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マンガ、自分自身も好きですし子どもも好きなので「好きなだけ読んでいいよ」と伝えてます。得られるものが多いと考えているからです。小学館の「日本の歴史」は、歴史の一側面とは言え流れを大雑把に理解できるのが良いですし、同書のようなまんま勉強ではなくても、自分の関心に沿ったテーマを描くマンガは視野を広げ自身の持つ情報を深めてくれることが多いです。それに、無意識の内に漢字が読めるようになっていたり、表現が増えていて、「それどこで習ったの?」と聞くと、「マンガで」という答えも多いです。

また、マンガは数多ありますが、最近では、一昨年になりますが、「マンガHONZ超新作大賞(※)」が発表され、数作品の1巻を購入し、全作品最新刊まで読みました。マンガが好きで、この大賞発表のイベントに参加した程です。笑

このように最近では新作のマンガを紹介してくれるようなイベントがあるのも、大変助かっています。ちなみに、同大賞の中で一番好きな作品は、「ザ・ファブル」。1位に選ばれた「波よ聞いてくれ」も面白いのですが、殺し屋の何気ない日常が描かれた「ザ・ファブル」は興味深く時間を忘れて読みました。

記事内にある「サイエンスフィクションが成立しなくなりつつある」というのは、面白いですね。確かにそうかもしれない。

そして、それはマンガだけではなく新書にもある意味言えることだなと思っています。ICT教育や「テクノロジー×教育」について本にという話を以前頂いたことがあるのですが、出版した途端にそのテクノロジーはかなり前のものになっている可能性がある。そう考えて新書の棚を見ると、そのような教育領域を扱ったものがほとんどないことが分かります。

※マンガHONZ超新作大賞
http://honz.jp/articles/-/42244
作品も会社も、意思決定の量が多いものが生き残っていると最近、感じる。
漫画読むのが苦手な人がコメント欄で散見されるのは意外でした。脳の画像認識する領域などとの連携が不得手な構造だったりする可能性はありますね。そういうの研究してる人いるのかな?でも漫画を禁止されたりして漫画読まなくなった人はやはり多いと思いますね
追記
親が禁止するからマンガを読まなくなる、というのは逆だと思う。

親がマンガを禁止して勉強をさせようとするから、マンガが好きで勉強が嫌いな子に育つ。

こどもは、親が禁止すると興味を持ち、無理矢理させると嫌いになるもの。

下に書いたように、僕の親はマンガをまったく禁止しなかったし、勉強させもしなかった。で、僕はマンガに興味はなく、勉強が好きな子になった。

追記終わり

僕はマンガをほとんど読まないけど、別に堀江さんが言っているような見栄じゃなくて、単純に小説や科学図鑑の方が面白かったから。親に禁止も全くされなかったし(父はマンガ好きだった)、小学校や中学校の頃は友達と話を合わせる必要に迫られてマンガを読んだ。みんながやってることをやんなきゃ仲間はずれにされてしまう雰囲気がなんとなくあったから。でも結局、本屋や図書館に行って自然と足(と心)が向くのは、小説のコーナーだった。成長するにつれ、別にみんなと同じじゃなくても自分が好きなことをすればいいんだと思うようになり、マンガは読まなくなった。だから「マンガを読まない人は見栄を張っている」ってことじゃない。単に、何を面白いと思うかは人それぞれ、ということ。

でも、2年ほど前からコルクさんと仕事をするようになって、興味を持ち始めた。今書いている連載では『宇宙兄弟』のアシスタントの人が図解を書いてくれているんだけど、素直に「漫画家ってすごいな」と思った。僕の文章と汚い下絵をもとに、僕の脳内イメージを僕自身よりも的確に絵にしてくれる。これはすごい才能だな、と思った。

また、マンガの世界には、ストーリーを面白くするための方法論があることも知った。それはマンガだけではなく活字にも使えること。そういう方法論を、佐渡島さんやコルクの人たちから学ばせてもらっている。

活字とマンガという二項対立で論じる必要はない。その中間だってありえる。マンガの強みを、今書いている連載や本に取り込んでいきたいと思っている。
あえて言わせていただくと、私も子供の頃から漫画を読んできませんでした。
かつては友達の輪の中に入れないので、一生懸命読もうとしました。
でも合わないのです。
それは大人になっても変わりませんでした。
佐渡島氏と懇意になってから、一念発起して読む努力をしたのですが、内容が頭に入ってきません。
見栄や親に言われて読まないのではなく、自分に合わないメディアだから読んでいないのです。
私と同じように、漫画というメディアが体質的に合わない人もいると思います。
こうした人もいるということを知っていただきたいし、悪く言ったり、決め付けないでほしい。
私は漫画を読む習慣はないのですが、たまに人に勧められて読むと結構はまります。にも拘わらず、習慣がないのは「週刊誌文化」のためかと。

