【最終回】トランプに負けずに多様性を守る、日英バイリンガル校

2016/12/25
権限が集中する公立校の校長
NYには、“公立”でも様々な特色をもった小学校があります。音楽に特化して少人数先鋭だけが入学できる学校もあれば、数学や化学などの専門教科に力を入れる人気のマンモス校など……。
そして今、ダイバーシティを重視し、バイリンガルプログラムを導入する学校が増えてきています。
何をその学校のセールスポイントにするかは、校長の手腕にかかっていると言っても過言ではありません。公立校の校長であっても、教育方針の策定から児童・教員の指導はもちろん、教員の給与や教材費、設備費などすべての予算配分の権限をもっているからです。
「教育のビジネス」と言われるほど、校長は経営者さながら「ヒト、モノ、カネ」を動かし、学校を運営し、成果を上げることを問われます。
成果の指標となるのは、ニューヨーク州共通学力テストの結果や学校の人気ランキング、児童数です。これらの指標はニューヨーク市教育局のホームページや一般サイトで詳細に公開され、入学希望者数に顕著に表れています。
前回の記事でご紹介した、NYで唯一、日本語と英語の2カ国語同時教育(デュアルランゲージプログラム、以下DLP)を導入した公立小学校、P.S.147 Isaac Remsen小学校の運営状況はというと、近年は児童数が激減していました。
近隣に小学校が2つ新設され、全盛期の676名から半分以下に減少していましたが、6年前に新しい校長が着任してからは、児童数が伸びています。さらに、ヒスパニック系やアフリカ系米国人が多く、数年間0名だった日本などのアジア人児童が、日英DLPの導入により、現在は16名が在学するようになりました。
今回は、日英DLPの導入など学校改革を行い、着実に児童の学力と数を伸ばしている敏腕校長のサンドラ・ノヨラ氏にインタビューしました。また、Integrated Learning(総合的な学習活動)で日本語を楽しく教えている、日本人教師の授業もリポートします。
P.S.147 Isaac Remsen小学校のサンドラ・ノヨラ校長(左)と日本語を教える工藤先生
バイリンガリズムへの情熱
P.S.147 Isaac Remsen小学校は、マンハッタンから電車で5駅、ブルックリン・ブッシュウィックにあります。ラーメン屋の一蘭がNY初出店するなど、これから開発が期待されているエリアです。
この小学校に6年前着任したヒスパニック系米国人のノヨラ校長は、高校卒業後、教員アシスタントからスタートし、校長にまで登りつめた努力と情熱に溢れた魅力的な女性です。
着任後は、コロンビア大学やコミュニティグループなど学校外の第三者機関との協業を積極的に行い、寄付金を集め予算不足を補いながら、教育の質の向上に努めてきた敏腕校長でもあります。
その彼女に、日英DLPを導入した理由について聞きました。
「私の両親はプエルトリコ出身でスペイン語が母国語ですから、私自身が英語を新しい言葉として勉強する生徒でした。両親は、自分たちの文化や言葉に誇りをもっていて、私にもそれを忘れて欲しくないと思っていたので、バイリンガリズム(二言語の併用)という考えが幼いころから家庭や学校生活に根付いていました。
それは、私が教師になった時のパッションにもなっていましたし、私が教えるクラスでは、バイリンガリズムを強く推進してきました。それでこの学校で校長になった時に、DLPの導入を望んだのです」
また、バイリンガリズムの利点については、「グローバル化している世界で、グローバルな視点を獲得するために、自国のものを含め、さまざまな言語と多様な文化を尊重する気持ちを養えること。そして、認知、知性、鮮明な記憶の改善など、実際の脳そのものに対するプラスの効果を期待できること」と考えているそうです。
1万ドルを投資し、New York Sun WorksというNPO団体と協業でつくった水耕栽培ラボ。児童たちがトマトやハーブなどを栽培している
トランプ大統領就任の影響は
ニューヨーク市教育局は、ここ数年、公立校のバイリンガルプログラム導入に注力していますが、ヒスパニックやアフリカ系米国人に対する差別的な発言の多いトランプ氏が大統領になってから、何か変化はあるのでしょうか? そんな疑問をノヨラ校長にぶつけてみました。
「私も、これから先の公立校のシステムがどうなるか懸念しています。私はここ、ブルックリンで育ち、公立校教育で大学レベルの勉強をすることができました。NYの公立校システムは私に門戸を開き、教育を与えてくれたのです。教師になったのは、その恩返しのためでした。
P.S.147のリーダーとなった今、新しい大統領が与える、移民の児童たちへの影響を心配しています。校長としての最優先事項は、この政治的な影響や空気からシールドをはり、断固として子どもたちを守っていくことです。
私たちの学校では、言葉や肌の色など容姿の違いよりも、お互いの同じところを分かち合っていきたいと思います。
今、私たち教育者にとって、文化の違いやバイリンガリズムについて尊重し合い、差別を完全に撤廃するための挑戦の時なのでしょう。私たちは、そのために児童やその家族たちと一緒に、ありとあらゆることをするつもりです。
