【塩野誠】2016年のビジネス総ざらい。年初の予想は当たったのか
2016/12/31
いくつものサプライズが起きた2016年も終わろうとしている。
今年は各国の政治が経済環境とビジネス環境に影響を与えた年だった。後に大きな転換期とされるかもしれない2016年を大みそかに振り返ってみたい。
さようなら、エスタブリッシュメント
2016年は6月にブレグジット(英国のEU離脱決定)、そして11月に米国大統領選挙でのトランプ氏の勝利と、既存の政治エスタブリッシュメントに対し「ウチらは見捨てられている」と考える「怒れる」中間層が存在感を示した。
グローバル化とテクノロジーの発展に取り残された「普通の人々」が「腐敗した政治エリート」に反旗を翻すという事件が起こったのだ。
これは民主主義と資本主義の、「完璧じゃないけどこのシステムがマシだよね」というコンセンサスの中で、「素人は黙ってウチらに任せておけ」という政治・経済エリートが中間層から乖離(かいり)した結果であり、皮肉にも民主主義が機能したがゆえに投票によって起きた革命であった。
2016年の展望は現実にはどうなったか?
1年前の2016年1月1日の「ビジネス展望」(
「ユニコーンの死」と「AI、IoTの淘汰」に注目せよ)で筆者は主に下記のような展望を示した。その結果とあわせて振り返ってみたい。
<年初の予測>
国内株式市場についてマーケットの期待と成長戦略の時間軸のズレから(2015年同様に)変化が乏しい。
(写真:iStock by peshkov)
<実際の結果>
年初の1万8400円台から7月には1万4000円台まで落ち込み、12月に入っていわゆるトランプ相場で年初来高値の更新が続き、1万9600円近くまで伸ばした。
1年を通してみれば中盤に弱含んだ後に年初の水準を年末に超えたU字形のチャートであった。
市場では日銀によるETFの買い入れが10月に10兆円を突破し、ETFを通して10%超の株式を保有される上場企業も5社を数える。日銀は既に株式、国債を保有する巨大ファンドである。日本の株式市場は日銀の買い入れによるゲタを履いている状況と言えよう。
足元では、12月発表の日銀短観・大企業・製造業DIは1年半ぶりにプラスに転じた。製造業は9月の6ポイントから10ポイントへプラス4ポイント、非製造業は18ポイントで変わらずだ。
一方、来年3月予測では製造業、非製造業ともマイナス2ポイントの悪化を見込む。日銀の黒田総裁は12月20日、景気判断を「緩やかな回復基調を続けている」に引き上げている。
今年は円高基調に転換し、年末に大きく円安に戻した年だった。
2015年末の120円台から年初に円が上昇し、ブレグジットのあった6月から7月では100円近辺を試す展開となり、トランプ氏が大統領選に勝利した11月上旬から円安に転じ年末にかけて115円程度まで円安が進んだ。
電機業界などは2016年末の想定レートを100円台にしており、このまま110円超えの円安基調が続けば企業業績の上振れも見込めるだろう。
<年初の予測>
相対的には米国が世界経済を牽引。
<実際の結果>
株式市場を見れば、ダウ工業株30種平均は12月に過去最高値を更新し、2万ドルに迫った。S&P500を見ると2000ポイントからはじまり年初に1900ポイントまで下げたがその後堅調に推移し、2200ポイント台まで上昇している。
一方でIMFは米国の2016年のGDP成長率見通しを7月の2.2%から10月には1.6%へ引き下げている。理由として、「弱い企業投資と在庫蓄積ペースの減速」を挙げている。
年後半、株は上げたが成長は弱含む年だった。
M&AではAT&Tによるタイム・ワーナーの8兆8600億円というメガディールが話題となった一方、誰かがいつか買うとされるツイッターは株主の期待に反してディールが成立していない。
<年初の予測>
セクターとしては電機や地銀の再編を注視したい。
<実際の結果>
4月に発表された台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業によるシャープの買収が8月に完了。今後の展開を注視していたジャパンディスプレイは有機ELパネルのJOLED(パナソニックとソニーの有機EL事業が出自)を子会社化することとなった。
地銀ではふくおかフィナンシャルグループ(FG)と十八銀行が来年4月に統合すると発表したが、公正取引委員会の審査により統合延期の可能性が出てきた。地銀再編をめぐって金融庁と公正取引委員会の動きに引き続き注目したい。
金融庁の森信親長官は地銀の事業評価力向上を進めており、一方で自民党税制調査会・非公式幹部会にまで異例の出席をした。銀行関連では改正銀行法下での出資制限緩和も予定される。他セクターでは自動車のサプライヤー再編に注目していきたい。
<年初の予測>
国内外のスマホ関連部品の需要が少し落ちてきている。
<実際の結果>
