「日本の大学のアップル」近畿大学は本当に進化しているのか

2016/12/30
2016年度大学入試で3年連続、志願者数日本一となった近畿大学。関西ローカルから「マグロ大学」として全国区の有名大学へ飛躍できた背景には、大胆な大学改革や巧みな広報戦略がある。NewsPicksの「だから近畿大学は『日本の大学のアップル』を目指す」の記事から1年。本当に近畿大学は進化しているのか? 2016年に近畿大学が実施した6つのポイントから検証する。
大学は先端技術や知識を学ぶ場でありながら、事務ではいまだアナログが幅を利かせている世界だ。近大では古いシステムを見直し、先進技術を積極的に次々と導入。在学生や卒業生の利便性を追求している。
最もわかりやすい事例が、2016年3月からスタートした卒業証明書をコンビニで発行するサービスだ。
近大で発行される卒業証明書は1年間で約8000通(2015年)。従来は大学の窓口、もしくは郵送で請求するしか選択肢はなく、請求する側にとっても発行する大学側にとっても負担が大きかった。
コンビニ発行手数料は1000円。学内発行の200円に比べるとかなり割高だが、11月までに予想を大幅に上回る約1300通を発行。
利用者は普段大学に来ることができない卒業生が多くなると想定していたが、11月までの発行では在学生の利用者の方が多い。今後は特に、就活生のニーズが高いと見ている。東京で就職活動中に、卒業証明書が必要になった。そんなときに、コンビニがあれば、どこでも発行することができるからだ。
このような身近で新しい技術の導入例はほかにもある。
・Visaプリペイド機能付き学生証の発行
留学する学生への送金ニーズに応えた学生証。入金した金額だけクレジットカードと同じように使えるので、親にとってはコントロールしやすいメリットも。
・Amazonと提携した教科書販売
新学期には、生協や大学付近の書店に長い行列ができていた。大学としてAmazonと提携することで、いつでもどこでも教科書が買えて、自宅に届く。
・大規模留学を行う国際学部向けにSalesforceのクラウドサービス導入
学内に職員が不在でも常時留学をサポートできる体制を確立できた。
マグロ大学と呼ばれるほど「近大=マグロ」のイメージが強いが、それに続くのが「近大ナマズ」だ。1月には“近大発のパチもんでんねん”のキャッチコピーを使った新聞広告を掲載し日経広告優秀作品賞を受賞。「パチもん」という言葉は「ほんまもん」を超えるという意味を込めている。
土用の丑の日にウナギ風味のナマズを近大水産研究所で限定発売したり、「おもろい・美味しい」がコンセプトのLCCピーチの機内食に採用されるなど、次々と産学連携を仕掛けて、新たな存在感をアピールしている。
近大には約1万人の教職員がいる。教員、大学病院の医師、広報や経理などのスタッフ部門など、業種は多岐にわたる。職員の管理は人事による手作業が多く残っていた。
近大では日本の大学として初めて、人工知能型業務システムの導入を決定。これは、ワークスアプリケーションズが提供する、人工知能を使った自動解析と自動学習によって新しい業務のあり方を提案する「HUE(ヒュー)」だ。2019年に運用スタートし、ビッグデータの解析・学習により基幹業務の標準化・効率化をめざす。
「将来的に、人事評価の高い人の行動を、AIで分析するといったこともできるようになるのではないかと期待しています」(広報室 江川丈晴氏)
「実学の近大」としての存在感を追求する近大。活発な産学連携は、近大の象徴でもある。
エースコックでは近大マグロとコラボしたカップ麺を開発。3年目となる2016年は、人気うどん店「つるとんたん」監修で、「スーパーカップ1.5倍 近大マグロ使用 魚だしカレーうどん」を展開。UHA味覚糖とは「ぷっちょマンゴー」をコラボ。全国のコンビニにこれらのコラボ商品が並ぶことで広告的にも大きなメリットに。
ほかにも、神戸市・スターバックスや東大阪の町工場と、コーヒーの豆かすを固形燃料にリサイクルするコラボをしたほか、吉本興業との包括連携協定を締結するなど、ソフト面でのユニークなコラボも。大阪発の「おもろい」研究、教育、情報発信や人材育成を展開していく。
