「O2Oの雄」はFintech時代をどう生きるのか

2017/2/15
NewsPicksのプロピッカーでフリーランスジャーナリストの大西康之氏が各業界の2020年の姿に迫る連載企画。今回は、金融業界のエイチ・エス証券(HS証券)を訪問。フィンテックという新風をHS証券はどう見ているのか。ネットサービスにいち早く着目した同社の3年後の姿をのぞく。

トランプ効果に沸く株式市場

大西:トランプ効果で株式相場は世界的に活況を呈していますね。
岡和田:そうですね。なんといっても、日本はマイナス金利ですからね。銀行口座に眠らせている資産を「何とか有効に運用したい」というお客様が増えています。
HS証券は株、投資信託、外国債券など多彩な金融商品を扱っていますが、お客様のニーズに沿ってさまざまなご提案ができると思っています。特に人気があるのは、新規公開株ですね。当社は主幹事証券会社(国内6社)の1つに入っています。
大西:証券会社は実店舗を構えて対面サービスを主軸とする従来型と、実店舗を構えずオンラインでサービスするネット型に大別されますが、HS証券はどちらのタイプでしょうか。
岡和田:HS証券の特徴は対面、コールセンター、オンラインの3チャンネルでサービスを提供できるところにあります。つまり、証券会社の仲でも「O2O(Offline to Online)」が特徴。たとえば、ネットで取り引きされていてパソコンの調子が悪くなったら、コールセンターを使っていただく。普段は対面でお取り引きされている方も出張先ではスマートフォンでと、お客様のスタイルに合わせて使い分けてもらえます。
エイチ・エス証券の岡和田裕治執行役員。複数のITベンダーに勤務した後、同社に移籍。IT戦略の立案などを指揮する。

成長分野は「スマホ」

大西:この数年、金融サービスとITを組み合わせた「Fintech(フィンテック)」が注目されてます。最近伸びているのは、やはりオンラインですか。
岡和田:そうです。HS証券は証券業界の中でもいち早くネットにシフトしましたから、お客様もオンラインにシフトされた方が多いですね。最初はパソコン、次に携帯電話の「モバ株」。今、一番伸びているのはスマートフォン向けの「スマ株」です。
大西:「モバ株」は2016年10月にサービス停止になりました。
岡和田:はい。「スマ株」の操作性がどんどん向上しているので、できればこちらを使っていただきたいと考えています。たとえば、最新の「スマ株」ではリアルタイムで株価を見て、注文していただけます。昨年10月にはパソコン用で「HSトレーダープレミアム」というサービスも始めました。自動売買に近い機能を持ったスグレモノです。
大西:スマ株の利用者を増やすうえで、一番苦労されているのはどんなどこですか。
岡和田:最初の口座開設の手続きです。「投資に興味がある」という人は増えていて、問い合わせは多いのですが、マイナンバーを入力するなど、手続きのところでくじけてしまう。「申請書類に不備がありました」なんて言われると、申し込みや投資する気がなくなってしまいますよね。口座開設をどうスムーズにするかで知恵を絞っています。
フリーランスジャーナリストの大西康之氏。日本経済新聞入社の記者、編集委員などを務めた後、2016年に独立。NewsPicksのプロピッカーも務める。

4人のIT担当でもクラウドで安定

大西:フィンテックが加速すると「金融機関はソフトウエア開発会社になる」という予測もあります。フィンテックへの取り組みなど、HS証券の実態はどうですか。
岡和田:そこまではいっていません。我々のような規模の会社ではアウトソーシングを有効に使うことが重要だと思っています。数年前に「すべての証券システムを自前で開発・構築したらシステム部門に何人必要か」というシミュレーションを行いました。その結果、「最低でも60人~70人が必要」という答えが出ました。HS証券の社員数は170人ですから、これでは、システム部門を設置することは不可能です。
実際、システム専業の社員は4人しかいませんが、アウトソーシングを有効活用し、組み合わせることでお客様に最新のサービスをお届けしています。
大西:どんな形でアウトソーシングしているのですか。
岡和田:今回、ネットの取り引き部分をIBMのクラウド・サービス「Bluemix Infrastructure」を基盤として使い、その上でトレードワークスというシステム会社の「Trade Agent」を活用してシステムを開発しています。日本で証券システム向けのASPが提供できる会社は4〜5社ありますが、コストや拡張性も考え一番使いやすいアウトソーソング先を選びました。
証券システムは金融庁が定めるルールに従って作るので、大きな違いは出しにくいのですが、全く同じサービスでは手数料競争になってしまう。お客様はその辺りに敏感で、手数料無料キャンペーンをやるとワッと押し寄せてくるのですが、キャンペーンが終わるとスーッと去っていきます。
これでは証券会社の収益には貢献できないので、決められたルールの中で、より使いやすいサービスを作り提供したいわけです。そういう時にはカスタマイズに応じてくれるアウトソーシング先が欠かせません。
大西:クラウド・サービスを選ぶときの決め手はなんですか。
岡和田:使い勝手の良さもさることながら、まずは「止まらない」「(顧客情報などが)盗まれない」が大前提になります。今回採用したIBMのクラウドは当社データセンターともダイレクトに接続することができたので、応答スピードやセキュリティの点では従来通りの水準と言えます。
また、BCP(事業継続計画)としての対策バックアップシステムを考えておくことも必要です。サイバー攻撃などは避けられないことも想定しておかなくてはならないので、事後対応がスムーズに進む体制も重要です。

カギは「自分だけのアドバイザー」

大西:フィンテックが日常になる2020年、「スマ株」はどんな風に進化しているのでしょうか。
岡和田:HS証券は平成23年11月から、ロシアのソリッド証券とインターネット取引サービスの分野で提携しました。ロシア国債の販売にも力を入れています。ロシア株やロシア国債はなかなか人気があります。
今もソリッド証券が提供するインターネット取引サービス経由でロシア株など買うことができますが、日本株とロシア株、各種の投資信託、各国の国債を比較して買えるようになったら便利ですね。もちろん為替変動にも対応するわけです。
日本の証券市場で行われる取引の7〜8割は外国人によるものです。彼らは世界の市場を見ながら取り引きしているのに、日本の個人投資家が日本だけを見ていたら、やはり勝てないですよね。
これからは、フィンテックが提供するサービスを組み合わせて、いつでも、どこでも、世界の情報を見ることができ、世界の金融商品を売買できる。スマ株はそんなサービスに拡張させていきたい。
大西:日本にはまだ銀行神話のようなものがあって、マイナス金利の時代なのに金融資産の大半を銀行に預けている人が多いですね。直接投資を増やすにはどうしたらいいでしょう。
岡和田個人の資産運用が保守的な原因の一つは教育ですね。アメリカでは子供の頃から投資について教えますが、日本では教えないから、個人で勉強するしかない。HS証券も定期的に投資家セミナーを開いていますが、一企業ではどうにもならない部分もありますね。
大西:2020年に向けてテクノロジーに求めることは何ですか。
岡和田やはりAI(人工知能)でしょう。お客様に最適な投資情報を提供したり、お客様の疑問に答えたり。スマホの中に「自分だけのアドバイザー」がいるような感覚になったら面白いと思います。
(取材・文:大西康之、写真:森カズシゲ)
*次回は製造業編、安川電機に大西氏が訪問します。
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