パラダイムシフトが起こすチャンスとクライシス(後編)

2017/1/8
新たなテクノロジーが商品やサービスのみならず、ビジネスプロセスそのものを変貌させている。とくに東京五輪が開催される2020年までの3年間は、日本に急激な変化が起きることが予想される。その鍵となるのが、クラウド・コンピューティングだ。

クラウド・コンピューティングによって、いかなるパラダイムシフトが起きようとしているのか。後編では自動車や金融などのビジネスがどう変わっていくかについて、ITビジネスのプロフェッショナルの三澤智光氏とジャーナリストの大西康之氏が語り合う。

【新春対談】パラダイムシフトが起こすチャンスとクライシス(前編)

グーグル、アマゾン、マイクロソフト、IBMの「4メガ」

大西 これからは伝統的な大企業もクラウド・サービスを使いこなさないと生き残れない、ということがよくわかりました。では伝統的な大企業はどうやってクラウド・サービスを使えばいいのでしょうか。
三澤 業界で「4メガ」と呼ばれている4社が提供しているクラウド・サービスのいずれかを使うことになると思います。
大西 4メガとは。
三澤 グーグル、アマゾン・ドットコム、マイクロソフト、そしてIBMの4社が「4メガ」と呼ばれていますね。
大西 サービス提供者はもっとありそうな気がします。富士通やNECといった日本のIT大手もクラウド・サービスを提供していますよね。
三澤 国内でデータセンターを運用している企業はたくさんあります。しかしSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)、PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)、IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)をグローバルに提供できる会社は4メガだけ、と言ってもいいでしょう。
三澤 智光(みさわ・としみつ)
日本IBM 取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長
1964年生まれ。1987年横浜国立大学卒業後、富士通株式会社入社。1995年日本オラクル株式会社入社、2000年執行役員 パートナー営業本部長兼ソリューション統括部長、2011年専務執行役員 テクノロジー製品事業統括本部長、2014年副社長執行役員 データベース事業統括、2015年執行役 副社長 クラウド・テクノロジー事業統括。2016年7月より現職。

日本のIT企業は「4メガ」を追撃できるのか

大西 確かにインターネットを介して利用するアプリケーション・ソフトのSaaS ならグーグルの「Gスイート」(2016年9月「グーグルアップス」から改称)、ネット経由の基本ソフトであるPaaSならマクロソフトの「ウィンドウズ・アズール」、ネットインフラを提供するIaaSではアマゾンの「アマゾンEC2」やIBMの「ソフトレイヤー」が代表的なサービスと言えます。
しかし、日本のIT企業がこうしたサービスで、今後、4メガを追撃する可能性もあるのではないでしょうか。
三澤 かなり難しいと思います。
例えばIBMは世界に48カ所のクラウド・データセンターを展開しており、SaaSからIaaSまで幅広いクラウド・サービスが提供できる環境を持っています。米フォーチュン500の85%がIBMのクラウド・サービスを利用しているという調査結果もあります。
一方、ディスラプティブなサービスを生み出すシリコンバレーのベンチャーの多くはアマゾンのEC2を使っていますが、これも巨大なインフラです。
日本企業が、これからこのレベルの体制を整えるには膨大な時間と金がかかりますから、現実的ではないと思います。

