【西田亮介】高度化する政治の情報発信。求められる報道の形とは

2017/1/3

post-truth politics

2017年、国内政治でも「post-truth politics」の問題がより深刻化するだろう。
すでに各所で話題になっているが、「post-truth」とは英オックスフォード大学出版局が2016年、「The Oxford Dictionaries Word of the Year 2016」に選出したことで一躍日本でも有名になった言葉だ。
直訳すれば、「脱真実(的)」(日本語ではもっぱら名詞として用いられているが、正しくは形容詞だ)、意訳するなら「『客観的事実』が重要視されない時代とその雰囲気」を指す言葉として使われている。
20世紀半ばに使われるようになった言葉だが、1990年代初頭から政治的な文脈で使われるようになって、2016年に爆発的に利用が増加した言葉だとされる。
この言葉が2016年を象徴する言葉として選出されたのは、2016年のイギリスのEU離脱を問うた国民投票「Brexit」、トランプが勝利した米大統領選、韓国大統領の不祥事、イタリアの憲法改正国民投票の否決とマッテオ・レンツィ首相の辞任、日本における衆参両院での改憲派議席数3分の2超えなど、これまでの政治的な「常識」や世論調査、調査報道のイノベーションなどが予測に「失敗」する出来事が相次いだからだ。
さらに規制が及ばない国外でのフェイクニュースの制作と拡散が問題視されるようになったことなどに起因する。
フェイクニュースの問題は深刻だ。
既に英語圏ではロシアのサイバー攻撃の可能性などにも言及されながら深刻な被害をもたらしているが、これまで、こと日本語のニュースについては言語の壁によって守られてきた側面があった。
しかし2016年末に露呈したのは、キュレーションメディア、まとめサイトを巡る一連の制作過程のずさんさ、メディア/プラットフォーム企業の倫理観の欠落であった。
またマスメディア、なかでもこれまで世論形成に大きな役割を担ってきたとされる新聞ジャーナリズムの凋落が顕著だ。発行部数減に歯止めがかからず、ネットへの対応が遅れたままだ。それに対して、日本でもネットメディアの存在感が増している。
情報を伝達するメディアの信頼性が揺らいでいるだけではない。受け手の側は政治に対する不信感、不安感、加えて日本に関していえば政治教育と主権者教育の失敗といった問題がある。脊髄反射的な反応を見せる生活者や、大きく振れる投票傾向が顕著になっている(「スイングボーター」)。
そして生活者の政治、情報リテラシーは大きく変化したとはいえないうえに、政治の情報発信技術は国内でもより高度で、戦略的なものになっている。

政党の情報発信と戦略

拙著『メディアと自民党』(角川新書)や実際に自民党の情報発信に携わった小口日出彦による『情報参謀』(講談社現代新書)などが詳しいが、与党自民党は2000年代を通して、政党としてネットでの情報発信の技術と戦略、体制を高度なものにするべく取り組んできた。
その結果、2010年代前半には、自民党はいち早く「情報収集→分析→フィードバック→発信」のサイクルを構築し、それらの水準は他の政党と比較して群を抜いたものになった。
2016年秋に、筆者は衆議院の主要5政党(自民党、民進党、公明党、共産党、維新)の情報発信と戦略についての取材を行った。どのような規模で、どのような取り組みを行っているかを尋ねたのだ。
これらはいずれも最終的には政党の広報を通した回答なので、現時点での各党の公式回答にかなり近いものになっているはずだ。これらの取材から自民党のみならず、各政党が情報発信の技術を高度化させていることがわかった。詳細は『Journalism』2016年12月号に所収された論文で記したとおりだが、概要は以下の表のようなものであった。
西田亮介「自前メディアの活用、市民との協働……高度化した政治の情報発信の陥穽とは」(WEBRONZA)より
どの政党も、選挙運動期間以外の「平時」の政治活動から情報発信に工夫を凝らしていることがわかる。なかでも、オウンドメディアの活用や、ネットと一般的な政治活動の連動、連携に注力している点は注目に値する。
このように情報の発信者、メディア、受け手、それぞれに、日本でも十分に「post-truth politics」が入り込む素地があることがわかる。それではそれらが顕在化する機会としての、政治イベントにはどのようなものがあるだろうか。
まず確定しているのが、東京都議選だ。小池知事率いる「小池新党」の躍進が気になるが、自身も小泉内閣時代に「刺客」を務め、また先日の都知事選、それから就任後も抜群のメディアでの存在感を見せる。
東京都自民党との対立が注目されているが、どのような構図、メディアを通したアジェンダ・セッティングがなされるかは注目する必要があるし、また結果次第では国政にも影響を与えるだけに、適切な読み解きを、ネット、マス問わず、ジャーナリズムに期待したい。
(写真:istock.com/Boomachine )

