「シリコンバレーの次」はアメリカの赤い大地に

2017/3/17
フリーウェイを走る車の窓からは、地平線の彼方まで広がる赤い大地とロッキー山脈が見える。地元産のクラフトビールを振る舞うレストランが並ぶ市街を抜け、しばらく車を走らせれば、そこには手つかずの豊かな自然がある。
アメリカらしい雄大な大地を感じることのできるコロラド州が今、スタートアップに人気の場所になりつつある。
東・西海岸では、スタートアップの競争が過激化し、もはや飽和状態だ。今、アメリカのスタートアップは、中部に新たな場所を求め始めているのだという。コロラドはネクスト・シリコンバレーになれるのか? 現地の起業家たちの目線から、コロラドのスタートアップの今を見つめた。
コロラド生まれのスタートアップ「スフィロ」の奇跡
コロラドには、『スター・ウォーズ』をきっかけに、アメリカン・ドリームを掴んだスタートアップがある。
2012年、ディズニーは40億ドルでルーカスフィルムを買収し、“はるか彼方の銀河系”へのチケットを手に入れた。その後、初めてとなる『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が2015年に公開されると、日本でも興行収入115億円を記録する大ヒットとなった。
ディズニーとコラボレーションで、同作に登場するドロイド「BB-8」のオモチャを生みだしたのは、ロボティクス・スタートアップ「スフィロ(Sphero)社」だ。彼らはこれを「コネクテッド・トイ(connected toy)」と呼ぶ。
photo by Sphero
「彼らのアイデアに恋をした」
最先端ロボット工学技術が採り入れられたこのBB-8は、スマートフォンと連携しながら、さまざまなプログラムを実行できる。従来のスター・ウォーズ・ドロイドのオモチャと一線を画す存在だ。2015年、スフィロ社のコネクテッド・トイは、BB-8を筆頭に、全世界で100万台以上が動いている。
愛嬌のあるビープ音を鳴らしながら、まるで映画の中から飛び出してきたように動き回るBB-8は、イアン・バーンスティン(Ian Bernstein)とアダム・ウィルソン(Adam Wilson)というふたりの起業家が起こした奇跡によって誕生した。
イアンはロボット製作に、アダムはソフトウェア開発に明け暮れた10代を過ごし、2010年、ふたりはコロラド発のシードアクセラレータ「テックスターズ(TechStars)」を通じて出会う。シードアクセラレータとは、将来性のある、創業初期の起業家に対し、人脈紹介やメンタリング、投資などを通じて創業支援を行う組織。ドロップボックス(Dropbox)、エアービーアンドビー(Airbnb)などを輩出した「Yコンビネータ」などが有名で、多くの場合支援先は選抜制だ。
「彼らのアイデアに恋をした。まぎれもなく最先端のアイデアでした」
スフィロ社CEO、ポール・ベルベリアン(Paul Berberian)は当時のアダムとイアンについてそう振り返った。自身も起業家であるポールは、テックスターズでイアンとアダムのメンターを務め、その後、CEOに就任する。IoTとロボティクスにおける先駆的なアイデアを持っていた彼らは、スマートフォンによって自由に操作できるボール型のロボット「スフィロ」を生み出した。
スフィロ社CEO、ポール・ベルベリアン。日本からのお土産は、もちろん純日本産のロボット(のオモチャ)。「四次元ポケット」は僕ら日本人のイノベーションの象徴だ
仕草で人とコミュニケーションするロボット
「すでにテクノロジーマニアの間で人気でした。しかしさらに多くの人々に愛されるロボットになるためには、人間の感性に訴えかけるストーリーを求めていたのです」(ポール)
彼らの転機となったのは、ふたたび2014年秋に開かれたテックスターズへの参加だった。この時、テックスターズはディズニーとコラボレーションし、参加者はディズニーのCEOボブ・アイガーと話す機会が与えられた。
ここでボール型のロボットのスフィロがボブの目に留まる。ボブはイアンとアダムに、砂漠の中を転がって疾走するBB-8の写真を見せた。スフィロ社がディズニーとコラボレーションするチャンスを手にした瞬間だった。
「最大のチャレンジは、BB-8の性格のプログラミング。BB-8はボールではありません。感情があり、仕草で人とコミュニケーションするロボットです。僕たちは多様な感情を表現できるようにBB-8のソフトウェアに変更を加えていきました。
