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こういう機会なので、Q企業のメディアであるNewsPicksらしい記事にしようと思い、思いっきり書きました。

追記の追記:多くの方から指摘されているように、OとQはもちろん連続軸の両極でありまして(だから文中でも「O企業濃度」というような表現をとっています)、OかQかは程度問題です。どんなにQ寄りでも何らかの機会をとらえることなしには商売は上手くいかないし、DeNAのようなかなりはっきりしたOでも一定のQがなければ成立しません。本稿で類型として大括りしたのは「論理的節約」を意図したものです。

占部さんのご指摘について。文中にも書いてありますように、サイバーエージェントは会社としてはO、事業レベルではQのものが少なくないというのが僕の見立てです。全社レベルと事業レベル、それぞれでOかQかの議論は成り立ち、この両者では話が変わってきますが、本稿はタイトル(「DeNAの…」)にありますように、主として全社レベルでの利益獲得論理を議論の対象としています。

石川さんのお名前を誤記してしまいました。石川さん、ごめんなさい。

多くの方から内容のあるコメントをいただきました。ありがとうございました。この寄稿を思いついた理由のひとつには、ひとつにはNPがどれだけQメディアになっているかをテストしてみたいという興味があったのですが、読者の方々のコメントはNPがQメディアであることを証明していると思います。
概念をシンプルに伝えるために敢えてO企業とQ企業を対照的に説明してらっしゃるのだと思いますが、現実の企業はO企業とQ企業のどちらかに明確に分類されるのではなく、グラデーション的にどちらの要素がより濃く表れているかで捉えるべきなのでしょう。
Q企業的な色彩の強い企業においても、要所要所ではオポチュニスティックに事業機会を見出すこともありますし、O企業にしてもオポチュニスティックに事業を展開し続ける中で、事業横断的な独自の競争力を深掘っているはずです。逆説的ですが、Q的な要素が一定水準を超えていないと極端なO企業にはなれないように思います。「オポチュニティ帝国」と評されるソフトバンク社など、この最たる例ではないでしょうか。前職の会社の名も挙げていただいていますが、全く無関係の事業領域に飛びついているように見えるのだとしたら、それは単に外からそう見えるだけです。実際には良くも悪くも既存事業の影響が相当程度働いて今の姿になっています。
外部環境の変化の早い消費者向けインターネットの世界では、事業機会を追いかけざるを得ません。回遊魚と同様、止まったら死にます。その動き回る過程でQ的な自社の価値を深掘ることが求められるのでしょう。
そのうえで、DeNA社がよりドライに各事業を捉えているように見受けられる点において、「徹頭徹尾O企業」であるという指摘は私も共感するところです。

同質性が高まる組織に異質の人材を取り込みたいと経営陣が考えるのはごく自然ですし、そうした経営陣の意向を踏まえた買収の条件にロックアップが織り込まれていたがために、組織に留まらざるを得ないというのもまた、何ら不思議ではないと思います。

