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この領域で起きている構造変化は言語化がとても難しいのですが、真っ先に脅威にさらされていくのは、19世紀まで歴史を遡れるような伝統的な「モノづくり思想のブランド」ではなく、20世紀以降にプロダクトフォームやデザインの「新奇性」をマーケティング戦略やCI(コーポレート・アイデンティティ)戦略に活かしてきたような「商売重視のブランド」だと感じます。
SNSだけが理由ではないと思いますが、消費者はより賢く、人為的な流行に踊らされることなく、普遍的な価値を求め始めたからです。

前者の「モノづくり思想のブランド」は主に、ルイヴィトン、ロレックス、メルセデス・ベンツ、ブラウン、ダイソン等の欧州ブランドです。
これに対して、後者の「商売重視のブランド」の多くは、記事にも出てくるケイトスペードに代表される米国発祥のブランドであり、実はその代表格はAppleではないかと考えています(このため、Apple WatchがROLEXを追い詰めるという別記事には違和感がありました)。
私はこれからますますブランドの重要性は増してくると思う。

過度な個客対応はブランドとしての特徴を消してしまいます。それでは私が危惧しているネット企業が陥りがちなデータで個客を判断して、販促でリテンションをかける、乾いた雑巾をさらに絞る、ブランド力のない企業になりかねない。

ブランドは個性そのもの。大切な無形資産。それを大切に育てるべき。

嫌なら使わなくても、買わなくて良いですよ。ブランドを好きなお客様を徹底的に偏愛する。その個客対応に興味がなかったお客様も思わず体験してみたくなる。

そんなブランドが愛され続けていく。そしてそういうブランドが大企業からだけでなく、むしろベンチャーや中小企業、地方からネットや個客データも活用しながら生まれくる。

そう思います。
従来の「供給サイド」からのオススメ型マーケティングから、消費者「需要サイド」からのマーケティングに変化していることは如実に感じます。

ユニクロも、顧客のニーズを吸収して短期間でデザインをする方向に変わりました。
従来のアパレル業界は、供給サイドが「流行」を決めて消費者にオススメ(悪く言えば「押しつけ」)ていました。

消費者サイドの象徴的存在を観察することによって、消費者需要をキャッチして迅速に商品を提供するというスタイルになりつつあります。

言葉を変えれば、流行の「民主化」がようやく確立したと言えるでしょう。
記事内容は、ブランディングより共創マーケティングに近い。
スマホ、SNSの影響により、ユーザーの振る舞いが、企業のブランドに与える影響は強くなってきています。

共創マーケティングが上手なのは無印良品。

生活者とのコラボレーションをコンセプトとしたマーケティングは、自然とユーザーとブランドの距離を縮めています。
https://www.muji.net/lab/
個人を対象にしたらもうそれは「マーケット(市場)」ではない。

マーケットとはマスによるコモディティを取引きする場であって、個人対象に対する販売を考えることは、「マッチング」だ。マッチングを行うことは取引きコストが高く難しいからこそ、マーケットという考え方が出て来た。

私はこれからの販売戦略としての「マーケティング」は、「マーケティング」ではなくなることだと考えています。ITにより個人の好みへのマッチングがより広く浸透していけば、「マーケット」の強みは相対的に低下し、マスは消失します。貨幣はマーケットでの取引きコストを下げる有用性を持っていましたが、マッチングの世界では必ずしも貨幣だけが大きな価値を持たない世界になります。

あと、この記事はブランドの意味を感違いしてそうな感じですね。
「ブランドのロゴが入ってない方がいい」という感覚、よくわかります。自分は30代中頃に、「結構な金を払って、人のブランドを宣伝する」ことに疑問を覚え、またブランドを持つ事は差別化にはならず、(同じブランドを持つ方々と)同質化することだと感じたため、いわゆる「欧米高級ブランド」から完全に離れてしまったので、当時から持っているものか、頂いたものか、カジュアルなものか、自分が個人的に応援しているブランドのものしか、ブランドロゴ入りの服やアイテムは持っていませんし、今後も持つことは無いと思います。
ロゴがついたカバンや洋服はダサい、という感覚はミレニアル世代の特徴でもあるようです。これまでのマーケティングフレームワークが通用しなくなった今、消費者の動向を見ながらいかに柔軟に施策を打っていけるかが鍵だと思います。
これはメディアにも言えるかもしれませんね。FacebookもGoogleもYoutuberなどのインフルエンサーと協力する流れを模索し、実際に動き始めているので新たらしい消費の形はさらに加速しそうです。
この記事にある「ブランド」の定義が不明確だと思います。

(ご存知の方も多いと思いますが)ブランドの語源は(牛などに押された)烙印ですから、当初は単なる「名前」程度の意味しかありませんでした。
それがいつしか顧客にとって価値のあるものになった。具体的には、そのブランド名があるだけで「高く売れたり」「多く売れたり」するようになったということです。
だから、ブランドには経済的な価値があるわけです。

「消費者がブランドの時代」という言葉でこの記事が言っていることは、上記のようなブランドの経済的価値を認めない顧客が増えてきたということです。

私自身も、伝統や歴史を過度に誇張し、実際は作れるのにも関わらず意識的に希少性を演出するようなブランド戦略はそろそろ終わりではないかとは思います。
本来希少価値のあるべきものを庶民に大量に売るというのは、まさにラグジュアリーのパラドックスです。

しかしながら、いくら「個の時代」になっても、人間は何の外部的な評価軸もなく自らの好みだけを押し通せるものでしょうか。
大きなブランドロゴが格好悪いというのも一種のトレンドのように思えますが、私はロゴは消えてもブランド自体はやはり残るように思います。

マーケティングの最終的な目的はブランディングであるとも言われてきましたが、販売手法はOne to Oneになっても、ブランディングの重要性は続くと思います。
forbesにしては中々ストンと落ちない記事。
知らないのだろうか?
ストリート系ファッションではロゴがあっても健在なブランドが多いことを?
supremeやstussyなどのプロダクトはロゴ普通に入っているが、彼らのブランドはサーファー、スケーターのライフスタイルというか一部として長い間人気を落としていない。
ストリート系だけでは無い、ファッショニスタの間でもブランドロゴを逆に取り入れる流行もある。KENZO Tシャツを皮切りに様々なブランドのロゴTなんかは、着くずしファッションで今や定番。

ロゴが敬遠されるブランドは、ブランドロゴが敬遠されているのではなく、ブランドそのものがダサくてそこのブランドを使っている事がバレるのが嫌な時か、またはブランドロゴの入れ方が、商品そのもののデザインを邪魔するほどに無理して主張している時だけでしょう。

一時のブームは落ち着いたが、ゴヤールのバッグなんてブランド名の繰り返されたデザインになっててヴィトンのモノグラムのようだが、凄い支持を得ている。

そもそもSNSでブロガーに流される消費者であるようなカテゴリーに入る消費者は、自分が主体ではない。自分基準に選べないからブロガーに流されているだけ。

ブロガーを使ったマーケティングは一つの新たな手法としての位置は確立しているが、そもそもブロガー自体が自分が主役の人間だから、支払いが高くても自分のスタイルに合わないブランドや商品は拒否するようになってきた事も事実。

ブロガーを使ってもブランドのファンになる確立は低い。あくまでもブロガーのフォロワーは、ブロガーのファン。ブロガーのライフスタイル、ファッションスタイルに憧れを抱いているわけで、一記事程度の広告記事で、広告主ブランドの確固たるファンにはならない。

業績

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