新着Pick
533Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
元々WELQについての対談を予定していたものの、先方多忙のため取りやめになり、寄稿スタイルと決まったのが火曜日(月曜深夜)。タイトルも変更になりました。

また後藤記者含め3人がインフルエンザという編集部パンデミックの影響で、原稿を前倒しし水曜日までに書いて欲しいとお願いされたのが昨日。

・・・?  今日書けってことか・・。
ネットメディアのスピード感を実感いたしました(笑)。

今回はたまたまカント-柄谷における「真・善・美」のフレームを利用しましたが、例えビジネスであっても我々は色々な判断基準を「着脱」しながらものを物事を進めていくべきだと考えています。

ある時はあえて『 』に入れた方が良い。
ただその『』は入れっぱなしではいけない。

これは個人にも企業にも言えると思います。

コメント欄も非常に参考になりました。
皆さまどうもありがとうございます。
「真」「善」「美」の3つが職場にも必要という考えに共感しました。

弊社では人のモチベーションタイプを
アタックタイプ(支配達成欲求 勝・負にこだわる)
レシーブタイプ(貢献調停欲求 善・悪にこだわる)
シンキングタイプ(論理探求欲求 真・偽にこだわる)
フィーリングタイプ(審美創造欲求 好・嫌にこだわる)
に分けています。

立ち上がったばかりのベンチャー企業は、多様性を内包せずに、どれか一つか二つのモチベーションタイプで束ねた方がドライブさせやすい。過度な多様性は組織の生産性を下げます。

しかし、あまりに単一なモチベーションタイプでドライブしてしまうと、多様なモチベーションタイプによって構成される世間一般の価値観とはズレてくる可能性があります。

企業が成長していく過程において、多様な価値観をどんなステップで、どんなスピードで組織に内包していくかは非常に重要な経営課題です。
これは、昨今のベンチャー企業全般に当てはまる指摘だと思います。もちろん大企業の中にも不正行為や不祥事は多発しますが、少なくとも、ある事業を為す前には、社内である程度のフィルターがかかる仕組みができています(不祥事になるのは、そのフィルターに穴が開いていたときです)。しかし、VBの多くは、創業者やその取り巻きが、創業時の雰囲気のまま物事を進めてしまう場合があるように思われます。VBは、世の中のグレーゾーンに切り込むからこそ事業が成立するわけで、その志は良いのですが、成長し、上場し、株主などステークホルダーが増えていく段階では、社会的責任をより意識した経営が求められます。
我々PEはもちろん、VCも、VBを育成するときには気を付けたいものです。
KPIについて一言。今回の件もそうですし、成果主義の失敗もあって、ビジネスではKPIの限界への理解が深まっていると思います。一方、地方創生や政策の世界では、KPIという概念が広まり始めています。二年前に「地方創生でKPI原理主義がはびこる恐れ」(※1)というブログエントリーを書いたことがあります。この傾向は、残念ながら高まっていると実感しています。私の関心は、地方創生やNPOの分野で、今回DeNAが起こしたような問題をいかに起こさないか、です。

※1 地方創生でKPI原理主義がはびこる恐れ。
http://retz.seesaa.net/article/413651056.html
本特集では「自分はサービスを使ったことがないので世の中には要らない会社である」というメチャクチャなコメントまで出るなかで、ベンチャー支援も行いベンチャーに対する暖かい眼差しを持ちながら、悪いところは悪い、と指摘する非常にバランスがとれた記事と思いました
特集後半に書こうと思ってましたが、本件は一言で言えば「PMIの失敗」と思ってます
ある程度大企業になってしまったDenaとして、時代を代表する「イケてるベンチャー」を買収して成長エンジンにしていくことは、アメリカでの買収の失敗もあり「苦手分野」でもあり「確立すべき勝ちパターン」として模索し続けていたはずです
グレーゾーンにも突っ込むベンチャー的な粗さをどこまで大企業的作法で介入すべきか、それは風土を殺すことにはならないか、常に迷いながらやっていたはずです
もちろん、ゲーム事業の落ち込みが続き業績を作らないといけないなかで、「次の柱」を作らないといけないために、大室さんの言う、とりあえず『』にいれて、それを忘れてしまう、ということが起こったのだと思いますし、そこは改めるべきところだったと感じます
興味深い論考。特に、記事中の下記の箇所は医師ならではの視点かと。