今年はまさにスマホ市場鈍化の年であった。
米国調査会社IDCによれば前年比成長率0.6%となった。サムスン「Galaxy Note7」の爆発も話題となり、リチウム電池のエネルギー密度の高まりと高速充電の危険性を再認識させた。
各国の空港で繰り返された「Galaxy Note7を持っている人の搭乗は不可」というアナウンスは大きくブランド価値を毀損(きそん)した。
<年初の予測>
難民受け入れを表明しているドイツでもしもテロが起これば、メルケル首相ももたないと言われている。テロは続くので、日本のビジネスパーソンは気を付けるべき。
(写真:iStock by dannymark)
<実際の結果>
テロへの警戒が強まる欧州では、ドイツのミュンヘンで7月にショッピングセンターでテロ、12月19日にはベルリンでクリスマス市場に大型トラックが突っ込むというテロがあった。難民に寛容な政策をとってきたメルケル政権には大きな痛手となるだろう。
また、非常に痛ましいことに、7月1日バングラデシュの首都ダッカの飲食店で日本人7人を含む20人が「イスラム国」を名乗る集団によるテロの犠牲となった。亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、今後も海外を飛び回るビジネスパーソンには重ねて注意を促したい。
<年初の予測>
日本の国防上、南シナ海や近海で不測の事態が起きても不思議ではない。
<実際の結果>
6月には東シナ海上空で中国軍機が航空自衛隊機に攻撃動作を仕掛けたという報道がされた。「攻撃動作」について両国の主張は食い違っているが、航空自衛隊機はミサイルを避けるためのフレア(おとり)を噴射し離脱したという重大事象であった。
7月にハーグの国際仲裁裁判所で中国による南シナ海領有の正当性が退けられた後、8月には中国の公船と漁船が尖閣諸島の領海に侵入した。
漁船の数は300隻近く、漁船に乗るのは海上民兵と呼ばれる準兵士であることも指摘された。そして12月25日のクリスマスには中国海軍の空母が沖縄本島と宮古島の間を通過し、初めて太平洋に出たことが確認された。
2017年の早い段階で中国は、トランプ大統領以降の安全保障上の日米関係を試すために、日本近海で新たな行動を起こしてくることが想定され、報道の大きさによっては日本の金融市場にも影響があるだろう。
<年初の予測>
トランプ氏の髪はカツラではない。
(写真:iStock by Bastiaan Slabbers)
<実際の結果>
どうやらカツラではなかったようだが、大統領になるとは予測しなかった。
個人的には筆者はヒラリー氏の当選を願っていた。そしてメルケル独首相、メイ英首相、イエレンFRB議長、ラガルドIMF専務理事らと並んで欲しかった。しかしながら壇上に残ったのはドレスを着たイヴァンカだった。
ガラスの天井を突き破れなかったヒラリー氏の敗北宣言スピーチの一節を紹介したい。
「そして今、この演説を聞いている小さな女の子たちへ、あなたたちには価値があり、力があります。あなたがこの世界で夢を追い求め、かなえる機会と可能性を持つことを、決して疑わないでください」(筆者意訳)
<年初の予測>
米国のテクノロジーセクターでユニコーン(10億ドル以上の時価総額がついている非上場のベンチャー企業)が何匹か死ぬ。
<実際の結果>
それほど死ななかったが、想定したセラノス社(1滴の血液で何十種類もの検査ができると発表していた)がラボを閉鎖し実質的に破綻した。
CEOのエリザベス・ホームズ氏はイヴァンカ氏の横に並べても恥ずかしくない金髪にアイスブルーの瞳を持つルックスが注目を集めた。本件はそのうち映画化されるかも知れない。
他にはファッションECサイトのユニコーンとされたGILTがデパートチェーンのハドソンズベイカンパニーに250億円程度で買収された。
日本産ユニコーンであるメルカリには頑張っていただきたく、日本の起業家がエヴァン・スピーゲル(スナップチャットCEO)のようにミランダ・カーと交際できれば我が国の起業家も増えるのではないだろうか。
<年初の予測>
AIやIoTのプレーヤー選別が起こる。
<実際の結果>
まだまだブームは継続中である。
ガートナー社の発表するハイプ・サイクルの高い位置に機械学習もIoTプラットフォームもあるが、日本では幻滅されておらず、各社でAI/IoT関連プロジェクトが走る。
この分野では日本語の音声認識、自然言語処理をどのプレーヤーが進めるかが焦点になるだろう。顔認証なども精度が向上しているため、法令対応というより倫理、風評が企業の課題となる。
またアマゾン・エコーのようにスマホよりも個人に近い屋内でのコンタクトポイントが獲得できるのであれば、音声認識は大きな意味を持つ。話題のVRは従来からの産業用に進展があり、エンタメ用は小児によるVR利用が斜視になるリスクがあることから、今後、注意喚起が行われるだろう。