「歪んだDNA」というタイトル然りですが、一連の問題を理念云々と絡めて論じて組織の構造的な問題としてまとめることは、私も釈然としません。もっともらしく響く正論らしさはありますが、PMIやモニタリングの具体論に踏み込まない限り、実態は見えないでしょうし、思考停止のマジックワードのように感じます(部外者としては停止したところで全く問題ないのですが)。
好き嫌いで言えば、自己言及に終始する理念は私の好みではありません。ただ、それはあくまで趣味の問題です。本稿後半で激賞されているサイバーエージェント社のビジョンに至っては「21世紀を代表する会社を創る」です。
本文のクライマックスでコメント引用頂き恐縮です。
さて、個別の論点に対する主張はほぼ自分も同じでここまで論理立てするところはさすがの学者魂を感じます
ただ、「O企業/Q企業」の枠組みは他の人が指摘しているように、ちょっと単純化が過ぎる気がするので自分なりの理解を述べると
●純然たる「O企業/Q企業」なんてなく組み合わせ
●あるのは参入障壁が低く継続的な差別化が難しいO事業(機会事業)とその逆であるQ事業(障壁事業)
●当初「機会事業」であったものを、障壁化して「障壁事業」に進化させることは可能
ということ。ネットの世界では(DeNAもソフトバンクも)、「何が出てくるのか」は誰にも分からないが、大きな変革が起きることだけは明らかに分かっている状態で、常にアンテナを高く張り、いち早く取組み、出来る限り障壁を築けるようにもっていくのが定石。そこには「インターネットで世の中を良くするまだ見ぬ事業」でメインプレーヤーになって世の中に貢献したい、という想いが基本的にはあるはずです。
例えばSNSだって当初は誰でも作れる単なる機会事業だったのが、Facebookまでなれば完全な障壁事業。批判の多いDeNAのゲーム事業だって当初はどベンチャーでも作れる機会事業ですが、売上1000億円、利益250億円を稼ぐためには、それなりのノウハウと、それを高精度でこなせる体制、大きなプロモ―ションをできる資金力が必要な障壁事業になっているとも言えます
誰でもできると言えばできるが、それを圧倒的なレベルで出来る、楠木先生の「ストーリーとしての競争戦略」の言葉で言えばSP(ポジショニング)ではく、OP(組織力)ベースということ。
DeNAの強みは、機を敏にとらえ、一気の人材/資金投入をして、他社にまねできない組織力の仕組を作ることでありその強みには沿った展開だったんだと思います。本稿に関係ないですがネット企業の中で数少ない「ネクタイを締めて東海岸と付き合える」力も強みなのですが、そこが傷ついてしまったのが今回の大きなダメージでしょうか
最後に、記事で「Q企業」に挙げられているサイバーさんも、自分が思いつく中では最も「機会があれば全張り」をしてくる企業。
ということで、あまり会社に色付けするよりは、「事業」をベースとしてみる方がより正確に見れる気がします。日曜朝から長文失礼しました
「O企業とQ企業」という独自の視座を前提としてO企業には「理念がないのが理念」みたいにぶった切ってしまうと、議論が進まない気がします。どんな企業であれ、創業時には理念があるものです。その理念が「一発当てて儲けてやろう」であっても構わないけれど、それで社会的に永続的に受け入れられる企業になるかどうかは相当に疑問です。敢えてOとQという議論の前提をそのまま受け入れるとして、O企業が一発屋の集合体であったとしても、「一発当てて儲けてやろう」が理念ならそれでいいのかもしれないが、一発当て続けることができるはずがない。企業を支えてくれるのは社会であって、社会的責任を自覚した経営でなければ社会は企業を支えれくれません。経営理念に社会的責任、社会で果たすべき役割が明記され、社内に徹底されていなければ、不祥事を防ぐこともできません。

少なくとも僕はずっとそういう方針で企業の再生支援をしてきましたし、それで失敗したことはありません。
この「カギを握るのは事業経営者」という考え方は非常に興味深いですね。

ベンチャーがメガベンチャーへと発展する過程においてはほとんどの場合、事業を多角化していかなければなりません。

しかし、楠木さんの仰る通り、担当者として「機能責任者」をやれる人材は沢山いますが、経営者として「事業経営者」をやれる人材は希少です。

恐らく個別の機能を見るのと、事業の全体を見るのは「打ち上げ花火を上から見るか、下から見るか」と同じくらい180度違うことなのだと思います。

多くの創業オーナー経営者はずっと会社を全体から見ているためそれが当たり前になっています。

会社の中で個別の機能を担当している社員はただの一度もその視界を担当したことがありません。

経営者は視界のズレに苛立ちを感じ続けますが、通常の業務を続けていても、担当者が「機能責任者」から「事業経営者」になることはない。

「事業経営者」を生んでいくためには「全体を見るセンス・才能」を見抜き、「全体を見るチャンス・機会」を与えることだと思います。

かつてリクルートはプロフィットセンター制度という手法でマネジャー陣全員に擬似的に部署のP/Lを見る機会を提供しました。

サイバーエージェントは、失敗しても会社に大きなダメージを与えない程度の新規事業を数多く立ち上げ、若いうちから全体を見る機会を与えると共に、才能の有無を見抜いていっているように思えます。

但し、これらの組織施策は事業運営に向けては多大な無駄や非効率を生みます。上記の両社は財務側面で非常にキャッシュリッチな会社であったことがそれを支えたというのも見逃してはなりません。

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カギを握るのは事業経営を丸ごと担える経営者人材の層の厚みである。ここでいう「経営者」は役職やタイトルの問題ではない。仕事に対する構えの問題だ。「商売丸ごと動かして稼ぐ」を自分の仕事としている人、それがここでの経営者の定義だ。
村田マリさんが謝罪会見に出てこない事実から、彼女は「事業経営者ではない、事業経営者にはなれない」人だと感じてしまいます。
本気で顧客に向き合い事業を創っていれば、責任は自分で取ろうと動くはず。

そういう意味では、執行役員としてキュレーション事業のトップに村田さんを置いたDeNA社の采配は大きな失敗だったのかもしれません。

村田さんが「起業専門家=シリアルアントレプレナー」という点には違和感があります。顧客と向き合わない起業家がいるのでしょうか?

