【佐藤留美】「働き方改革」でサラリーマンの生活はこう変わる

2017/1/6

長時間労働の是正と生産性向上

「『働き方改革』は第3の矢、構造改革の柱だ」──。
安倍晋三総理がそんな発言を繰り返すだけあって、2017年は政府主導の「働き方改革」がますます急ピッチで進むだろう。
なかでも、長時間労働の是正と、生産性の向上は大本命テーマだ。
実際、NewsPicksの「働き方・大格差」特集にも登場した働き方改革の推進役、経済産業省産業人材政策担当参事官の伊藤禎則(いとう・さだのり)氏は、「働き方改革でもっとも重要なのは、『長時間労働の是正』と、それとセットで『生産性を高める』こと」だと繰り返し語った。
【経産省参事官・伊藤禎則】働き方改革は「経営革命」だ
勤労者の労働時間をただ減らしただけでは、一時的にはアウトプット量が減り、企業業績が落ちてしまう。だからこそ、それと同時に、労働生産性を高めることが欠かせない、というわけだ。
そこで、生産性を向上させるため、経産省が後押しするのが、新卒一括採用、年功序列、終身雇用、企業別労働組合に代表される「日本型雇用システム」からの脱却だ。
安倍総理は2016年9月2日「働き方改革実現推進室」の立ち上げの際、「かつての『モーレツ社員』、そういう考え方自体が否定される。そういう日本にしていきたいと考えている」と語った。
写真:読売新聞/アフロ
世耕弘成経済産業大臣は2016年10月13日に開かれた「働く力再興」シンポジウムにおいて、「企業関係者らの討議では、長時間労働や終身雇用などに代表される日本型雇用システムを見直す時期にあるとの認識を共有した」と示唆した。
このように、今、日本型雇用システムは、働き方改革を進める閣僚に“敵視”されている。
その大きな理由が、正社員の「無限定性」だ。日本の正社員は、よく「三無(さんむ)」と言われる。労働時間に制限がない、勤務地が選べない、職種が限定されていない──。
一方、欧米では、働く人一人ひとりに、ジョブ・ディスクリプション(職務規定書)があり、各人の職務が明確に定められている。そのため、自分の仕事が終われば、さっさと帰りやすい。
また、「日本型雇用」は前述「三無」のせいで、人手不足の日本において新たな労働力として期待される専業主婦や高齢者などが勤めにくいとの問題点もはらむ。
さらに、過去の判例などから、業務縮小に伴う人材の解雇がしにくいため、衰退産業や事業に人が張り付いたまま、成長産業への人材移動がなされず、ひいては、国力の低下に陥りやすい。
加えて、日本企業は今、いまだかつてない画期的な製品やサービスを生み出し、成長を遂げるために、「非連続イノベーション」を起こすことを課題にしているが、同質性を好み、異能を排除しがちな「日本型雇用システム」においては、その実現は難しい(詳しくは、「【解説】「日本型雇用」がなくなる5つの理由」参照)
【解説】「日本型雇用」がなくなる5つの理由
こうしたことから、日本型雇用は徐々に以下の表のような「新型」に変化していくのではないか。
すなわち、賃金は年功序列色を抑え、仕事の重要度や難易度、インパクトをお金に換算し、各仕事(ポスト)に値段がつく「役割給(職務給)」に転換する(詳しくは、「【日立、パナなど大手12社事例】「仕事の難易度」で給料が決まる時代」参照)
【日立、パナなど大手12社事例】「仕事の難易度」で給料が決まる時代
労働時間は、仕事の範囲が無制限なマネジメント(経営層)やその予備軍など基幹社員を除いて、定時で帰る社員が増える。また、時間内に業務を終えられるように、在宅勤務を許可する企業は今後ますます増えるだろう(詳しくは、「【ロート、味の素など25社】副業、在宅勤務を解禁した企業一挙公開」参照)
【ロート、味の素など25社】副業、在宅勤務を解禁した企業一挙公開
一方、解雇規制については、現状では大胆な「規制緩和」は難しい。
だが、労働者が整理解雇(事業の継続が難しい場合に行う人員整理に伴う解雇)され、会社側にそれは不当だと裁判を起こした時に、金銭で解決できる制度──「解雇無効時の金銭解決手段」については、すでに政府で検討が始まっている。
このように、日本型雇用システムが実際に変容する兆しはすでに見えてきている。
これまでの「日本型」は、年功序列に代表されるように、社員の給料や待遇は、ある年齢までは横並びで、大差はつかなかった。
だが、2017年以降、働き方改革が進展すればするほど、給料、待遇、働き方などあらゆる要素において、「個人としての市場価値の高い人と低い人」との間で「大格差」が生じるのではないか。

