社員のメンタルケアに必要なのは、コンサル型産業医

2016/12/27
うつ病などの気分障害を患う人は110万人以上(2014年)となり、約20年で3倍近くに増加。その中心が企業で働く現役世代だ。従業員の健康を掲げるウェルネス経営が注目される中、企業にとっても産業医の重要性が増している。従業員や組織のあり方を見直すことで心の健康を守る、新しい「コンサル型産業医」の役割について、産業医の三宅琢医師と、産業医を企業に仲介することで社会を支えるAvenir代表・刀禰(とね)真之介氏に語っていただいた。

社会の変化と職場環境のギャップが招く精神疾患

──近年、うつ病などの精神疾患が著しく増加しており、多くの企業で問題となっています。その現状や背景について教えてください。
三宅 ひとつは、ICTの普及でスピード化が進み、圧倒的に業務量が増えているという現状があります。もはや、時間では業務量の多さが測れなくなっているのに、労務管理はいまだに時間で管理している。現実と管理の手法に大きなズレが生じています。
刀禰 残業が少ないから、業務量が少ないとは限らない。
三宅 そうです。たとえば、20年前なら急ぎの仕事でも速達で2日くらいかけていた。でも、今はメールを開いて数秒で対応しなくてはなりません。その処理スピードの差は、ものすごい。
さらにいうと、スマホを見ながら通勤してくる間に相当量の情報にさらされて、出社した時点で脳は20年前の1日分の情報量を処理している。会社にきたときにはもう疲れ切っています。
刀禰 脳そのものは20年前から進化したわけではないので、当然、処理落ちしますよね。
三宅 もうひとつは、サービス業を中心に産業構造が変わったことで、自分の仕事の結果が見えにくくなっている点。ものづくりなど仕事の結果がわかりやすかった高度成長期に比べて、働く意義を見失いがちで、モチベーションを持ちにくくなっています。
そういう社会環境の中、世代間ではゆとり世代とバブル世代のコミュニケーションエラーも生じています。学生時代、個性を大事にしろと教育されてきたゆとり世代が、社会に出て急にバブル世代の根性論でやっていけるわけがない。
彼らは、まるで日本語が話せる外国人労働者のような存在になってしまっている。バブル世代も、プレイングマネジャーとして現場と責任を背負わされてキャパオーバーしています。
刀禰 膨大な業務、猛烈な処理スピード、組織内のコミュニケーションエラー。適応障害になっても当然ですね。若手のうつ・適応障害、自殺が注目されていますが、実は40代より上の世代の自殺も無視できないレベルですからね。
三宅 つまり、業務時間が長いから適応障害をおこしているのではなく、社会の働く環境に対して適応障害になっている。社員のほとんどが精神的な過重労働。だから、上司に少し強く怒られるだけで、心が折れてしまう。
会社に来られなかったり、涙が止まらない、眠れない……というのは、うつの始まりです。
うつ病患者が毎年増えて自殺してしまうというのは、普通の状態ではないし、それは日本人のメンタルが弱くなったからでもない。社会の変化に職場環境が対応しきれていないのが一番の原因なのです。

