょっと手伝って」というと「はーい」とロボットが寄ってくる感覚です。ものづくりの現場の景色は相当変わるでしょうね。
ロボットたちは生産実績など現場のデータをどんどんクラウドに上げ、それを解析した生産計画がロボットに送り返される。これを繰り返すから生産現場は別次元のフレキシビリティを手に入れることになります。
大西:別次元のフレキシビリティですか。
富田:そうです。たとえば、工場で働いている何百台ものロボットをクラウドで一元管理することもできます。何百台ものロボットを同時に監視しながら「このロボットは他のロボットより酷使されているから、そろそろパーツを取り換えたほうがいい」と判断します。
つまり故障の予知ができるのです。故障や不具合のデータはビッグデータとしてどんどん蓄積されますから、ギリギリまでパーツを使いながら故障する直前に対処できるようになります。

ロボットは人の仕事を奪わない

大西:そうした巨大なシステムをプライベートクラウドで作るのは難しそうですね。パブリッククラウドを使うとしたら、どんな要件を求めますか。
富田:まず安全性です。どこまで冗長性を持たせるか。人間と協働するロボットにミスは許されませんから、安全性はとことん追求します。私たちのロボットは作業工程において、1ミリでもずれることは許されない。だから、絶対に安全なシステムでなければならない。
あとはグローバルなサポートとセキュリティですね。我々の顧客は世界中に生産拠点がありますから、クラウドにも世界規模のサポートが欠かせません。顧客情報を守るセキュリティも重視する要素です。
大西:ロボットの最前線についてお話を伺ってきましたが、このままいくと工場で人間の仕事がなくなってしまうのでは、と少し心配になりました。
富田:ロボットで全てのものづくりができるわけではありません。ロボットが人間を押しのけるのではなく、人間がやりたくない「きつい」「汚い」「危険」つまり3K作業を引き受けてくれるのです。あくまで協働ですね。
就労人口の減少は、今後かなり大きな問題になってきます。今は人がやってくれている仕事が、労働力の減少によってできなくなる可能性がある。
身近な例で言うと、コンビニはスタッフ不足で24時間営業ができないということも考えられます。ロボットが人の代役を務めないと、今の社会が成り立たない可能性があるんです。その意味で、ロボットは今後の社会にとってとても大事な役割を果たします。わたしたちは、その使命感をもってこの事業に携わっているのです。
(取材・文:大西康之、写真:風間仁一郎)
*次回はロボット編、電気通信大学発スタートアップのメルティンを大西氏が訪問します。
2020年の社会、暮らし、産業がどのように変化しているかーー。さまざまな指標をもとにまとめたスライドストーリーと、大西康之氏と日本IBMの三澤智光専務執行役員との対談記事も公開しています。併せてお読みください。