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論点逸らして、当たり障りないこと言って逃げて、お茶濁してる人…いや、漢字の話をしてるんだよ

誰も傷つけない癒しコメントをして、コメント力高めていい気になってるかもしれないけど、そういうコメント、はっきり言って邪魔なんだよね…
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視力が悪いからメガネをかける。コンタクトをする。このことによって、社会で生きていく上での不利益が限りなくゼロに近づく。こうなると、視力の悪い人のことを誰も「障害者」とは呼びませんよね。

テクノロジーの進化や人々の意識の変化によって、やがては「障害者」が一人も存在しない社会を実現したいですね。
介護業界の外から中にやってきた自分にとって、この「社会が決めつける」ことの怖さというのはよく実感することがありまして、自己紹介で介護の会社をやっていますと伝えると、「これからもっと重要になりますけど、大変なお仕事ですよね。。きつくて、給与も高くないですし。。」みたいな変な慰めの言葉をいただくことがよくあります。

”いや、別に現場のスタッフは嫌々介護やっているスタッフなんてほとんどいないし、そんな人たちばかりだったらこの業界成り立ちませんから。。”とは、こっちも内心思っているのですが、それを言うと大人げないよなと、いつも笑って聞き流してしまいます。でも、業界で働く方々のことを考えると、自分も聞き流してしまうのは良くないですね。反省します。

いずれにせよ、社会から弱者のレッテルを張られる立場というのは、居心地が悪いものです。これを何とかしたいのが、今の介護の仕事を続ける上での自分のモチベーションのひとつかもしれません。
この手の言葉狩りってキリがなくてあまり好きではありません。その意味では、「障がい者」も好きではないし、男女平等ということで「きょうだい」とひらがなで書く風潮もあまり好きになれず
表現なので時代によって変わっていっても良いとは思ってますが、、
水泳の一ノ瀬メイさんが深イイ話でこんなことを言っていた。すごく納得できた。
ー-
「障害の害が、ひらがななのが嫌い。害やからよくないやろってことでひらがなにする」
「私からしたら腕がないとかが障害なんじゃなくて、それを持って生きていく社会が害」
「障害は、本人じゃなくて社会やから、ひらがなに直して勝手に消さんといてほしい」
右巻きマイマイに「右翼」といっても怒らない。「右翼だけどそれが何か?」みたいな。ヤクザに「ヤクザ」というと怒る。「なんやと?極道って言わんかい!」みたいな。そして左巻きマイマイに「左翼」というとだいたい怒る。「なんやと?リベラルって言わんかい!」みたいな。きっと恥ずべき言動や思想を表す言葉だと自ら知っているからなんでしょう。
思いやりを持つということがだ大切なのだろうと思います。漢字より何より人と接する時に相手のことを思いやることができるかどうか。それだけで一人一人の行動も変わってくるのだと思います。
うーむ NHKの考えもわかるがその意図はわかりずらい。言葉狩りも嫌だけど、身内に障害を持つ私としては、やっぱり障害者って字は何となく嫌だなあ。
なぜだろう?と思っていましたが、その理由を初めて知りました。

こういう記事を拝読すると、改めて「言葉」はあくまでもパッケージであって、「実行」が本質的に大切なことだなぁ…と感じさせられます。
この「障害者」の表記に限らず、「弱者/マイノリティーに対する配慮」という理由で、事実上使用が認められなくなった俗に言う“差別用語”が不憫に感じています。

良くないのは、そうした言葉に差別意識を込めて使う人の心根であって、言葉自体を存在すべきではないと断ずる措置には、言葉文化への敬意が欠けていると常々思っています。

その意味で、このNHKの見解は、私としては評価できるものです。
これは何もNHKが生み出した考え方ではなく、イギリスで提起されている理論で、障害の「医学(個人)モデル」(個人の機能や能力が治癒・支援される対象と考える)に対して障害の「社会モデル」(社会の側に障害があると考える)と呼ばれる考え方です。

物理的なバリアフリーもそうですが、人々の意識にも「障害」があります。今日電車に乗ろうとしたら人が溢れるホームに白い杖の女性がいらっしゃり、人にぶつかっていましたが皆避けるだけでした。ダイヤ乱れもあり、とてもお一人では乗れそうに見えなかったので声をかけて女性が降りる駅まで一緒にいました。「もう大丈夫」とおっしゃるのでホームで別れたのですが、その後も見ていると簡単に反対側のホームの端まで行ってしまいそうでハラハラしました。また人にぶつかるのですが、皆避けるだけ。階段の手すりにたどり着くまで見届けましたが、その間少なくとも10人は彼女が困っているのを見ているのに、誰も声をかけていませんでした。

かくいう私も、立命館大学の大学院に通ったときに、当たり前に目が見えない人や車イスの人がいる環境がありまして、それ以前はその人が困っているかどうかやどんな声のかけ方をしたらいいか、わからなかったかもしれないです(今も本当に必要な協力ができているのかわかりません)。これは、日本人が冷たいとか不寛容だということではなくて、均質な環境で育ってきているために想像力が沸かないだけなんじゃないかと思っています。だから、ダイバーシティ。子どもの頃から色々な人が周りにいる環境が大事なのではないかと思います。
日本放送協会(にっぽんほうそうきょうかい、英称:Japan Broadcasting Corporation)は、日本の公共放送を担う事業者。よく誤解されるが国営放送ではない。日本の放送法(昭和25年法律第132号)に基づいて設立された放送事業を行う特殊法人。総務省(旧・郵政省)が所管する外郭団体である。 ウィキペディア