ネイサン・ミアボルドが創設したインテレクチュアル・ベンチャーズから分離独立したジノバは、1万人の発明家からなるネットワークを擁し、各社が抱える難題を解決している。

冶金学者から分子生物学者まで

会社でなんらかの発明やプロセス、装置を必要としているのに、研究開発部門のアイデアが尽きているとしよう。そんなとき、誰に頼ればいいのだろう。
ペプシコやオーストラリア食肉家畜生産者事業団(MLA)にとって、その答えはジノバ(Xinova)だ。
シアトルを拠点とするジノバは、いわば「頭脳を貸し出す」会社だ。1万人の発明家からなるネットワークを構築し、コーヒーの副産物でつくった粉末から牛の皮膚が汚くなるのを防ぐコーティングまで、さまざまな製品を考案している。
ペプシコのグローバルスナック事業の研究開発を率いるジョン・マッキンタイアは、ジノバの顧客であり、信奉者でもある。マッキンタイアによれば、ジノバの強みは主にネットワークの多様性にあるという。
ジノバの貸し出す頭脳は、冶金学者から分子生物学者、素人発明家から専門的な科学者まで多岐にわたる。「ありきたりでないソリューションをコンセプト化する能力にかけては、他を寄せつけない」とマッキンタイアは言う。
ジノバの前身にあたるインベンション・ディベロップメント・ファンド(Invention Development Fund)は、2008年にマイクロソフトの元幹部、ネイサン・ミアボルドが立ち上げた。
主な目的は開発を支援し、やはりミアボルドが創業したインテレクチュアル・ベンチャーズ(Intellectual Ventures:IV)のために特許を集積することにあった。

効率的にイノベーションを提供

IVは以前「特許トロール」との評判をとっていた。知的財産を安く買い占め、それを使用する企業から料金を徴収し、許可なく使用した場合には訴訟を起していたからだ。
しかし最近では、自社での技術開発も試みており、超高効率の原子炉や水不要の洗濯機、自己修復能力のあるコンクリートなどの開発を手がけている。
IVは2016年10月、インベンション・ディベロップメント・ファンドを分離独立させ、名をジノバに改めた。ジノバ(Xinova)という名前は「新しい」を意味する中国語とラテン語(「xin」と「nova」)を組み合わせたものだ。
この新生ファンドを率いるのは投資銀行分野のベテラン、トーマス・カンだ。ジノバでも知的財産や特許を取得していく路線に変わりはないが、訴訟ではなく、発明家のネットワークを収入源にする計画だ。
ジノバは採算性の高い組織ではないが、30社ほどの顧客を持ち、売上は「数千万ドル」にのぼるとカンは述べている。新組織になっても、創設当初の出資者が引き続き出資している。
カンは現在、ヨルマ・オリラ会長(ノキアの元CEO)とともに支援者をさらに増やし、新たに5000万ドルを調達することを目指している。「エキサイティングなのは、ほかの方法よりもずっと効率的にイノベーションを提供できるという点だ」とカンは言う。

「発明リクエスト」でアイデア募る

ジノバは、クライアントから提示された問題を「発明リクエスト」にして、オンラインで発明家ネットワークと共有する。その後、出されたアイデアのなかから優れたものをいくつかピックアップし、クライアントに提案する。
多くの場合、最高のソリューションは予想外のところから生まれる。
企業名の公開を希望しない中国のあるエネルギー会社は、腐食性の高いガスを密封できる貯蔵タンクの製造方法を自社の科学者が考案できなかったため、ジノバに依頼した。
解決策を生み出したのは、冶金学者でも材料科学者でもなく、オーディオエンジニアだった。音波のなかにガスを封じ込められると提案したのだ。ガスがタンク壁に触れずにすむこの方法はうまくいった。
IVは業界にとって「悩みの種」的な存在だったが、ジノバはこうしたビジネスモデルを活かせば、IVのそうした戦術から脱却できるかもしれない。そう指摘するのは、特許分野に特化した法律事務所を経営するジェフリー・ショックス弁護士だ。
「このモデルは、コアコンピタンスを特許弁護士から発明家に戻すものだ」とショックス弁護士は言う。

コンセプト料+売上の一部が報酬に

オーストラリア食肉家畜生産者事業団(MLA)のリクエストは、あまり例のないものだった。
MLAが求めていたのは、泥や毛や糞でできた堆積物が牛の皮膚にこびりつくのを防ぐ方法を見つけることだ。そうした堆積物があると病原菌が食物連鎖に入り込む可能性が高くなるが、コンクリート並みの硬さになるため、取り除くのは難しく手間がかかる。
ジノバがネットワークでアイデアを募ったところ、イラク系オーストラリア人の高分子化学教授が牛用の防水・防汚スプレーを提案した。これを牛にスプレーすれば、飼育場の牛糞などが牛の皮膚に付着するのを防止できるというわけだ。
「ジノバは、材料科学のさまざまな産業応用分野で、新たな路線の発明を切り拓いている。これは思いもよらなかったことだ」と語るのは、この牛用スプレーを考案したジョージャス・アダムだ。
ジノバに属する多くの発明家の例に漏れず、アダムも考案したコンセプトの報酬を現金で受けとった。さらに、将来的にそのコンセプトをもとに製品がつくられた場合には、売上の一部を受けとることになっている。

ペプシコと提携、数百の発明品を開発

ジノバ・ネットワークの一員になると、特許出願費用も賄われるし、研究活動も可能になる。また、企業のカンファレンスに出席できるため、新たなアイデアにつながる刺激も得られる。
ジノバはMLAの依頼で、牛用スプレーのほかにも複数のプロジェクトに取り組んでおり、MLA関連のビジネスはジノバが試験用に一群の牛を購入するほどの規模に発展している。
ジノバは2年ほど前から飲料・スナック大手のペプシコと提携して、数百にのぼる発明品を開発している。
両社は詳細を明らかにしていないが、ペプシコによれば、同社が発明リクエストを出したのは、スナックを食べる人の感情を感知して顧客満足度を追跡する方法や同じ食品でさまざまな食感を楽しめる新スナック、形や音が独特な新スナックなどについてだという。第一弾の製品は、早ければ今年中にも発売される見込みだ。
ジノバの次なるステップは、2016年10月に改名された自社の名前を宣伝し、規模を拡大し、コストを削減することだ。
「われわれの存在が十分に周知されているとは思わない」とカンは言う。「広く知ってもらう必要がある。われわれが役に立つ理由をはっきり示さなければならない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Dina Bass記者、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:DigtialStorm/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was produced in conjuction with IBM.