改憲/護憲という問題

さらに衆議院総選挙の時期も注目されている。2016年から「1月解散」がささやかれている。野党各党もタイミング的に十分ありうるとして協議を加速しているようだが、民進党の不祥事が相次ぎ、肝心の政策も明確にならないままだ。
このままでは、よほどの与党の不祥事や失点、経済の失速などがない限り、大きな構図の変化は考えがたい。
そのなかで注目すべきは、やはり与党をはじめとする改憲を主張する政党の獲得議席数ということになるだろう。2016年7月の参院選を経て、改憲派は衆参それぞれで量的には改憲に必要な3分の2の議席数を獲得した。また憲法審査会の議論も再開している。
しかし改憲派の議席数は盤石のものとはいえず、衆院選の結果次第では、改憲に必要な条件が満たされなくなる可能性がある。
逆にいえば、護憲派としてはこの数を割り込ませたいはずだ(ただし、厳密には野党第一党の民進党も護憲を明確にしているとはいえず、現代の護憲派とはいったいどの政党なのかということも問われる必要がある)。
実はこの憲法改正のプロセスでは、相当に「post-truth politics」の状況が生じやすいことはあまり知られていない。憲法改正の手続きを規定した国民投票法は、通常の選挙の手続きを定める公職選挙法と比べてかなり規制が乏しいからだ。
「国民に十分改憲を周知するため」という理由で、公職選挙法に設けられているようなビラの枚数や街宣車の台数といった公職選挙法のような制限が設けられていないのである。
国民投票法はテレビCMの期間などを除き、大阪都構想を巡る住民投票を規定していた大都市地域特別区設置法とその施行令と作りが似ているし、自由度の高い選挙(投票)運動ということでいえばアメリカ大統領選挙と似ている。
いうまでもなく改憲/護憲は、戦後政治の潜在的争点であり続けてきた。当時、大阪で見られたような、あるいはそれ以上に激しい運動が全国津々浦々で見られると推論することもできるはずだ。
問題はこうした状況がほとんど認識されていないのみならず、そもそも少なくない数の国民が改憲/護憲という問題にそれほど強いオピニオンを有していないようにみえることだ。改憲/護憲に無関係な国民は定義上存在しない。
だが、2016年7月の参院選は憲法第96条が規定する衆参両院の3分の2という数字を超えるか否かという選挙でありながら、各種の世論調査ではそもそも憲法問題それ自体への関心が高まっていなかったからだ。
こうした状況のもとで、改憲派/護憲派双方から、そしてメディアから大量の情報発信が行われたとして、多くの国民はそこで憲法改正問題に関心を持つだろうか。そのような状況で改憲/護憲が決まったとして、果たして結果を「自分たちの憲法」という認識を持って受けとめることができるだろうか。
日本における「post-truth politics」は争点を潜在化し、多くの国民が問題を的確に認識しないままに、さまざまな大きな政治的変化を実現していく過程に現れてくるように思われる。すでに集団的自衛権の解釈変更などの過程でもその片鱗を見いだすことができるし、2016年の参院選直後の安倍総理の以下の憲法に関する発言もその一例といえそうだ。
この選挙においてですね、憲法の是非が問われていたのではないというふうに考えております。これからはですね、まさに憲法審査会において、いかに与野党で合意をつくっていくかということではないかなと思います」(中略)

議論を深めていく中において、どの条文をどう変えていくかが大切であって、憲法改正にイエスかノーかというのは、もう今の段階ではあまり意味がない

「安倍首相、国会での改憲議論に期待」(TBS News i)より引用(現在リンク切れ)。下線強調は引用者による。
安倍総理は前段で参院選では改憲の是非が問われていたわけではないといいながら、後段では量的に条件を満たしたので、改憲の是非についての議論の段階は終わり、どの条文を変えるかというステージになったといっている。論理的にはあまり自明ではないが、これこそまさに日本版「post-truth politics」ではないか。
こうした状況に、どのように対応するのだろうか。生活者が接触する情報量は激増し、また接触頻度も増えている。

機能のジャーナリズム

従来型の、「メディアを通して接触する情報に注意し、確認すべきだ」というメディア・リテラシー的な「対策」は、実践的にはかなりの困難を有している。
すべての情報を精査するべきという要請はまったく現実的ではないのみならず、ネットの情報をネットで調べたとして検索先の情報が汚染されているかもしれないというのが「post-truth politics」が提起する問題だからだ。
どうしても生活者は政治家や政党と比べて、政治に対する関心は乏しいし、また日本では政治教育の失敗によって、多くの生活者は具体的な政局を読み解き理解する能力を獲得する機会を十分に持てずにいる。
やはり権力監視を本義とするジャーナリズムが、改めてその本領を発揮することが求められる。だが日本の政治報道は政治と「慣れ親しみ」の関係を形成し、政局報道がその中心になり、「政治はこうあるべきだ/あるべきではない」という論を提示する「規範のジャーナリズム」が主流になっている。
だがメディアの力学が変化し、良かれ悪しかれ、過去に共有されていた各メディア固有の論調の傾向も共有しない読者が増えてきたことによって、こうした「規範のジャーナリズム」が受容される土壌は失われようとしている。
今後は、増大した情報を整理、分析し、読み手が確実に受け取るコンテンツの形までをデザインする「機能のジャーナリズム」が求められるだろう。最近は各種ネットメディアが多くの調査報道の実践を提示するようになってきた。
しかし筆者の認識では、それらと従来の政治報道を総合してみても、いまのところ強力な政治の情報発信に対抗し、それらを上回る水準にあるとはいえないように思える。
「post-truth politics」の状況は生活者にとって得るものは乏しい。2017年は、政治的にも重要なイベントが続く。一刻も早い、政治の情報発信に対抗し、競合できる機能のジャーナリズムの開発と普及が生活者にとって望まれる年となるだろう。
(撮影:大隅智洋)
西田亮介(にしだ・りょうすけ)
東京工業大学准教授
1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。中小機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学特別招聘准教授などを経て現職。専門は情報社会論と公共政策。
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