認知、認識を超え、AIで一流選手の感覚を可視化(後編)

2016/12/16
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スポーツにおいて現状、AI(人工知能)が活用されている主な分野は試合の解析だ。いまのAIにできるのは、認知と認識に限られている。
だが、12月17日に行われる「スポーツアナリティクスジャパン2016」に登壇する株式会社LIGHTzの社長・乙部信吾は、今後はもっと先に進んでいかなければならないと指摘する。
「AIで現象を写実し、そこから規則性を見つけるだけではあくまで情報にしかなりません。その規則性通りにやればいいのか、それよりもっと上のプレーを目指していこうと階段を設定するのか、そうやって可能性を高めていけるのは人間です。いまのその段階から先に行き、シミュレーションまでできるようになると、AIの可能性はもっと拡張すると言われています」

サンプルの少なさが壁に

日本のスポーツで、AIの活用が特に進んでいるのはバレーボール日本代表だ。それでも、トスの配球をどこに上げるのが効果的かをシミュレーションしようとすると、正答率が十分でないのが実情だという。
AIをシミュレーションに活用するうえで、ハードルとして立ちはだかるものの一つがサンプル数の少なさだ。
たとえば、日本とアメリカとの対戦回数が過去に10度しかないとする。その10試合では出場している選手が違えば、コートに立っている6人の組み合わせも異なる。そうしたなかから予測を立てるのは非常に難易度が高い。
そこで乙部は、「仮想××」という視点を提案している。分析対象のアメリカとの過去の対戦が少ない場合、戦い方が似ているイギリスを「仮想アメリカ」として含めれば、サンプル数を増やすことができる。
もっと言えば、「日本対アメリカ」の試合傾向が「フランス対イギリス」に似ているとすれば、前者の分析をする際に後者も含めればいい。「日本対アメリカ」のように特定国同士の対戦をシミュレーションする場合でも、AIにバレーボールの知見を深めさせることで、分析の精度が上がるはずだと乙部は見ている。
「こうした分析のやり方は、おそらくAIにしかできません。特徴量を抽出してパターン分析していく対象を、『日本対どこか』ではなく、すべてのバレーボールのデータから入れ込んでいく。そうすると、すごく大きい知の塊になるわけです」
「今後は大学などのアマチュアスポーツにも範囲を広げて研究を行っていく予定です。そういうことをしていけば、われわれのAIは様変わりしていくと思っています」
(撮影:中島大輔)

ブレインモデルで情報抽出

では、具体的にAIの分析はどのように行われているのか。
「ORINAS」で選手の感覚を可視化するためにつくられるのが、ブレインモデルだ。乙部によると、「人が考えていることのネットワークみたいなもの」だという。
ブレインモデル。実際にはそれぞれの円に感覚を構成する要素が記入される
「たとえば竹下佳江さんがトスを上げるときに何を考えているか、杉山祥子さんがブロックを跳ぶときに何を考えているかもネットワーク化できます。その仕組みは『ああだから、こうなる』と1対1の関係で決まるものではなく、非常に複合的に絡み合ってきます」
「ブラジルと対戦するとして、エースタイプの身長は何センチで、最近の世界選手権でこういう成績を残している人が相手になるとします。その人に対してブロックをどう跳ぼうかと考えるとき、その選手の情報をインプットして、そこから導き出せるものを見ていく。『あのときはうまくいった』『このときは失敗した』と見ながら、パターンを抽出することができるようになっています」

フェンシング太田雄貴を分析

乙部は昨年、日本スポーツアナリスト協会の要請を受けて、フェンシングで2008年、2012年と2大会連続でオリンピック銀メダルに輝いた太田雄貴を解析した。そのときに行ったのが、「試合運びのパターン化」だ。
アナリストが試合を解析する際、要素は「定点情報」「空間情報」「時間情報」に分けられる。選手のパターンを詳細に浮かび上がらせるには、分析対象を広げることが重要だ。
具体的には、太田と対戦相手の動きをオフェンスとディフェンスに分け、動きの種類に応じて分類していく。そうすることで得点と失点に至るまでの流れや駆け引きが可視化され、それぞれのパターンが浮かび上がってくる。
こうして試合の動きを詳細に分析することで、対戦相手ごとの相性が明らかになっていく。
太田は当時世界トップクラスのアメリカ人選手、アレクサンダー・マシアラスを得意としていた一方、ランキングでは自分より下位のドイツ人選手、アレクサンダー・カールに分が悪かった。両者との対戦について上記の方法でスコア化し、短期分散傾向と長期分散傾向に分けて見ると、その理由が明らかになった。
「太田選手は粘って、粘って、チョンと当てるのが得意で、決定的な打突はあまりありません。マシアラス選手は必殺技みたいな打突を持っている一方、太田選手からすれば、『必殺技で来た』というタイミングでとチョンと当てれば得点できる」
「対して、カール選手は太田選手と同じようなタイプ。カール選手の長期分散傾向というのは、最初は粘ってこないけれど、試合の最後のほうでいろいろなパターンの打突を繰り出してくることです。試合後半になるとカール選手は太田選手に慣れてくるというか、お互いに決め手のない状態になります。そういう関係性で、太田選手はカール選手を苦手としていることがわかりました」
太田対カールの得失点パターン
当時、こうした分析は手作業で行われた。現在なら、AIでできると乙部は言う。
もちろん、個対個のフェンシングよりチーム対チームのバレーボールのほうが難易度は高いが、スポーツにおけるAIの活用は大きな可能性を秘めている。

産業規模をゼロ円から1兆円に

では、そうした活用を進めるには何が必要で、いつごろ実現できるだろうか。
「スポーツ庁が適切な予算をつけてくれれば、来年中にはできると思います。弊社はいま、スポーツにおけるAIの開発を自社費用でやっていますが、その理由は2020年に向けた社会的意義があることと、2025年に日本のスポーツ産業を15兆円規模にしようと具体的な目標が出されているからです。現状、AIやIoTの分野は産業規模がほぼゼロ円ですが、1兆円にすることが2025年の目標です。そこに対してのビジネス的フロンティアとしての魅力を感じて投資しています」
スポーツ界におけるテクノロジーの開発が進められる一方、日本では十分に活用されているとは言えない。
しかし、ビジネス面だけでなく、競技の強化や振興にも大きな可能性を秘めているのは確かだ。
スポーツの世界において、AIやテクノロジーを今後どうやって活用していくのか。
持てる技術を宝の持ち腐れとしないためには、まずはその力と可能性を理解し、活用方法について議論していくことが必要になる。
(敬称略、写真:Suhaimi Abdullah/Getty Images)