アマゾンが英国ではじめてドローンを商用利用し、ポップコーンとファイヤースティックを運んだ。
ドローンは「中学生の恋愛(誰もが話をするが、誰も本当のことを知らない)」であったが、中高年が「それではこの辺でドローンします」と言うくらいには身近になった。
AIやIoTで何が起こるか? 未来を予見するにはSFなども役立つ。
筆者が委員を務める人工知能学会倫理委員会にはSF作家の長谷敏司氏がいるが、SFではたいていの未来については考え済みであるとのことから、さながらその発言は未来から来た男のようである。来年の「攻殻機動隊」の実写版も楽しみにしたい。
<年初の予測>
・資金力で米国の大学から超一流AI研究者を手に入れている百度(Baidu)などには既に日本企業が後塵(こうじん)を拝している。
<実際の結果>
米国人工知能学会の国際会議の論文発表数は米国1281件、中国413件、日本75件となっていることがわかった(2010~2015年、日経新聞より)。日本では霞が関の各省がしのぎを削るAI人材育成プロジェクトの今後を見ていきたい。
<年初の予測>
バイオテクノロジーの世界ではCRISPR/Cas9というゲノム編集技術により革新が起きる。
<実際の結果>
11月に中国の四川大学でゲノム編集を初めて人間の患者に応用したと英ネイチャーが報じた。ゲノム編集の倫理的問題が現実化しており、生物兵器禁止条約(BWC)に実効性ある査察制度が望まれる。
昨年の展望の結果は以上のようになったが、諸兄諸姉にとってはどんな年だっただろうか?
おそらく自撮りとSNSに疲れ、年末は恋ダンスの練習が大変だった年かもしれない。
インスタ売れした商品も多かった。インスタ中毒をThe Chainsmokersの名曲“#SELFIE”で反省しつつ、今年のヒット曲“Closer”で年末を締めたい。
それでは最後に、今年の大きなイベントを振り返ってみよう。
ブレグジットのインパクト
今年の歴史的なサプライズはブレグジットと米国大統領選挙である。
6月23日、英国の国民投票において英国民は52%の投票によりEUからの離脱を決定した(投票率は72%)。
離脱決定はオックスフォード大学やケンブリッジ大学出身の政治・経済エリートは全く予想していなかったとされ、筆者の同僚のオックスフォード出身者のフェイスブック上では友人の誰一人として離脱を支持せず、離脱決定後には「泣きたい、死にたい」といったコメントがあふれたという。
英国のEU離脱の報道で、為替相場では円が1ドル99円まで上昇し、日経平均は8%の下落と瞬間的には大きな反応を見せた。歴史を振り返れば、1975年にも英国は欧州共同体からの残留・離脱を巡って国民投票が行われており、その際には67%が残留を支持した。
今回のブレグジットで政治エリートは「合理的に考えれば残留」と考えたが、2007年の金融危機以降、医療保険や児童手当の政府支出の抑制によって打撃を受けた低所得者や、欧州からの移民に雇用を奪われたと考える労働者階級、特に高齢者が離脱を支持したとされる。
(写真:iStock by DavidCallan)
一方で移民が英国民から雇用や賃金を奪っているという学術的な分析はないが、「ウチらは移民のせいで、割を食っている」と考える人々がいるのだ。
ロンドンのボンドストリートにはロシア人や中国人の乗る超高級車が止まっているが、一方で英国には映画「トレインスポッティング」の登場人物のような人々も住んでいるのである。
英国の今後であるが、サンダーランドの自動車産業に従事する有権者にEU離脱の約束を果たすのも政府の役割だが、英国を世界トップクラスの金融マーケットとして、それを可能にする人材の求心力を維持していくことができるかが焦点である。
金融ビジネスには予見性の高い法制度、流動性のある大きな市場、法律事務所や会計事務所といったインフラが不可欠であり、ロンドンは英語が公用語でもあり世界中から人材を引きつけていた。
テクノロジーに目を向ければ、2016年3月に囲碁で人類を打ち破ったアルファ碁をつくったディープマインド社もロンドンにある。
筆者はブレグジットの数カ月前にロンドンのフィンテックのカンファレンスに参加していたが、そこでもヨーロッパ各地から先端金融とテクノロジーの人間が集まってきていた。
現実的には英国によるEUへの離脱通知から2年が経過すると自動的に離脱となる。離脱後の英国の立ち位置にはEU単一市場へのアクセスを維持するために、例えばノルウェーモデル(EUとの自由貿易協定の締結、関税はないが、EUでの投票権もない)かスイスモデル(EU加盟国それぞれと2国間協定を締結)が考えられる。
いずれにせよその移行は決して容易なものではなく、その過程に何か異変が起きる度に在英日系企業は対応を迫られ、金融市場は反応することだろう。
「トランプ大統領」のインパクト
トランプ大統領誕生を誰が完全に予測しただろうか?