多くはユーザーも気づかないほど微細なもの。BB-8のサウンド、ホログラフィックメッセージなどの要素が組み合わせることで、スフィロはBB-8としての性格を宿し、動くようになったのです。BB-8のストーリーが、スフィロに何をすべきかを教えてくれたのです」(ポール)
スフィロ社は今後、BB-8の開発によって培われた知見を用いて、“より進化した、完璧なロボットの発明”に着手しているという。「9〜10カ月後には新しい発表ができるでしょう」。
コロラドの都市・ボルダーにある、スフィロ社のあるビルの前にて。内陸にあるコロラドは、一見国際的とは考えにくいが、アメリカでもっとも大きな空港「デンバー国際空港」があるほか、ロンドンと日本に、同日営業日に連絡をとることができるタイムゾーンに位置しており、ビジネスにとっては好立地
もはやシリコンバレーは不利か
アメリカでスタートアップと聞けば、真っ先に思い出されるのが西海岸のシリコンバレー、あるいは東海岸のニューヨークやボストンだ。しかしそれらの地域は世界中から起業家と投資が集まり、競争が加熱した“レッドオーシャン”になりつつある。アメリカのスタートアップは今、中部の“ブルーオーシャン”に新しい場所を求めている。そのひとつがコロラドだ。
「シリコンバレーに行くと、僕たちは否応なく“大きな池の小さな魚”を目指すことになる。つまり優秀なスタートアップが世界中から集まって形成される、非常に競争的で巨大なコミュニティの中で、注目されるために膨大な労力を費やさなければならないだろう。しかし、コロラドでは僕たちは“小さな池の大きな魚”になれる。競争率が低く、コミュニティが小さいため、優秀な人材を集めることも、有能な投資家やメディアからも注目を集めやすい。なによりコミュニティが協力的だ」(ポール)
Fort Collins Startup Week 2017の5日間の会期中には、「創造的チームビルディング」「ブロックチェーン」「クリエイティブのためのプロトタイピングツール」などをテーマとしたトークイベントやワークショップが行われていた
コロラドで起業するなら、まずはスタートアップのコミュニティに参加し、人脈のネットワークの中に入りこむことが必要だ。
手っ取り早い方法のひとつは、コロラド州・フォートコリンズで開催される「Fort Collins Startup Week 2017」への参加だ。世界中の都市で開催されている、起業家コミュニティのためのイベントのひとつだ。
Fort Collins Startup Week 2017の会場のひとつは、フォートコリンズのオールドタウン・スクエアに位置するシェアオフィス「FVC Mesh Fort Collins (FVCメッシュ・フォートコリンズ)」に出かけた。ここは、日本のベンチャーキャピタル、フューチャーベンチャーキャピタル(以降、FVC)が出資する、インキュベート型のシェアオフィス。シードアクセラレータと同様に、起業家を、投資を含むさまざまな形で支援する場だ。
未来のVCの仕事とは
コロラドにはアメリカで最も歴史あるエンジェル投資ネットワーク「ロッキーズ・ベンチャー・クラブ(Rockies Venture Club。以下RVC)」 があり、FVCとパートナーシップを結んでいる。RVCは1週間という非常に短い時間の中で、M&Aによるエグジットを意識した非常に実践的な創業支援を行う「ハイパーアクセラレータープログラム」を実施している点が特徴的だ。
FVCはRVCとともに、世界中のスタートアップ・コミュニティ間におけるコミュニケーションを活性化し、強固なネットワークを形成。日本と世界にとって必要なイノベーションの機会を創造することを未来のベンチャーキャピタルの仕事として位置づけている。
私たちはFVCの引率で、コロラドのスタートアップ・コミュニティを視察した。
館内にはドローンが飛び回り、多彩な人種の起業家、投資家、エンジニア、アーティストがピザとビールを片手に、さまざまな言語とひとつの笑顔でアイデアを交換し合う。その場で起業を決めても、投資を決めてもいい。人生だって変えてもいい。ルールは「なんでもあり」だ。
FVC Mesh Fort Collins館内で開催された「ドローンレース」。人々の頭上をドローンが滑空する。危ないって? でも、たとえばドローンにぶつかったことが縁になって、将来の共同創業者が見つかるかもしれない。ここは“そういう場”なのだ。
「僕がここで知ったのは、奪い合いじゃなくて助け合いだった」。そう話すのはアーリ・ロフィポール。FVC Mesh Fort Collinsにオフィスを持ち、モバイルゲームのマーケティング事業を行う起業家だ。