"シリアル・イノベーターは適切な課題、すなわち彼らの言う「興味深い課題」を発見する重要性を強調する。彼らは、「機会」や「機会の認識」という言葉を決して使わない。なぜなら、彼らは機会を探しているわけではないからだ。彼らが探しているのは、顧客となり得る人々が苦痛を味わっている課題-その解決策に対して、顧客が進んでお金を支払ってくれるような課題-である。"

引用:シリアル・イノベーター ─ 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀

顧客と向き合えない事業に持続性はない。自戒の意味も込めて。
ごもっとも。スッキリする内容!
一点反論するなら、村田さんは経営じゃなくて職人として事業運営に専念したかったので望んで得た場所。向いてなかったのかは結果論で経営側が反省しているように、人選や関与の仕方にやりようはあった。

二万字、読みやすく。まさかのNewspicks比較やちょくちょく入る時勢を意識したシニカルな独り言が楽しく読みきれた。
こちらの記事は連載の中で最も学びが多いような感じました。DeNAはたしかに栽培マンとして有能な上級栽培マンが多い一方で、事業責任者クラスの層の薄さは指摘通り同意です。

ヒット率ではなく、事業責任者クラスの層の厚さでいえばサイバーの方が上なのかもしれない。とはいえ採用時に両社の人材層にさほど差があるようには見えず。むしろ現場レベルはDeNAのほうが優秀そうですが、文中に指摘がある藤田さんの経営人材を作る仕組み設計作りが優れているのだと改めて感じました。
朝倉さんが書いていらっしゃるように、O企業とQ企業というのはグラデーション的に各社が位置取りをする属性ものと思います。あるべき位置取りは、もちろん企業風土や理念よっても違えば、業界の成長過程や自社の成長過程によっても違うものです。

これまで個人的に思っていたDeNAさんの強みは、OとQの捉え方でいくとこれを半々くらいに交ぜてビジネスを作っていくという表現になりそうです。任天堂さんは言わずもがな、他にも様々なプレイヤーを集めてきて世の中の新しい流れを作り出そうとする姿は、適切なアレンジ力という意味でなんだか商社に近いように感じます。ここで発揮されてきたのがまさにOの力。しかもオールドエコノミーの会社や国ともきちんと話ができます。その先にQの力で事業を作っていくのは、少しずつ芽も出ながらまさにいま挑戦されているところであると感じます。

今回のような問題をある程度パブリックな場で取り上げることの意義のひとつは、そこから学びを得て、次の間違い・さらに言うと自分の間違いをしないように活かすことであると考えます。そういった意図で骨太に書かれた文章を読むことができるのは大変価値のあることだと感じます。
O企業とQ企業分類。非常に参考になりました。精神科医の斎藤環さんは若者を「自分探し系」と「引きこもり系」に分類しています。

自分探し系はいわゆるリア充。コミュ力に優れ友人も多いが自己イメージが意外と希薄。周囲の友人関係(≒機会)の中で自分を保つ。
センター街のギャルタイプ。作家で言うと人間関係や扱う題材によりドンドン形を変えていった村上龍。

引きこもり系はコミュ力は低く、友人は多くない。しかも自己イメージはしっかりしている。自己は友人に影響を受けない。作家で言えばどんな題材を扱っても同じテイストになる村上春樹。(注:物理的に引きこもっている訳ではない)

こんな分類をしています。OQ分類にも一部近いものを感じました。またどちらが良いという訳ではなく、どちらにも「キャラが立ってる存在はいる」というところも。
ソフトバンクやDeNAはこのまま「永遠の自分探し系」代表として突っ走っていただきたいです。

但しシートベルト着用と交通標識は良く確認しながら。
馬力が強いと事故った時の被害も甚大なので・・・。
この連載について
ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営するメディア事業で、次々と明るみになる、記事の粗製乱造や医療情報の不適切な取り扱い。成長を追いかけるあまりに、上場企業として踏み越えてはいけないモラルを破ったDeNAの、歪みの根源を探る。