【ケリー・マクゴニガル】ストレスを味方にできる最強のマインドセット法

2017/1/30
──ストレスとの向き合い方は、ビジネスパーソン全ての課題といえます。マクゴニガル博士は「ストレスは健康に悪い」と決めつけず、ストレスと向き合い、受け入れるよう提唱していますね。しかし、ストレスを受け入れることは、そう簡単ではないように思えますが…。
マクゴニガル ええ、そうですね。しかし、ストレスを避けて、取り除こうとするよりもはるかに簡単なはずです。ストレスをなかったものにしようとすると問題が起き、避けると、不安や落ち込みを感じやすくなります。
逆に、ストレスを受け入れ、向き合うことは現実的な行いです。現実の社会は、ストレスが伴うものだとまず認めましょう。ストレスを受け入れることで、身体の反応や行動まで変わってきます。
間違ってはいけないのは、ストレスと向き合うことは、決してストレスからくる苦しみを増幅させる行為ではないということです。自分にとって最も大切な“人生の意義”となるものを求め続けるための力を与えてくれるものです。自分にとって大切なものを実現させるために、例えば、仕事のやり方を変えたり、転職したりする必要がでてくるかもしれません。
──ストレスと対峙しようと、心構えを変えるためには勇気がいりますね。
はい。しかし、人間はストレスを感じ、落ち込むと、勇気がわいて、そこから跳ね上がるようにできています。もう既にどん底にいるのですから、あとはポジティブな選択をして浮上するだけです。
その勇気を最大限に生かすためには、「自分にとって最も大切なものは?」と自分に聞いてみることです。どんなにつまらないと感じる仕事でも、自分にとって大切なものがきちんと見えていれば、降りかかってくるストレスにも対応しやすくなります。
要するに、ストレスとうまく付き合える人というのは、自分の優先順位がよく分かっている人です。ストレスによってわき上がる勇気を最大限に生かすためにも、自分の価値観の優先順位を知るマインドセットが大切です。
──自分にとって大切な価値観を知るために、日頃からできることはありますか?
私は毎朝、目覚めたら、ベッドの中で、自分にとって大事な価値観は何か考えるようにしています。
例えば、やる気や情熱、誠実さといった私が大切にしている価値観に思いを巡らせます。あるいは、その日行う仕事の意義や、うまく行うための注意点などについて考えます。
私はこれをもう何年も、毎日欠かさず行っています。そうすることで、その日に起こり得るトラブルや降りかかってくるストレスにも心の準備ができるようになるのです。現実にそれが起こったとしても、恐れたり慌てたりするのを回避できます。毎朝1分でできる、とても簡単ですが、有効なエクササイズなのでおすすめです。
──ストレスを受けると、「思いやり・絆」反応が出て、人とつながりたいという欲求が高まると、本で主張されていますね。
ストレスを感じると、“ハグ・ホルモン”と呼ばれるオキシトシンが分泌され、他人に助けを求めたり、逆に人を助けたりしたくなります。どちらも、脳のスイッチを切り替える上で有効ですが、全ての人に起こる反応ではありません。
まず、抱えている問題が、自分一人では解決できないものである、そして、似たような困難に直面したことのある人が他にもいることに気付く必要があります。他人を信用するのが苦手で、人に弱みを見せられない自己中心的な人には、この反応は出にくいでしょう。日頃から、連帯感や帰属意識を持ち、社会的な幸福を得られている人の方が、この恩恵を受けられます。
所詮、人間は一人では生きられない社会的な生き物です。他人とつながった方が、強く生きられます。このことをきちんと理解していると、困った時にオキシトシンが働いて、周りの人を巻き込みながら、ストレスと対峙することができるでしょう。
──つまり、日頃からチームワークや帰属意識を持つように心がけておいた方がいいということですか?
そうですね。特に管理職に就いている人は、困った時に皆が互いに助け合えるよう、人と人のつながりを強化する環境づくりを事前に心がけておくといいですね。さらに、人と人との信頼も築いておくといいでしょう。
例えば、警察や消防署といった職場は、チームワークや信頼が欠けていたら、いざという時に勇気をもって危険な仕事に挑めませんよね。
しかし、反対に、協調性を気にするあまり、言いたいことも言えないようでもいけません。仲のいい雰囲気を壊したくないという理由で、問題があるのを知っていながらそれを指摘しないのでは元も子もありません。こういう場合は、チームとして、または組織として、向かっている目標や価値観をしっかり提示することが大切となります。
──人とのつながりを強化するために、やはりソーシャルメディアは有効だと思いますか?