時間外労働規制の「しわ寄せ問題」

2016年12月26日、電通の過労自殺問題を受け、厚生労働省は違法な長時間労働があった企業名を公表する基準を引き下げると発表した。
これまで会社名を公表するのは1年間に「3カ所以上の事業所」で「月100時間」を超える違法な残業が行われた場合だったが、2017年からは「2カ所以上の事業所」で「月80時間」を超えた場合は公表に踏み切る。
そもそも、なぜ日本の勤労者は長時間労働になりがちなのか? その理由の1つは、時間外労働の上限規制がないからだ。
それは、なぜか? その背景には、「36(さぶろく)協定(労働基準法第36条)」の存在があり、「特別条項」を結べば、労働時間は青天井に延長可能だからだ。
長時間労働になると、うつ病などメンタルに不調をきたしやすく、過労自殺にもつながりやすい。
このような状況下、今、必要な政策として検討されるのが、労働時間の上限規制と、インターバル規制(最終的な勤務終了時から翌日の始業時までに、一定時間のインターバルを保障すること)だ。
経済産業省関係者によると、これから「時間外労働については、キャップ(蓋)をかける方針だ」という。となると、今後は業種や職種別に、何時間までしか残業できないと規制が入る公算が大きい。
インターバル規制に関しても、政府の規制を待たずに導入する企業も出てきた。KDDIでは2015年から組合員を対象に、勤務終了後から次の勤務開始までに最低連続で8時間の休息をとることを義務づけている。
このような規制が入ると、当然、管理職は部下を早く帰らせようと努力する。だが、仕事の全体量が変わらず、すぐに生産性をあげる術もなければ、その残務は誰が担うのか?
それは、当面、中間管理職や下請け会社などではないか、と推察する。
そうならないためには、24時間営業をやめたファミリーレストラン「ロイヤルホスト」のように、経営陣がいかに非効率な業務を捨てるか──が求められているのではないか。
また、日本では、真面目な国民性を背景に、「おもてなし」や「お客様は神様」といった文化があり、過剰サービスになりやすく、結果、長時間労働につながりやすい側面もある。
今後は、こうした日本の「お客様は神様過ぎる文化」のありかたそのものも、問われていくのではないか。

空前の「副業ブーム」が到来する

政府による「日本型雇用システム」への“究極のアンチテーゼ”といえるのが、正社員の副業の後押しだ。
厚生労働省は年度内にも企業が就業規則を定める際に参考にする「モデル就業規則」から、「副業・兼業禁止」の規定をなくし、「原則禁止」から「原則容認」にする予定だ。
ロート製薬は、そうした政府の指針が出る前、2016年2月から入社3年目以上の全社員を対象に、副業を解禁する「社外チャレンジワーク制度」をスタートした
「週休3日制」を検討するヤフーも、社員に副業の自由を認めている
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また、リクルートホールディングスでは、「組織長及び人事部署長の承認があった場合」、社員は副業してもよい規定だ。
一方、正社員が副業をみつけやすいクラウドソーシングなどのインフラも整ってきた。こうしたことから、2017年以降は、副業を容認する企業や、副業をする会社員が増えるのではないか。
副業をすると、自分の価値は市場でどのように評価されるのかを冷静に判断することができるし、今、市場ではどのような仕事が求められているのかについても敏感になる。もちろん、人脈を拡大したり、自分の技能や知識を高めるキッカケにもなりやすい。
そんな意味からも、副業はかつての「小遣い稼ぎ」のイメージから、「自己成長の手段」として、認められていくのではないだろうか。
(図表:櫻田潤、バナー写真:istock.com/Rawpixel )
佐藤留美(さとう・るみ)
NewsPicks編集部副編集長
青山学院大学文学部卒業後、出版社、人材関連会社勤務を経て、2005年編集企画会社ブックシェルフ設立。「週刊東洋経済」「PRESIDENT(プレジデント)」「日経WOMAN」「プレジデントウーマン」などに人事、人材、労働、キャリア関連の記事を多数執筆。『凄母』(東洋経済新報社)、『資格を取ると貧乏になります』(新潮新書)など著書多数。2014年7月からNewsPicks編集部に参画、2015年1月副編集長に就任。
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