伝統国技への改革案。もしもアメリカに相撲があったら……

2016/12/25
子どものとき、大好きだったテレビ番組に、ザ・ドリフターズのものがある。
『8時だョ!全員集合』『ドリフ大爆笑』など、その日、その時間が来るのが楽しみでならなかったことを、いまでも鮮明に覚えている。
そのなかで、「もしものコーナー」という、心に残っているシリーズがあった。毎回、「もしも、こんなラーメン屋があったら」とか、「もしも、こんな温泉旅館があったら」とか、いろいろな場所を舞台にして、子どものころの私が想像できる限りの面白いことを、ドリフターズが演じてくれるのである。
私がアメリカに来てから感じている、“日本のスポーツの未熟さ”を考えるときに、前述のフレーズに関連して、いつも思うことがある。
「もしも、アメリカに相撲があったら」である。
2005年にはラスベガス市制100周年記念で公演が開催された

相撲の各職に求められるべき能力

以下、いろいろなことを無視したうえで、どういう人物がその職にふさわしいか。表現を変えれば、アメリカのスポーツ業界ではどのような人物が、そのような組織のトップに立っているかをまとめてみた。
(1)コミッショナー(相撲協会理事長)
・スポーツビジネスの学位(大学院卒)保有者
・利益を追求する一般企業での役員以上の職務経験、スポーツのチームやスポーツ関連企業であればなお良い
※力士を引退後にこのような経験があれば最適任者
(2)マーケティング担当役員
・一般企業やスポーツ関連企業でのマーケティング経験者
・スポーツビジネスや、マーケティングの学位(大学院卒)があれば、なお可
(3)人事、ファイナンスなどの管理部門担当役員
・この職種のプロで、スポーツ関連企業やチームでの職務経験がある人物
・ファイナンスやマネージメントの学位
(4)メディアリレーション担当役員
・この職種において、経験豊富な人物
・スポーツビジネスやメディアの学位があれば、なお可
(5)メディカル・ドクター
他のスポーツの団体に、これが存在するのかは、定かではない。しかし、日々の稽古や試合での脳震盪へのリスク、セカンドキャリアへの影響などを考えると、このポジションに、世界でもトップクラスの脳震盪の専門医を勤務・雇用形態は問わず、配置すべきである。
(6)デベロップメント(寄付担当)
いわゆる“タニマチ”をコントロールする部門が必要だろう。寄付に対して、ある程度の規制を設けて監視したり、タニマチたちとのリレーションを強くしたりして、寄付額を増やすことなどが主な業務になる。
・スポーツ業界でファンデベロップメント・リレーションの業務経験者
・税理士、会計士、弁護士など、税法を始めとする法律のエキスパートであれば、なお可
その他、デジタルメディアやファンリレーションなど、年間150億円とも言われるビジネスをさばくには、優秀な人材が必要である。
多くの読者の皆様や、相撲ファンから多くのお叱りや反感を受けることを覚悟で、私の勝手な意見を述べてみたい。
もし、アメリカに相撲があったら、上記のような学位・経験・ビジネスにおいての実績が必要なはずのポストには、現在、元力士が就いている。そして、その半数以上が高卒か中卒である。
それよりも問題なのが、彼らのうちのほとんどは、ビジネスの経験がないことである。思い切って、ビジネス経験の定義をアルバイトまで下げたとしても、その要件をクリアする人物は、ほとんどいないのではないか。

3つのおかしな出来事

相撲界を批判するつもりはないが、「この業界はおかしい……」と思い始めた3つの出来事を、皆様に手短にシェアしたい。
(1)稽古見学にて
アメリカンフットボールのコーチである私にとって、相撲の動きは、非常に勉強になる。
数年前の日本滞在中に相撲の稽古を見学しに行ったときのことである。
「稽古見学は自由」という部屋を探し出し、土俵から少し高い位置の畳のスペースで、1人で稽古を見学していた。当然だが、一見である私には誰も見向きもせず、ある意味放置された状態であった。
その後、上位の力士が稽古を始めたころに、いかにもカネ持ち、そしていかにもタニマチであろう初老の夫婦が稽古場に姿を見せた瞬間、どこからともなく、見たこともないような厚みのある座布団や、お茶が現れ、部屋の関係者が付きっ切りで彼らを接待し始めた。
別になんの不満も僻みもない。金を出している者が厚遇を受ける、当然である。
しかし、良くも悪くも“アメリカン・スポーツナイズ”されている私は思ったのである。「潜在的・将来的なタニマチやファンには、彼らは興味がないんだな」と。
伝統や現在の状況を維持するのに精いっぱいな様子が見てとれてしまった。
(2)アメリカ人のゲストを連れての稽古見学にて
私と同じフットボールのコーチである彼は、私に多くの質問を投げかけてきた。稽古中の邪魔にならないよう、いわゆるヒソヒソ話をしていたときのことである。
親方であろううちの一人が、若手に向かって、「おいっ! 喋るなって言えよっ‼︎」と怒鳴りつけたのである。
その若手は、申し訳なさそうにわれわれの前に来て、「すいません。稽古中は静かにお願いします」。
確かに、どこかに「稽古中は静かに」と書かれていたが、外国から来たゲストと、かなりトーンを落とした会話である。
それ以前に言いたい! 「おまえが、言えよっ!」と。
(3)懇意にさせていただいている、スポーツライター(SW)の話
SW 最近、若い女性ファンを含め、相撲の人気が出てきたことを取材させていただきたいんですが?
相撲協会担当者 その取材を受けることで、われわれにどのようなメリットがあるか、教えてください
SW ……
相撲協会担当者 チケットでの収入がどれだけ増えるとか、そういうことあるの? 忙しいし、そういうのは、お断りします。
メディア担当者として、メディアリレーションの大切さを、学んでこなかったんですか? あっ、学んでないですよね。元力士でしょうから……。
これは、知り合いのライターさんではなく、私の心のなかの言葉です。