明示的にその可能性を予測したのは映画監督のマイケル・ムーア氏とロサンゼルス・タイムズ紙くらいだろうか。
トランプ氏勝利後にはホワイト・トラッシュとも蔑称されるラストベルト(旧工業地帯)の白人低所得者層の反乱や、ヒラリー・クリントン氏の「何か隠している」や「うそをついている」感とエスタブリッシュ臭さを払拭できなかった点、ポリティカル・コレクトネス(差別的でない政治的正しさ)への疲れなど、多くの理由付けがなされた。
ヒラリー氏はメール問題に揺れ、多くの情報がリークされたが、その情報の真贋(しんがん)はわからず、ヒラリー陣営のジョン・ポデスタ選挙対策委員長の電子メールアカウントのハッキングはロシア政府の関与が疑われており、米国CIAも12月に「トランプ氏当選のためにロシアがハッキングを行った」との報告を行った。
トランプ氏の躍進に政治学者たちはポピュリズムの台頭を嘆き、トランプ氏を米国第7代大統領で白人貧困層の支持を受けたアンドリュー・ジャクソンになぞらえたりもした。
筆者は前回のオバマ氏の選挙演説を傍聴していたが、ロックコンサートのような会場には多様な人種が集まり、何かを変えてくれそうな「Change」という言葉や、多様性を重んじる寛容な米国人ならば、ついにアフリカ系米国人を大統領に選べるという高揚感があったように記憶している。
特に大学教授などインテリ層にはオバマ以外の選択肢がない印象であった。オバマ氏は核なき世界を唱え2009年にはノーベル平和賞も受賞し、歴代大統領で初めて広島も訪問した。
しかしながら、国内におけるオバマ政権に対する評価は高くなく、「何も変わらなかった、取り残された」という人々の失望が広がったのだろう。
トランプ大統領誕生に米国良識派は衝撃を受け、ウォール街はすぐに温かく迎えた。
トランプ氏の主な支持者であったとされる白人中間層や貧困層は映画「8マイル」に出てきたラッパーのエミネムをイメージすると理解しやすい。
米国全体で見ればシリコンバレーを擁するカリフォルニアやウォール街のあるニューヨークが特殊な「異国」であり、南部、中西部にはトレーラーハウスや廃虚に等しい街があったりするのである。
筆者も中西部ミズーリ州に住んでいる際に「ドラッグはあるけど食べ物がない」という家のあることをソーシャルワーカーから聞いたことがあった。
白人中低所得者層の困窮は、1990年代後半からそうした人々の平均寿命が短くなっていることにも表れている。
こうした不満のたまった貧しい白人労働者階級に対しトランプ氏は「Make America Great Again」という子どもでもわかるメッセージを届けた。たとえそれが幻想だとしても「Again」という言葉を使い「昔は良かっただろ、君たちは悪くない」と唱え、勝利した。
むろん、マイケル・ムーア氏の言うように投票所に入れば人は何をするかわからない。隠れトランプ支持者のエリート層もいたことだろう。
いずれにせよ、米国は初の女性大統領より不動産ビジネス出身者であり自己愛の強いリアリティショーのスターを選んだ。ヒラリー氏で大統領になれなかったらシン・ゴジラの石原さとみの大統領就任はかなり遠のいただろう。既にミシェル・オバマ氏を大統領に推す機運があるが現実的にはどうか。
トランプ氏を取り囲む親族の構図が米国プロレス団体のWWEを彷彿とさせたが、今では大統領一家である。そしてWWEのCEOのリンダ・マクマホン氏が中小企業庁長官に指名された。
ここまで来ると何がリアリティかわからないものだ。米国は「正しい独裁者」を探す旅を続けているが、今回は大きな賭けに出た。
筆者は大統領選挙の数週間前にボストンにいたが、そこではトランプの「ト」の字も聞かれず、MITの科学者やエンジニアは「テクノロジーで世界を良くしよう」といつものスピーチをしていた。
トランプ勝利後、ニューイングランド地方のPTAでは「口汚い悪者トランプが皆の模範である大統領になったことを、子どもたちにどう説明したらいいのか?」という集会が開かれたと聞く。ホワイトハウスにオバマ夫妻がいるという事実は米国のマイノリティにある種の安心感を与えていた。
マイノリティの文脈では副大統領のマイク・ペンス氏が反LGBTの政治家として有名である。たとえトランプ氏の経済政策が功を奏しても、大きく国民が分断された米国の傷は容易には癒えないだろう。
