現実空間にデジタルイメージを重ね合わせる

アルファベット傘下のグーグルはこのほど、仮想現実を現実世界で利用するアプリとしてはこれまでの同社で最も野心的な製品を公開した。消費者が自宅に居ながらにして商品の品定めができるというアプリだ。
グーグルは1月4日(米国時間)、ラスベガスで1月5日から1月8日まで開催された国際家電見本市「CES」において、グーグルが独自開発する3Dスキャン技術「Tango」プロジェクトを、ドイツの自動車メーカーBMWおよび米アパレルメーカーGAPの2社と提携して展開すると発表した。
この技術は、モバイル機器のカメラとセンサーを使って、現実空間にデジタルイメージを重ね合わせるものだ。大ヒットしたゲーム「Pokémon GO」にも同様の技術が用いられている。
今回の提携は、グーグルが野心を広げ、独自のマッピング技術と同社の主要ビジネスである商取引の促進を結合させようとしていることを示している。
仮想現実(VR)や拡張現実(AR)の技術は急速な進化を遂げているが、その恩恵を最大に受けるひとつが小売業界になるとアナリストは予測する。
リサーチ企業IDCは、VRとARの市場は2015年には52億ドルだったが、2020年には1620億ドルまで爆発的成長を遂げると推測している。
IDCのアナリスト、クリス・シュートはVRとARに関して「長期的に利益を見込める業界のひとつ」になるのは自動車販売業だろうと予測している。消費者が自動車販売店へと足を運ぶ機会は減る一方であり、自動車メーカー各社は消費者への接触手段を模索中だ。

BMW「バーチャル・ショールーム」

BMWはグーグルと提携して、同社のシティ向けEV「i3」とハイブリッド・スポーツカー「i8」をスマートフォン画面上に表示する新しいアプリをテスト中だ。
消費者は、画面にオーバーレイ表示された自動車の周囲を歩き回ることができるほか、私道やガレージに実物大の自動車を置いてみることも可能だ。カラーは6種類、内張りとホイールは4種類から選択できる。画像はすべて高解像度で表示される。
BMWによれば、このアプリは11カ国の販売店で利用可能だという。
BMWのセールス向けイノベーション部門を率いるステファン・ビーアマンは「このアプリ向けに、全モデルを一覧できる一種のライブラリーを開発することもできる」と話す。
ミュンヘンで先日行なわれたプレゼンテーションで披露されたi3の画像は、小さなスマートフォンの画面上でも十分な臨場感があり、ユーザーが思わず体をかがめて中に入ろうとしたくなるほどだ。車内では、ボタンを押してライトやラジオをつけることもできる。
グーグルのARビジネス開発部門を率いるエリック・ヨンセンはプレゼンテーションで、「この技術は、多様な小売業で活用できるとわれわれは考えている」と述べた。「車を買う時には、自宅ガレージの広さと比較できるし、高価な大型キッチン用品を購入する際にも便利だ」
ブルームバーグ・ニュースは2016年5月、グーグルがTangoの屋内3Dマッピング技術を活かして広告収入を得ようと計画中であると報じた。ヨンセンは、グーグルは今回のBMWやGAPとの提携で売上収益は得ていないと述べたが、ビジネスプランに関しては踏み込んだコメントを避けた。

GAP、3Dのデジタルアバターで試着

グーグルは1月4日、BMWのアプリのほかに、Tangoに関係した動きをさらに2つ発表した。ひとつはGAPのアプリで、消費者がTangoを利用してGAPブランドの商品を試せるものだという。
さらにグーグルは、Asustek Computerとハードウェアで新たに提携したと発表。同社製スマートフォン「Zenphone」がTango技術対応になったのだ。
しかし、どちらの動きも、グーグルの取り組みに限界があることを明らかにしている。まずは、この新技術を試せる消費者があまりいないことだ。Tangoを使えるモデルはエイスースのZenphoneが2つめで、ほかにはレノボ製の機器が1つあるにすぎない。
また、消費者にとってTango技術は完成されたものとはいえない。GAP向けモバイルアプリでは、3Dのデジタルアバターに商品を試着させることはできるが、自分の体に商品をオーバーレイ表示することはできない。
いずれは自分の体と商品を重ねられるようになるかもしれないが、そのために必要な技術はいまだに開発初期の段階にある。
「こうしたメディア向けにコンテンツを作成するのはきわめて難しい」と語るのは、3D技術を利用してインテリアデザイン・サービスを提供するスタートアップ、Modsyの創業者シャーナ・テラーマンだ。
グーグルはこの問題を認識している。Tango技術のディレクター、ジョニー・リーは、リアルなレンダリングの難しさに加え、モバイル3Dマッピングは照明と地理的空間による制約を受けると説明する。
この技術に対する期待と現実の間にあるギャップは、メリットというよりむしろデメリットとなる。「ARというと、人々はSFレベルの見た目を期待する」とリーは言う。

限られた市場をどう開拓していくのか

市場が限られていることも、グーグルがデジタル機器にTangoを実装するのに慎重な理由だとリーは語る。
グーグルはすべてのモバイル機器でTango技術が使えるようにすることを最終的に目指しているものの、いまのところは、対応しているアンドロイド搭載スマートフォンはほとんどない。
Tangoセンサーを搭載するためにハードウェアを改造しなければならないことも、グーグルの協力会社が二の足を踏む理由かもしれない。
しかし、この技術が普及すれば状況は変わる可能性がある。マイクロソフトやフェイスブック、スナップチャットといったほかのソフトウェア企業も、ARやVRの開発に力を入れている。
アップルはARに関して公式には発表していないが、同社のティム・クック最高経営責任者(CEO)は公の場でARに関するコメントを繰り返し口にしている。そして、アップルがiPhoneにグーグルのTango技術を搭載させるとは考えられない。
IDCのアナリスト、シュートによれば、eコマース大手のアマゾンもVRショッピング体験について検討していることは間違いないという。
しかし、こうした企業はどこも、必要な技術の獲得と、それよりも重要な市場の開拓という2つの課題に取り組んでいかなければならない。
「ハードウェアは一筋縄ではいかない」とシュートは述べる。「シリコンバレーという閉ざされた環境でうまくいっても、現実の世界で必ずしもうまくいくとは限らない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Elisabeth Behrmann記者、Mark Bergen記者、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:bennymarty/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was produced in conjuction with IBM.