私は、このバイリンガリズムへの情熱を理解し、私たちにリソースを与えDLPを継続できるようにサポートしてくれる組織がいると希望をもっています。誰が大統領になったとしても、DLPを長期的に続けていきたいと思います」と、ノヨラ校長はバイリンガリズムに対する強い信念を、NYらしいダイバーシティな視点で語ってくれました。
校長の情熱に共感し、今年9月からこの学校で日英DLPクラスを担当している日本人教師の工藤賀代先生は、国の指定教科書が存在しないアメリカで、手探りながらも、五感を使って学ぶユニークな授業をしていました。
五感を使った日本語授業
日英DLPを行うのは、幼稚園20名、小学校1年生12名の各1クラス。日本語を話す親を持つ児童は半数程度です。国語、理科、社会の3科目を日本語で行っています。
見学したのは、小学校1年生の「Learning Center」という授業。これまでの授業や活動を、各がグループ・個人で取り組み、自分たちで学習を深めるという時間だそうです。
私が教室に入ると、「こんにちは」と日本語で元気な挨拶をしてくれました。
椅子に座って授業を聞くというスタイルではなく、各個人のレベルに合わせ、小さなグループに分かれて課題に取り組んでいます。45分間の授業の中で、日本語初級の子どもたちは、平仮名と「本」「何」など簡単な漢字、そして絵が書かれたノートを何度も音読し、わからない言葉は先生にその場で聞いていきます。日本語を話す親を持つ子どもたちは、もう少し難しい漢字が書かれた長文を音読しています。
「これは何ですか?」「これは本です」などと書かれた日本語と、本の絵が描かれたノートを声に出して復唱している子どもたち。自分たちで絵に色を塗って楽しんでいる
Integrated Learningの手法を取り入れ、ゲーム要素や絵を描く、歌を歌うなどの活動を大切にして児童たちの興味を喚起し、効果的に習得を促す工夫をしています。
「この学校の教員試験の際に、日本語の模擬授業を行ったんですが、『日本語なんてできないよー』とすねちゃう子どもがいたんです。アメリカ人の親としては、子どもが違う言葉を学び、他文化に触れて欲しいという思いがありますが、子どもにとっては特に日本語を学ぶ理由はないですよね。この先の将来、日本語を使うかもわからない。
だから、詰め込みで日本語を教えるのではなく、皆が楽しく学び合え、日本や日本語を好きになって欲しいと考えながら、カリキュラムを組んで授業をしています」と工藤先生はいいます。
平仮名を覚えるゲームをする子どもたち。平仮名カードが貼られたボードの前で文字を読み上げ、先にその文字を叩いた方が勝ちという「平仮名ぱちぱちゲーム」。真剣に対戦し、負けて泣く子も
平仮名よりも漢字が得意
日本の小学校1年生で学習する漢字は、文部科学省の推奨では80字。しかし、工藤先生は101字を目標にしています。この日も、日本では小学校2年生で習う「雲」という漢字を子どもたちは勉強していました。
「日本語の授業を始めてみると、子どもたちが平仮名よりも漢字のほうがすぐに覚えることから、積極的に取り入れようと思いました。漢字にはルーツがあるので、最初は象形文字を見せて『これは何に見える?』とかクイズみたいにしています。次に、写真なども使いながら漢字を一文字一文字教えています。「雨」と「雲」のように似ている漢字は同時に教えています」と工藤先生は言います。
漢字の習得には、「漢字カルタ」(太郎次郎社)を活用し、理科や社会の日本語授業とも関連させながら、語彙を増やしているそうです。
理科の授業で、本物の種を使って「たね」という文字を作る課題
オリジナル動画で補習
工藤先生は、日英DLPではないクラスと学力や進度の差がでないよう授業内容を確認し、先生たちと協業しながらカリキュラムを組む工夫もしています。
アメリカ人の両親から、「家で子どもが日本語を話しても、何を言っているかわからないから、復習などができない」という声もあり、子どもたちが家でも勉強できるようにホームページを立ち上げました。
日本語の本を自身で音読した動画や、漢字の書き取り方法など授業の内容を随時アップしています。1年生の授業で教えている漢数字の歌の動画(下記)では、数字と漢字を楽しく覚えられます。


授業外でもこんなに熱心に日本語を教える工藤先生のモチベーションはどこからきているのでしょうか。
「日本語を大好きになって欲しい。それは日本という国や文化を好きになることにつながると思うんです。小学校だけ日本語を勉強してもすぐに忘れてしまうので、卒業後も少しでも日本語に興味をもって長く続けて欲しいです。その土台作りをしてあげたいと思います」
NYで1校しかない日本語の授業を行う公立小学校。「異文化をコミュニティに伝えたい」という思いで日英DLPを発案した母親たちの情熱は、校長先生や工藤先生にしっかりと伝わり、アメリカ人の子どもたちが日本という小さな国の文化を真剣に学んでいました。
トランプ氏が次期大統領に決まり、移民の州、NYでさえも人種差別的な悲しい事件が発生しています。
ノヨラ校長の信念であるバイリンガリズムを尊重し、違いを認めあう教育が、今あらためてアメリカでは重要だと強く感じました。特に、公立小学校や公共図書館など、貧富の差に関係なく誰でも利用できる施設で異文化に触れ、ダイバーシティを体感できる機会がアメリカ全土で広がることを心より祈っています。
約1年のNY生活、そして10回にわたるNYコンフィデンシャルは、これで終了となります。拙い文章にもかかわらず、ご拝読いただき誠にありがとうございました。