パラダイムシフトが起こすチャンスとクライシス(前編)

2017/1/7
人工知能(AI)やIoT、ロボット、ビッグデータ、クラウドといった新たなテクノロジーが、商品やサービスあるいはビジネスプロセスそのものを変貌させている。とりわけ、東京五輪開催で世界の注目を集める2020年までの3年間は、日本に急激な変化がもたらされることが予想される。

はたしてテクノロジーは、どのようなパラダイムシフトを起こそうとしているのか。ITビジネスのプロフェッショナルである三澤智光氏とジャーナリストの大西康之氏が「近未来の姿」を語り合う。

クラウド・コンピューティング台頭の理由

大西 実は私、日本経済新聞で記者をしていた1990年代の前半にコンピューター業界を担当しておりまして。ちょうどメーンフレーム(大型汎用コンピューター)がクライアント・サーバーに移り変わる時期で、メーンフレームの王者だったIBMは「潰れるのではないか」とまで言われた時代です。
しかし食品・タバコ大手のRJRナビスコから転じたルイス・ガースナー会長が「IBM・ミーンズ・サービス(IBMはコンピューターを作る製造業ではなく、顧客の問題を解決するサービス業である)」というスローガンを掲げ、見事に巨象を蘇らせた。
三澤さんはその時代を、日本オラクルの幹部として見てこられたわけですね。
三澤 はい。まさに激動期でしたね。
大西 あれから四半世紀。コンピューターの分野では再び、大きな変革が起ころうとしています。スタンドアローン(孤立型)だったコンピューターがネットワーク化され、インターネットが登場し、ついにクラウド・コンピューティングの時代が到来しました。
3年後の2020年の世界はどうなっているのか。クラウド・コンピューティングの専門家である三澤さんに伺っていきたいと思います。
三澤 よろしくお願いします。
三澤 智光(みさわ・としみつ)
日本IBM 取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長
1964年生まれ。1987年横浜国立大学卒業後、富士通株式会社入社。1995年日本オラクル株式会社入社、2000年執行役員 パートナー営業本部長兼ソリューション統括部長、2011年専務執行役員 テクノロジー製品事業統括本部長、2014年副社長執行役員 データベース事業統括、2015年執行役 副社長 クラウド・テクノロジー事業統括。2016年7月より現職。
大西 まず初歩的なことを伺いますが、そもそも、なぜこのタイミングでクラウド・コンピューティングが登場してきたのでしょうか。
三澤 過去5年の話をすると、コンピューターの頭脳にあたるプロセッサーの能力は8倍程度にしかなっていない。進化のスピードがちょっと落ちていると見ることもできます。
一方で、コンピューターの手足にあたるネットワークやストレージのIO(インプット・アウトプット=データーの伝送スピード)は100倍とか1000倍になっています。
もともと頭ばかり大きくて手足が貧弱な、いびつな形をしていたコンピューターが、手足の成長によってうまく動けるようになった。
その恩恵をうまく取り入れたのが、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドットコムといった第1世代の「クラウド・ネイティブ・カンパニー」です。

クラウド活用第二世代の「デジタル・ディスラプター」

大西 IBMやマイクロソフトも第1世代に入りますか。
三澤 そうですね。出遅れたけど、何とかついていったという感じかもしれません。
第1世代のクラウド・ネイティブ・カンパニーがプラットフォームを作ったことで、人間が常にネットとつながっている状態が生まれました。デバイスもPCからモバイル、そしてウェアラブルヘ。より人間に近づく方向で進化した。
その環境をうまく使って成長したのが第2世代のクラウド・ネイティブ・カンパニーです。(動画配信の)ネットフリックス、(配車アプリの)ウーバー、(シェアハウスの)エアB&Bといった会社です。
彼らは「デジタル・ディスラプター(破壊者)」とも呼ばれ、クラウドをフル活用した革新的なサービスによってテレビやタクシーやホテルという既存のビジネスから顧客を奪っています。
大西 よくわかります。巨額の設備投資をして自前のデータセンターを建てなくてもいいAWS(アマゾンのクラウド・サービス)のような仕組みがなかったら、ウーバーやエアB&Bのような新サービスは生まれていない。彼らこそ、最もクラウドの恩恵に浴した人々と言っていいでしょう。
三澤 その通りです。一方で、クラウドはデジタル・ディスラプターのためだけにある技術ではありません。
ところが、従来型の製造業やサービス業、金融業といった日本経済を支える一般の大企業が、クラウドの恩恵に浴しているか、と聞かれれば、残念ならが「ノー」です。これは「もったいない」としか言いようがない。
大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。1988年早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞入社。 産業部記者、1998年から欧州総局(ロンドン)駐在、2004年から日経ビジネス記者、2005年から同編集委員、2008年から日本経済新聞産業部次長、2012年から日本経済新聞編集委員。 コンピューター、鉄鋼、自動車、商社、電機、インターネット関連などの業界を担当。2016年4月からフリーのジャーナリスト。