トランプ氏の勝利が確定した11月8日、株式市場は当初混乱したが、その後9日のダウは256ドル高となり、ドッド・フランク法に対する規制緩和への期待から金融株が買われた。その後、ポール・クルーグマンでさえトランプ後の経済環境についてポジティブな発言をするようになった。トランプ大統領誕生に「全米が泣いた」わけではなかったのだ。
チームトランプとして、ゴールドマン・サックス出身のスティーブン・ムニューチン氏が財務長官、国家経済会議委員長には同じくゴールドマンCOOのゲーリー・コーン氏が就任する。
商務長官には日本でも不良債権投資を行ってきたウィルバー・ロス氏。経済政策のアドバイザーにはブラックストーン・グループCEOのスティーブ・シュワルツマン氏、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏が就任する。
選挙前に経済界でのトランプ支持者はピーター・ティール氏くらいだったが、ウォール街とシリコンバレーの神々がチップの置き場所を変えるは極めて早かった。
そのピーター・ティール氏の手引きで12月15日にトランプ氏はアマゾンのジェフ・ベゾス氏、グーグルのラリー・ペイジ氏、フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOO、テスラのイーロン・マスク氏などと会談した。
トランプ氏があれほど使っていたツイッターのジャック・ドーシーCEOは会談に呼ばれなかったようだ。ラッパーのカニエ・ウェスト氏もトランプ氏と会談したが、今のところ政権入りはオファーされていない模様である。
ヒラリー氏のウォール街との近さを批判してきたトランプ氏と金融界の蜜月に、彼を支持した低所得者層は何を思うのか?
トランプはそもそも坊ちゃんであり、たとえマンハッタン(山の手)の橋向こうのクイーンズ(下町)で育ったにしても労働者階級を代表しているわけではなかったのだ。
今回の大統領選挙によって米国の分断が明らかになったが、多様性や寛容さを米国が喪失したら何が残るのか。トランプ氏はビジネス優先の政治運営となりそうだが、成長は分断の傷を癒やせるのかが焦点となるだろう。
2016年に起きた「左か右ではない、上か下かだ」といった低成長下における格差のきしみはブレグジットやトランプ氏の勝利によって現出した。
先進国が希求した(ように思われた)グローバル化、普遍的価値や多様性の受容はもはや行き詰まっているように見える。民衆の政治・経済エリート層への不信はぬぐいがたく、その間隙(かんげき)を容易にポピュリズムが埋めようとする。
米国は内向きとなり国益優先の「米国第一主義」政策を唱え、世界の「力と正統性」の均衡に変化が訪れている。現在の世界秩序で割り当てられた役割に、中国やロシアのような新興プレーヤーが納得していないことは南シナ海やクリミアを見れば自明である。
各国の経済は相互依存し、多国籍企業は国家に伍す力を持ち、2016年現在、個人は時間の多くをオンラインでバーチャルな空間で過ごすが、国民国家の姿はこのまま同じなのだろうか? 政府の役割は何なのか? そんなことを大みそかに考えても良いほどサプライズの多い2016年であった。
皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。明日は2017年の展望を紹介する予定です。
(本文は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織・団体の公式な見解ではないことをあらかじめご了承ください)
(撮影:福田俊介)
塩野誠(しおの まこと)
経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター・パートナー(共同出資者)。IGPIシンガポール CEO。
国内・海外にて企業・政府機関に対して戦略立案・実行のアドバイスを行ない、レポートのみのコンサルティングに留まらない実行までのサポートを提供。また、企業投資も精力的に行なっている。クライアントの本質的な目的達成の為にあらゆるテーマに取り組み、事業開発、企業提携やM&A、企業危機管理の実績を数多く有する。シティバンク、ゴールドマンサックス、起業、ベイン&カンパニー、ライブドア等を経て現職。政府系実証事業採択審査委員、人工知能学会倫理委員会委員等を務める。慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。