相撲界の2つの問題点

アメリカのスポーツ現場にいる私にとって、このスポーツとその運営は、おかしなところだらけである。そして、それが愛する母国の「国技」であるというのだから、なおさら問題である。
特に私が問題だと思うのは2つ。
1つは、脳震盪の問題である。
前述の稽古を見た私の同僚が興味を示したのは、力士の大きさでもなく、ヒットの強さでもない。
「あれだけ頭であたっていて、コンカッションの対策は、どうしているのか?」である。
加えて、「あれだけ激しい練習をしているのに、アスレチック・トレーナーは、どこにいるのか?」という質問も飛び出した。
返す言葉もない。これが、我が国で、野球とサッカーに次ぐ規模を持つであろうスポーツかと思うと、恥ずかしいの一言に尽きる。
そして、もう1つはセカンドキャリアの問題である。
脳震盪の問題もそうであるが、長い人生のうち、力士でいられるのは、ほんの一瞬である。
中学や高校を卒業して、各部屋に入門するのが一般的なルートであるこの競技にこそ、セカンドキャリアの重要性・必要性は問われるべきである。
他のプロスポーツに比べ、若くして引退するイメージが強いため、学校への復学や、受験のサポート、奨学金、就職の斡旋など、相撲協会が組織的に援助できることも多そうだが、そのような活動をしているなどという話は、小耳にもはさんだことがない。
私だけであろうか、まず、相撲協会のトップの方々に“コンカッション”と“セカンドキャリア”という言葉を理解していただくことから始めないといけないような気がしてならないのは……。

相撲界はどうすれば発展できるか

さて、この日本のトップスポーツの1つである競技、どのようにして発展・進化を遂げるべきなのであろう。答えは簡単、外部の人間を採用・登用することである。
もちろん、伝統を守っていくことが命題でもある競技であるから、一筋縄ではいかないだろう。しかし、外部、つまり他のスポーツや、他のビジネスとの交流をしない限りは、前述のような問題が改善を見ることは、決してない。
不運なことに、他の競技がオリンピックなどを目指していく上で不可欠な“国際的競技力の向上”は、この競技にまったく必要ない。それは「伝統を守り、継承していく」ことには、この上なく好都合である。
しかし、数々の日本のスポーツが、(まだ発展途上であるとはいえ)国際試合や国際交流を通して、技術力の向上だけでなくソフト面、つまり競技を取り巻く環境でも成長を遂げていることに、いまこそ気づくべきである。
「伝統を守る」、素晴らしいではないか。しかし、2020年のオリンピックを契機に、相撲以外のスポーツは、一層グローバル化が進んでいくであろう。
相撲には、グローバル・スタンダードは不要であるとしても、他のスポーツの進化を見た観客やスポンサーは、変化していく。
タニマチがもたらすおカネの種類(稼ぎ方・業界)も変わってくるだろうし、高齢化社会は、ファンの年齢層とその比率も変化させるであろう。
海外との交流を持つスポーツはエンターテインメント性も高くなるし、ファンの楽しみ方も変わってくる。そんなときに、日本が誇る、伝統あるスポーツが、ポツンと取り残される姿は見るに忍びない。
いまからでも遅くはない、伝統を守り抜くために、外国から力士を入門させ、番付の上位を独占させるフレキシブルさを、違うベクトルに向けてみてはどうだろうか。
3つの出来事で、相撲には失望中であるので、こんな締め方をさせていただく。
悪しからず。
(写真:Donald Miralle/Getty Images)