「我々が外科医に対し敬意を払うのは、事故で出血多量で運ばれてきた人を、他の感情を『 』に入れてある意味物を扱うような冷静さで処置ができるからではありません。オペが終わればその『 』をまた外せる、その着脱可能な取り外し能力が揃っているからこそ敬意を持つのです。もし単なる「冷静な処置能力」のみで存在しているならばそれはAIと変わりませんし、その「性能」は近い将来AIに負けてしまうことでしょう。」

ちなみに、私もワルぶる自意識過剰な中二男子側です・・・。
大室さんの教養があふれにあふれている論考。DeNAのみならず、日本のあらゆる偏差値エリートに突き刺さるメッセージです。

ロジカル、道徳的、美的。ぜひ3つを満たした個人、会社になりたいものです。
医療関連記事の特殊性を強調した記事の前半には共感しました。
「記事のほとんどをパクり、挙句に付け加えた部分は間違い・・・。・・・・もう百歩譲ってパクリはいい(ダメですが)。
ただし、よく分からないのなら変なアレンジをしないで欲しい。パクるならちゃんと(?)パクって欲しい。こんな気分になりました。」

記事の後半の「偏差値エリート=目標を決めるとそれだけを追求してバランスを失う」論は、関わっている人間の特性に原因を求めすぎなのではないかと感じます。そもそも、偏差値エリートでなくとも、人間がバランスを失いがちでは?
 私は、DeNAの人たちが偏差値エリートだから問題が起きたのではなく、マネジメントシステムに問題があったから今回の事件が起きたという仮説です。この場合、マネジメントシステムを変えれば、(人は同じでも)結果は変わるということになります。(これは、仮説です。事実がどうなのかを言えるほど、内部のことを知りません。)

「ビジネス現場では・・・「照れ(美的判断)」のようなものは一旦『 』に入れることで物事が高速回転することが往々にしてあるのだと思います。・・・・・・DeNA社員が道徳的、美的判断を持ち合わせてなかったとは思いません。ただ、いざビジネスの現場になった場合、認識的判断が優先されるKPI指標の前で、他の基準を一旦『 』に入れて一気に前へと突き進んだのではないかと考えています。」
宇宙物理学者の早崎さんと同じ箇所にアンダーラインを引きました。

>我々が外科医に対し敬意を払うのは、事故で出血多量で運ばれてきた人を、他の感情を『 』に入れてある意味物を扱うような冷静さで処置ができるからではありません。オペが終わればその『 』をまた外せる、その着脱可能な取り外し能力が揃っているからこそ敬意を持つのです。

以下は未来の手術のイメージです。

(1)患者さんが手術室①に入るとそこでは麻酔科医が待機していて、患者さんは麻酔にかけられます。
(2)次に、麻酔にかかった患者さんは手術室②にベルトコンベアで運ばれ、そこでは外科研修医が皮膚と骨を切開し、胸を開きます。
(3)開胸された患者さんは、手術室③に運ばれ、そこでは中堅外科医が待機していて、人工心肺装置を装着、心臓を停止させます。
(4)心停止させられた患者さんは、手術室④に移動。待機していたベテラン医師が、心臓の弁を取り替えたり、バイパス手術(いわゆる手術の肝となる部分)を行います。
(5)肝となる部分が終わった患者さんは、手術室③→②→①と逆戻りして手術が終了します。

これは架空の話ですが、これに近いような効率化されたシステムが海外の巨大病院では行われていて、外科医は手術だけに特化した存在となりつつあります。

手が正確に動く工員。今、若手外科医たちが目指している方向はそれなのかもしれないと思うことがあります。

大室先生の『 』に入れて冷静に処置できるのは是、その後『 』を外すのを忘れてしまっているところに非があると偏差値エリートの宿痾を指摘されている鋭さに大変感銘を受けました。
金融業界も色々なものを、いやお金を稼ぐこと以外の全ての事を『』に入れて突き進みがちなので、耳が痛かった。人生で本当に大切なものは何か、自分の価値観を時々は振り返らないといけない。
この連載について
ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営するメディア事業で、次々と明るみになる、記事の粗製乱造や医療情報の不適切な取り扱い。成長を追いかけるあまりに、上場企業として踏み越えてはいけないモラルを破ったDeNAの、歪みの根源を探る。
株式会社ディー・エヌ・エー(英語: DeNA Co., Ltd.、以下DeNA)は、日本の企業。 ウィキペディア
時価総額
2,978 億円

業績