ブロックチェーンの発達で「信用の中心」が移動する

大西 そうすると日本の大企業の考え方としては「4メガを使っていかに早くオンプレミス(自前で構築したシステム)からクラウドに移行するか」ということになってきますね。
三澤 その通りです。例えば今の自動車はセンサーの塊で、これがネットにつながれば山のようなデータが毎日、上がってきます。それを各国のデータセンターで受け止めて、解析して、意味を見いださなくてはならない。自動運転になればデータ量はさらに増えます。
自動車だけではありません。IoTであらゆるモノがインターネットにつながるようになれば、そこからも膨大なデータが上がってくる。それをリアルタイムで吸い上げ、意味を見いだし、新しい製品やサービスにつなげたものが勝者になるわけです。
大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。1988年早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞入社。 産業部記者、1998年から欧州総局(ロンドン)駐在、2004年から日経ビジネス記者、2005年から同編集委員、2008年から日本経済新聞産業部次長、2012年から日本経済新聞編集委員。 コンピューター、鉄鋼、自動車、商社、電機、インターネット関連などの業界を担当。2016年4月からフリーのジャーナリスト。
大西 巨大なオンプレミスを持つ金融機関は、クラウドでどう変わるでしょう。ブロックチェーンの登場で、「信用を供与する」という機能も銀行の専売特許ではなくなってきました。
三澤 ブロックチェーンが発達すれば「信用の中心」は銀行から、個人や企業が持つそれぞれの台帳に移っていくでしょう。
もちろん、信用を補完する機関として銀行は必要ですし、金融機関では当面、オンプレミスとクラウドを並行して使うことになるはずです。
しかし実際、私自身がもう随分長いこと銀行の窓口には行っていません。オンラインで決済しているわけですが、パソコンすら開かない。ほとんどの手続きはモバイルで完結してしまいます。物理的な銀行の窓口がいつまでも必要ということはないでしょう。

あらゆる産業で「業界の壁を超える動き」が起きる

大西 伝統的な大企業がクラウドを使いこなし、ブロックチェーンが発達した2020年。ビジネスの世界はどんな姿になっているのでしょうか。
三澤 業界の壁を超える動きがどんどん出てくると思います。例えば、自動運転が実現した社会では、自動車メーカーが自動運転車のプラットフォームを運用する運輸業社になっているかもしれない。
コンビニエンスストアのセブン-イレブンは果たして小売業か。セブンは決済機能を持つ銀行であり、物流業であり、プライベートブランドの製品を作る製造業でもある。セブンで起きたオムニ化が、あらゆる産業で起きると考えていいのではないでしょうか。
大西 そういう時代にIBMは顧客にどんな価値を提供するのですか。
三澤 私自身、オラクルからIBMに移る時、そこが今ひとつはっきりしませんでした。前の会長のサム・パルミサーノは「スマーター・プラネット」というスローガンを掲げていましたが、どうも具体的なイメージがわいてこない。
これに対して現会長のジニー・ロメッティは「IBMはコグニティブ・ソリューションとクラウド・プラットフォームの会社」と定義しました。これは分かりやすい。
「IBMはコグニティブ(認知)という新しい概念を取り入れたアプリケーションをクラウドで提供する会社」というわけです。
例えば患者さんのMRI画像からがんを認識し、膨大なデータの中から最適な治療方法を見つけ出すシステムでは、コグニティブを活用して、これまで医師の目視に頼っていた判断を、より早く正確に行えるようになります。
これからデジタル化していく全ての企業をお手伝いする会社。それがIBMだと思います。

「オープンスタンダード」という独自の立ち位置

大西 クラウド・サービスの4メガの中でもIBMの立ち位置は独自ですね。
三澤 はい。これはロメッティもよく言っているのですが、IBMはクラウド・サービスで扱う膨大なデータを自分のビジネスには使いません。グーグルやアマゾンはこうしたデータを使って自分たちのサービスを生み出しています。
もう一つ、クラウド・サービスを使う時にお客様が心配されるのが「クラウド・ロック・イン」ですね。アマゾンのクラウドを使うと、システムがアマゾンの上でしか動かなくなるので、ずっとアマゾンを使い続けるしかなくなってしまう。
IBMはオープンスタンダードを採用しているので、ロック・インされる心配はありません。いつでも他のクラウドやオンプレミスに移行することができるので、安心して使っていただけると思います。
大西 最後に三澤さんがオラクルから日本IBMに移籍した理由を教えてください。
三澤 オンプレミスからクラウドに移行していく日本の伝統的な大企業をどうサポートしていくか、を考えたとき、4メガの一角であらゆるクラウド・サービスが提供できるIBMは魅力的だと思いました。
これだけ変化の激しい業界で100年続く企業がどんな経営をしているか、を見てみたいと思ったのも事実ですね。
(写真:風間仁一郎)