日本の大企業のクラウド活用はまだ「序の口」だ

大西 しかし日本の大企業の経営者は「クラウドやIoTを活用せよ」と現場にハッパをかけていますし、実際に多くの会社では給与計算や人事管理ではクラウド・サービスを使うようになっています。
三澤 クラウドという技術の奥行きを考えた場合、その程度の使い方は「序の口」です。例えば「我が社はウェアラブル端末を使って決済できるようにしたからクラウドとIoTを活用できている」という会社があるとします。
ウェアラブル端末がIoTで決済がクラウドというわけですが、そこまでなら誰にでもできます。
地球規模の競争に打ち勝とうとするなら、ウェアラブル端末から刻々と上がってくる膨大なデータをグローバルな規模で集積し、瞬時に分析し、それを次の戦略に生かさなくてはなりません。
大西 企業がそうしたシステムを構築するには、高い専門性を持った人材を多く抱えなくてはなりませんね。
三澤 はい。米国の大企業では「会社のデジタル化の責任者」であるCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー=最高技術責任者)が非常に大きな権限を持っています。
例えば金融大手のバンク・オブ・アメリカはIT部門で8万人の社員を抱え、自力でバリバリ、システムを構築しています。

開発部門と運用部門、組織の壁と「仲の悪さ」

大西 日本企業でそこまでITの人材を抱えているところは、ほとんどありませんね。
三澤 はい。日本ではシステム構築を専門の会社に任せる傾向が強い。ですからIBMのような会社がお役に立てる部分が大きいと考えています。
もう一つ、日本企業に特徴的なのは「デブオプス(DevOps)」がうまくいっていない会社が多いということです。これがクラウドをうまく活用できないことの原因の一つになっています。
大西 デブオプスとは何ですか。
三澤 デベロップメント(開発部門)とオペレーションズ(運用部門)が緊密に連携したソフトウェアの開発方法を指します。日本の会社では、ソフトウェアを作る人と使う人が組織上、バラバラになっていて、仲が悪い。
クラウドを活用するにはデータをうまく集積する必要があるのですが、バックエンドの整理整頓ができていないので、どのデータがどこにあるのか、誰にもわからない。
普段使っているのはクライアント・サーバーのシステムなのに、大事なデータが古い「レガシー」のシステムの中に閉じ込められていたりする。

レガシーとクラウドを共存させる環境が不可欠

大西 それではせっかくのデータも宝の持ち腐れですね。
三澤 そうなんです。バックヤードが散らかったままでは、フロントエンドのアジリティ(敏捷性)もでてこない。データはあるのに、活用できていない。実にもったいない状況になっているわけです。
日本には、デブオプスがうまくいかない原因がもう一つあります。システムに何を求めるか、という根本的な問題です。
米企業のCTOたちはライバルに負けないように、どんどん新しい技術を取り入れようとします。極端に言えば「毎日、バージョンを更新しろ」というくらい、現場に革新を求めます。
これに対して日本の大企業がシステム会社にまず求めるのは「絶対に止めるな」です。通信網や銀行のシステムには、今もレガシーが残っています。絶対に止めないために、古いシステムの上に新しいシステムを少しずつ継ぎ足していったからです。
新旧が入り混じった複雑なシステムをクラウドに対応させるのは簡単なことではありません。アマゾン・ドットコムは最新のクラウド・サービスを提供してくれますが、レガシーのことはわからない。
メーンフレームの時代からお客様とお付き合いしてきたIBMなら、レガシーとクラウドの両方を扱うことができる。お客様のペースに合わせながら、徐々にクラウドに移行していくことができます。

日本企業が強くなる余地は「まだまだある」

大西 なかなか難しそうですが、ポジティブに捉えれば、日本の大企業にはクラウドを使って強くなる余地がまだまだある、ということですね。
三澤 その通りです。これからはドローン(無人小型機)やVR(仮想現実)、ロボットといったデバイスがどんどんビジネスの中に取り込まれていく。
競争力の源になるのは、ドローンを飛ばすことではなく、ドローンから大量に送られてくる映像データから意味を抽出し、それを理解して戦略に反映させることです。
これをIBMではコグニティブ(認知)コンピューティングと呼んでいます。それができて、初めてクラウドが新しい価値を生み出すことになるのです。
大西 なるほど。では次回はクラウド・コンピューティングによって自動車、金融など個別のビジネスがどう変わっていくかについて、より詳しいお話を伺っていきたいと思います。本日はありがとうございました。
※ 続きは明日掲載予定です。
(取材・文:大西康之、写真:風間仁一郎)