週刊(または月間)で発行される週刊誌は最強の漫画キュレーションでありつつも、常に新規購読者にとってはほぼ全ての作品が途中話からスタートする、という変なメディアでもあります。小さいころから、あれがとても嫌でした。最強ゆえに見直されることもなく、またそれが単行本販売のフックになっているのでしょうが、ゆえに逃している層もいると思います。

また私の場合、ソーシャルメディアなどで漫画の情報に触れることもあまりなく、漫画は漫画のコミュニティで閉じている感じがします。海外にいると日本以上にSNS依存が高まるので、強く感じます。

私が暇つぶし目的でもNPを使うのは、NPは基本1週間サイクルで動いているので置いてきぼりにされないから。

メディアによるサイクルというのは面白くて、日本のテレビは原則3か月(1クール)サイクル。大河は1年、朝ドラは半年。これだけ長くできるのは地上波文化だから。

米国は1話完結モノが多いのは、ケーブルで再放送しまくるので、視聴者がいつ何時そのエピソードに当たっても置いてきぼりにしないため。しかしその米国もSVODが出てきてビンジウォッチング文化が出てきたので、Game of Thronesのような難解なストーリー構成を持つ作品が出てきたり。

別にオチはありませんが、雑感です。
マンガは何も考えず、ストレスかけずふぁーっと読む、というのが自分の中での位置付けだったから、この対談のように作者目線でどういうように取材して作ったのかは頭の片隅に置いてマンガを読むともっと新しい発見がありそうですね。そういう楽しみ方が面白いかも。

日本人に限らずかもしれませんが、食わず嫌いは非常に多い、新しいものに触れることへの躊躇など、何となくのマイナス感情にすごい支配されていると思うことが最近多くて、何事もとにかくやってみて、自分が直接感じたことを大事にしたいと改めて思っています。

Kindleなんかも周りで読みにくい、云々の話を聞くことが多かったけど、本当に自分で試してやった感想なのか、ということ。人によると思いますが、私は触れてみて一切そんなことを感じたこともなく、紙の本はほとんで買わなくなりました。くだらないかもしれないこの行為が意外とデジタルコンテンツって、とか、本屋って、とかKindleに触れていなかった時には考えようもしなかったことにぶつかることも多々あって、とにかく自分でやってみるということの副次的効果が何よりも重要なんじゃないか、と思っています。
我々VRやインタラクション系の研究者は、かなりマンガやアニメベースで話すことが多い気がします。特にドラえもんですね。あれには「あんなこといいな、できたらいいな」が詰まっていて、その効果もとても分かりやすく描かれているので。
そこを目指してモノづくりをしてしまっているので、確かにマンガの中の世界の方が陳腐になっていくというのはあると思います。

以前からコメントしていますが、電子書籍は電子書籍としての良さがまだまだ10分の1も出てないんじゃないかと思っています。マンガだったら、絵と文字情報を分割して販売して、多言語対応するとかできると思うんですよね。DVDの音声切り替えみたいに。それならスラムダンクのあの名言は何巻だっけなぁとなっても、すぐ検索もできますし。
僕は研究の場面でも紙で読まない。論文はダウンロードしてそのままPCやiPadやiphone上で読むし、専門書もkindleで買えるものは買って、買えないものは他の専門書や古い論文で代用するか、どうしても必要な場合は紙で買って自炊してる。なので、僕のオフィスには本棚というものがない(笑)余談だが、学者がオフィスでたくさんの専門書に囲まれて自己満足する感じは、僕的な感覚でいうと少しキモい(すみません)。

漫画も全て電子化されてほしいけど、浦沢直樹さんの作品群や森川ジョージさんの「はじめの一歩」が作者の謎のこだわりによって電子化されていない。特に「パイナップル・アーミー」は読み返したいが、浦沢さんの意向によって、自炊も禁止されている。読者をないがしろにしているというのは言い過ぎだけど、作品の楽しみ方までも作者の意向に従えというのは正しいようで少し間違っていると思う。
画像の表現があるので、文字だけの本よりも遙かに優れている点もある。
単純にbitでも、明らか。俳句などは、削りに削って、膨らみがあるが、文章は、その点、中途半端である。
また、作家のレベルが高く、最近のノウハウ本などより、レベルも高い。
利休の本もいくつか読んだが、「へうげもの」、の方が上ではないか。
また、手塚治虫や、水木しげるは、独特の世界哲学観があり、ノーベル文学賞クラスだろう。