社員のうつを水際で防げるのが産業医

──そういう中で、社員の心身に及ぶ健康を守る産業医の存在がクローズアップされています。
三宅 もともと産業医は、製造業などの工場医として始まったもので、今の時代に求められるニーズとは大きな違いがあります。
社員のうつ病の主な原因が職場への適応障害であるなら、職場環境にメスを入れて水際で防げるのは、病気を診る精神科医以上に環境を調整できる僕ら産業医であるとも言えます。
刀禰 眠れなくなってから精神科のドアをたたいても薬をくれるだけ。業務量や職場の人間関係の改善までは対応できませんからね。
三宅 その点、僕ら産業医は医学的根拠にもとづいて、職場環境と社員のミスマッチを調整できる唯一の存在。僕らが介在することで企業はどんどん元気になれる。逆に名目上の義務で産業医を置いているだけでは、うつ病が減るわけがないのです。
刀禰 社員のメンタルケアを含めた職場環境の改善を行う。そういう新しい産業医像が生まれているということですね。
三宅 具体例をあげると、不調が起こり始めた段階で、病院に行くべきか、出勤しながら対応するかを見極める、というのがあります。病院に行って薬に頼るだけでは、根本的な解決にならなかったりします。
一方で、職場環境や対人関係を改善することで、症状がよくなることも非常に多い。配置転換や上司の話し方を指導するだけで、ぐっすり眠れるようになったりします。
そういうセンシティブなジャッジも、産業医だからこそ医学的根拠と幅広い経験に基づいて判断できます。
刀禰 出勤しないというのが単なるわがままな場合もあるし、本当にそのまま病気になってしまう人もいる。そこを個人の状態に合わせて切り分けて、総合的にその人にとってベストな解決法を提案してくれる存在ですね。
三宅 そうですね。それから、産業医のもうひとつの役割は、組織のベースを強化すること。上司には部下とのコミュニケーションの取り方についての研修を行い、部下にはストレスの逃し方を教えることで、組織全体の底力をあげていきます。
また、しっかりした就業規則をつくることも大切な指導です。たとえば、復職の基準となる短時間勤務制度などの復職プログラムを整備することなども重要。
そうやって社員を守ることが、再休職者や離職者を減らすことにつながり、結果として経営者を守ることにもなります。
──三宅先生のような考え方で組織や人に働きかけ、メンタルケアを含めた職場環境の改善を行う産業医は実際どのくらいいらっしゃるのでしょうか。
三宅 まだまだ少数派であるのが現状です。ケガをしたら薬を塗る、病院に行くことを勧める、工場や職場の安全管理の指導、助言をすることが業務であった産業医に、法的な指導やシステム作りも含めたコンサル的な産業医の役割を果たせと言っても正直無理があると思います。
産業構造の急激な変化とICTの導入に伴う求められる業務内容の急激な変化に対して、産業医自身が適応障害になってしまいます(笑)。
刀禰 三宅先生が言うコンサル的な産業医は確実に増えてきているし、企業からのニーズも高いと実感しています。
企業としては、産業医がメンターやコーチングなどを含めたコンサル的な役割を果たしてくれるなら、それがベスト。限られた予算の中で最大のコストパフォーマンスを期待できるわけですから、のどから手が出るほどほしいと思っていますよ。
三宅 これからは、法的なアドバイスを含めたメンタルケアと、社員の健康を考えた経営の推進等も含むトータルな健康管理に産業医が関わる方向に法律も変わっていくはずです。個人のキャリアマネジメントや企業価値の向上にも産業医が果たす役割が大きくなると思います。

志の高い産業医の質を管理し、企業と結ぶ

──新しいスタイルの産業医を企業に仲介するのがAvenirですが、そのビジョンや具体的な事業について教えてください。
刀禰 三宅先生のような産業医を必要としている企業は多くあるし、そのニーズは今後、爆発的に広がっていくでしょう。そういう企業ニーズと新しい価値観の産業医を結ぶのが、Avenirの役目です。
精神疾患は5大疾病に含まれるほど深刻です。Avenirは三宅イズムを体現する産業医が増えれば、もっと世の中は働きやすくなると考えています。
そのための取り組みとして、三宅イズムな産業医を増やすこと、産業保健実務のクオリティコントロール、産業医等が情報共有する場として「産業医ラウンジ」を設けています。
──今後のAvenirの展開と、そのために必要な人材について教えてください。
刀禰 2016年は、よいスタートが切れました。具体的には、三宅イズムの産業医を増やし、この価値観を支持していただいた多くの大手、中小、ベンチャー企業に産業医をご案内し、皆様に喜んでいただいています。
2017年は、この流れをさらに拡大していくことに加えて、50人未満の事業所と産業医をつなぐことも仕掛けていきたいと考えています。
従業員が50人以上の事業所には産業医が義務付けられていますが、それ未満の事業所にはルールがありません。
しかし、全国約6000万人の労働人口のうち、50人以上規模の事業所で働く人は約2500万人。残りの3500万人はカバーされてないという現状があるのです。
そういった、産業医のいない中小企業やベンチャー、または大手でも規模の小さな事業所向けに、クラウドで産業医と面談ができるようにすれば、低コストでニーズに応えられると考えています。よい産業医との出会いを増やして、現役世代の心身に及ぶ健康を応援したい。
ですから、企業開拓に注力するためにも、Webマーケティングのスペシャリストにジョインしていただけるとうれしいですね。社会を力強く支える役目を持った事業を、一緒に大きくしていきたいです。
三宅 Avenirの強みは、社会が求める新たな産業医という理念の上に事業が成立しているところ。ビジョンを持った産業医とビジネスが融合するブルーオーシャンです。5年後、10年後の大きな成長が期待できると思っています。
刀禰 ありがとうございます。我々のビジョンは「幸せをリデザインする」です。テクノロジーも使いながら医師の価値を最大化し、生産性を上げることで世の中全体をよくしていきたい。
医師がハッピーな環境で仕事をすることが、世の中全体の幸せにも通じていくと信じています。
(編集:田村朋美、文:工藤千秋、写真:岡村大輔)