有効だと思いますが、手当たり次第利用するのはよくありません。戦略的に利用した方がいいでしょう。
自分から発信しないで、受け身の姿勢だけで使っていると、人の人生と自分の人生を比較してねたんだり、相手のネガティブな思考の影響を受けたり、落ち込みやすい傾向にあるようです。反対に、自分の写真を投稿してばかりいる人も嫌われます。
それより、関係を強化したい相手に的を絞って、その相手をどう支持し、相手のことをどう広めることができるか考えるといいでしょう。例えば、気になる相手のフェイスブックを、自分のフォロワーとシェアしていいか尋ね、いいコメントを残すといった行為です。相手のためにもなるこういった行為は、いい結果を招くことが多いようです。
SNSは食べ物に似ていると思っています。簡単なファストフードばかり食べていても、体にとってよくありません。同じように、SNSもライトな使い方をしても、意味がないと考えた方がいいでしょう。害があるかどうかよくよく吟味してから使った方がいいように思います。
──では、仕事のターニングポイントとなる、自分にとって価値のある出会いをするためには、普段からどういう心がけが必要でしょう? 貴重なチャンスと出会う方法について、アドバイスをお願いします。
出会いをただ待つのではなく、自分にとって意味があり、社会にポジティブなインパクトのあることを始めるのがいいと思います。面白いことを始めれば、必ず人はそれに気付いてくれるでしょう。
逆に、せっかくそういうビジネスパーソンと出会っても、自分に魅力がなければ、その出会いをチャンスに変えることはできません。人を育てるだけの力量がある人は、そういった才能を見つけることにたけています。面白いことをひたすら行い、人に気付いてもらう。それに尽きると思います。
──マクゴニガル博士は、気付いたらこの人は自分の人生におけるキーパーソンだったという経験はありますか?
そうですね。今大親友となっている人との出会いがそうかもしれません。
スタンフォードで博士号を取ろうとしていた頃の話です。私は学内でダンスとヨガも教えていました。しかし、まだ経験も浅く、自分に自信がありませんでした。そこへ経験豊富な新しい先生が加わり、その輝かしい履歴書を見て、私は恐怖を感じましたね。自分よりずっと魅力的な授業をして、生徒を全部持っていかれるような気がしました。
彼女に対して防御の壁を作って、自分を守る衝動に駆られましたが、逆に私は「彼女のところに行って、彼女をサポートしよう」と自分に言い聞かせました。たとえ自分より経験豊富でも、自分が彼女の役に立つ方法はあると考えた私は、彼女の教室の広告塔の役目を引き受け、多くの生徒を彼女の教室に引き込みました。
その結果、彼女ととても仲良くなり、一緒に授業を行ったり、組織を立ち上げたり、今でも続く大親友となったのです。
自分の中にあるエゴや恐れを克服した結果、手に入れたものだと思います。先ほど述べた、自分一人では手に負えないストレスは、周りの人を巻き込んで乗り越えるといったマインドセットのいい例といってもいいでしょう。
──最後に、日本のビジネスマンに向けて何かメッセージはありますか?
先日、『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』に載っていた記事で、アメリカ人はもっと日本のビジネスマンを見習った方がいいという面白い内容のものを見つけました。長時間労働や過労死など、日本のビジネスシーンのネガティブな面も聞いていたので、興味を持ちました。
その記事によると、日本人はたとえそれがどんな仕事であろうと誇りを持って全力でその仕事に取り組む。それに対してアメリカ人は、よほど高い地位の仕事に就いている人や本当にやりたい仕事に就いている人を除けば、ほとんどの人が仕事によって人間性を奪われていると感じている。そのため、仕事に全力を尽くす必要がないと感じている場合が多いというのです。自分の仕事を愛せないために、うつや何らかの中毒症状に悩む人が多いのもアメリカの特徴です。
ストレスもここまで根が深いと、対処するのが難しくなります。どうしたら、アメリカ人も日本のビジネスマンのようになれるのか? 誠意をもって仕事に取り組む日本人は素晴らしいと思います。見習いたいですね。
(聞き手・翻訳:狩野綾子 編集:久川桃子 写真:古田清悟、Mark Bennington)