「スタートアップ同士の競争が加熱している場所では、みんなが自分の会社の成功だけに集中しないと成功できないイメージ。でも、ここは違います。スタートアップ同士が、他人を助けながら自分のビジネスをより良いものにしていく知見が、このコミュニティには蓄積されています」
アーリ・ロフィポール(左)。ピカチューの被り物がトレードマークだ。起業家でありながら、イベントのMCも気さくに引き受ける。RVC執行代表のピーターアダムス(中央)は、これまでに連続起業家として5社を起業している。
FVC Mesh Fort Collinsの内部。セミナールームやコワーキングペースなどが充実している。Fort Collins Startup Week 2017は、110のイベントと225人のスピーカー、1300人の参加者を迎えて終了した。次回は2018年の2月26日から3月2日を予定している
コロラドはアメリカの欠けた“1ピース”を埋める
コロラドは人口540万人を擁し、その人口はこの十数年間、増加傾向にある。平均年齢はなんと36.3歳。ミレニアル世代が住みたい州のトップ10にもランクされている。
そしてマサチューセッツ州に次いで大学卒人口が多い州であり、デンバー大学、コロラド大学、コロラド州立大学など、優秀な人材を輩出している大学が存在し、研究資源も充実している。
アメリカでイノベーションが生まれる場所が東海岸と西海岸に偏っている。この構造では、アメリカ中部の地方都市にある大学の研究資産や優秀な人材などの膨大なリソースを、イノベーションと結びつけることが困難だ。
「私たちは、“欠けた中部”を補うコミュニティになり、世界の問題を解決するようなイノベーションをコロラドから生み出していくべきです」(FVC Mesh Fort Collinsディレクターのジェシカ・ローリー)
FVC Mesh Fort Collins ディレクターのジェシカ・ローリー
「自然が豊かなコロラドは、農業やクリーンエネルギー、水資源の改革など、自然と深い繋がりを持つイノベーションを数多く生み出してきました。たとえばコロラド州立大学(CSU)は農業大学として設立されています。彼らに農業に関する膨大な研究資産があります。それらをビジネスに繋げ、イノベーションを起こす、これが私たちの仕事」(ジェシカ)
Fort Collins Startup Week 2017の最中には、FVC Mesh Fort Collinsの近くで、コロラド州立大学の研究資産のインキュベーションと投資を行う「CSUベンチャーズ」による、起業家ピッチ「CSU デモデイ」が開催されていた。
ここで私たちは、ジェシカの言う研究資産をビジネスに繋げる事例を早速目撃した。それはコロラド州立大学の3人の土壌微生物学者によって起業された「グローセンティア」という農業スタートアップだった。
彼らは植物の栄養素利用性を向上させる自然の土壌微生物を特定することに成功。「マンモスP」として商品化した。自然由来の肥料であり、環境負荷の少ない方法で作物の増収を促し、農業のサステナビリティを向上させることができる。
毎回の水やりの際、この肥料を水に添加して与えると、収穫高が16%増加し、耐性が6パーセントアップすることも可能なのだという。2015年に発売し、2016年までに150万ドルの収入を上げた。現在はアメリカの35の州で販売されている。人類が直面する食糧危機に対するイノベーションの鍵を握るかもしれない。
Fort Collins Startup Week 2017のオーガナイザー、アンドリュー・シュナイダー(Andrew Schneider)。「テクノロジーとクリエイティブが出会う場を、地域コミュニティとして作り込んでいくことを目的としている。僕は起業家でもあるけれど、そうしたコミュニティがあるとお互いの利益を最大化することができるからね」
また、コロラド大学医学部がある「アンシュッツメディカルキャンパス」では、広大な土地の中に、病院とともにバイオ・メディカル系のスタートアップ65社のインキュベーションを行っている。高額の設備投資をしなくても、大学の施設が利用できる。
コロラドの諸都市では、多くの人々がこれらのイノベーションの“設計図”を信じて集まり、コミュニティを形成している。都市は若く、ヘルシーであり、なによりも自由がある。
スタートアップとは、世界を変える夢だ。今コロラドは、州まるごと、世界を変える夢を見始めている。
(文・写真:森旭彦 編集:久川桃子)
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