インパクトのある広告戦略を得意とする近大。今年、最も話題を呼んだのが国際学部の広告。「ドSカリキュラム」シリーズでは、薄笑いを浮かべたり、どや顔をした不気味な表情の現役講師陣のドアップが。「授業で発言しない学生は欠席です。本当に。」などの“ドSコピー”がべっとりと赤い文字で書かれ、「まるで昭和のヤクザ映画」「怖すぎる!」と大ウケ。
また、国際学部の学生たちの留学生活をユニークな写真で表現した「#すべてが勉強中」シリーズのポスターが好評だった。留学生活の写真では、芝生と青空、外国人学生たちと笑顔というのがお決まりだが、そんな写真は「ウチらしくない」というのが近大だ。
このシリーズでは、大食漢のホストファミリーに囲まれて苦笑いする学生など、絶妙な表情とユニークなシチュエーションを設定。頭に#を付けたキャッチコピーは、SNS世代の受験生を狙ったものだ。
目に留まるユニークなポスターを、SNSを通じて一気に拡散させる。限られた予算の中、ギリギリのラインで勝負をかけて大きな話題を呼ぶ。それこそが近大の広告戦略だ。
賛否両論あるのは事実。しかし、「話題になってなんぼでしょう?」と広報部長の世耕石弘氏は意に介さない。近大にとって、アピールすべきターゲットは18歳。彼らの心にどう刺さるのかを常に考えている。
「The Times Higher Education World University Rankings 2016-2017」より抜粋
グローバル時代に、世界指標によるブランディングは優秀な留学生確保に欠かせない。
大学のガラパゴス化が指摘される日本では、東大などトップ大学が世界ランキングで苦戦しているが、近大は「Times Higher Education世界大学ランキング」において西日本私大唯一の800位以内ランクイン。その他のランキングでも、私大のなかでは非常に高いランクに位置している。
大学ランキングで上位に選出されるには、論文被引用数や産業界からの収入などのロジックがある。黙っていて評価される世界ではないのだ。近大のように戦略的にランキング上位を狙ったアプローチを続けることが、将来の優秀な学生の確保やブランディングにつながる。
3年連続志願者数1位、マグロ大学など、ここ数年で近大は大きく飛躍しました。一方で、インパクトのある広報戦略というのは、そうそう続くものではない。「近大マグロ」なんて、我々にとってみれば“奇跡の一発”なわけですよ。
大ヒットを飛ばし続けた今は、ひとつひとつは目を見張るほどのものではなくても、次々と新しいコマを打ち出し続けているというスタンスが重要になってきている。トータルでみたときに、「やっぱり近大は何か新しいことをやってる大学や」というイメージにつながるんですね。2016年はそんなコマを出し続けた1年だったと思います。
私たちは「広報ファースト」、要するにどうやったら広報的に話題になるかという観点かいろんな施策を打ち出し、古い大学の枠組みからの脱却に挑戦し続けている。単に語呂がいいだけの「関関同立」などといった概念に縛られ、研究だけやっていればいいという時代は終わったんです。広報コミュニケーション戦略のあり方で、大学のブランド力は大きく左右されることを近大が実証しています。
対外的なイメージアップは、学内の新しい動きのエンジンにもなっています。広報戦略の勢いを目の当たりにして、「マグロだけじゃないぞ。うちもこんなことをやっているんや」と相談にやってくる研究部門もかなり増えています。そうやって、中の意識がどんどん変わっていくことで、さらに新しい大学改革が進んでいくんです。
知名度がアップし大学に対するイメージも向上。世間に認められるようになった一方で、ここからが我々にとっては正念場。日本一の志願者数を誇る大学として、2017年以降も大学の旧態依然とした枠組みを崩すことに挑戦していきたいですね。常識を破って、新しいことをやり続けることで、大学の真の実力が評価される時代を近大がつくっていきたいですね。(近畿大学広報部長・世耕石弘氏)
(取材、文:工藤千秋)