【イラスト図解】“海のF1”の技術進化、「空飛ぶ船」の誕生

2016/12/19
最先端のテクノロジーを駆使し、スピードの極限に挑む「海のF1」。それが150年以上の歴史を持つアメリカズカップだ。オラクル・チームUSAも参戦するヨットレースの最高峰は、時代と共に驚異的な進化を遂げてきた。その技術の系譜を図解イラストと共に解説する。
最先端の技術&理論で進化する“海戦”
2016年11月18~20日に福岡・地行浜(じぎょうはま)で開催された「ルイ・ヴィトン・アメリカズカップ・ワールドシリーズ福岡大会」は、第35回アメリカズカップの前哨戦、ワールドシリーズの第9戦であり、アジアではじめて開催された公式戦だ。
日本ではあまりなじみのないこのレースは、原動機を用いないヨット競技の最高峰であり、近代オリンピックや全英オープンゴルフ、サッカーのワールドカップなどよりも長い歴史を持つ“最古のスポーツ世界杯”としても知られている。
アメリカズカップは前哨戦(ワールドシリーズ)と本戦がある。前哨戦は参加艇が一斉にコースを走り、その勝利点の合計による勝者チームを「挑戦艇」として、本戦では前回の勝者(防衛艇)とマッチレースが行われる。福岡大会には、王者オラクル・チームUSAを含む6チームが参戦。
アメリカズカップは1マイル(約1.65キロ)間隔で、風上/風下にゲートと呼ばれるブイを周回する速度を競うスピードレースである。他のレース競技同様、時代を追うごとにテクノロジーの革新や最新の理論が競技艇に盛り込まれ、その進化スピードには目を見張らされる。
特に近年激化した、強豪ニュージーランドチームとアメリカチームとの戦いは、ヨットそのものの在り様を根本から変えてしまったと言っても過言ではない。
「万国博覧会」に始まるヨット進化史
アメリカズカップの歴史をひも解けば、1851年、第1回「万国博覧会」が英国・ロンドンのハイドパークを主会場に開催されたことに端を発する。
博覧会の目玉イベントとして、世界最大の海洋大国であった英国が誇るロイヤル・ヨット・スコードロンによる「ビクトリア女王杯・ワイト島一周レース」が催され、その栄えある勝者となったのが、アメリカ合衆国のニューヨーク・ヨットクラブ(NYYC)所属のスクーナー船・アメリカ号だった。
ビクトリア女王杯を手に凱旋帰国したアメリカ号のスタッフは、その銀杯をNYYCに寄贈。「この銀杯を持つものは、全ての挑戦を受けねばならない」とし、1870年に第1回アメリカズカップ(America's Cup/アメリカ号杯)が開催された。これが現在まで150年以上続く、アメリカズカップの始まりである。
ワイト島一周レースでビクトリア女王杯を勝ち取ったニューヨーク・ヨットクラブ所属の帆船。2本マストのスクーナー(快速船)である。
参戦するヨットは、当初は単胴の快速船が中心であったが、より軽量で丈夫な樹脂船体(カーボンファイバー製)が作られるようになり、2010年から始まった第33回大会からは多くのチームが双胴船もしくは三胴船を採用。
競技速度も50ノット(時速約92キロ)にもなり、2006年の第32回大会では平均速度が16ノット(約30キロ)であったことから、急激な進化がそこにあることがうかがえる。
初期に主流だったスクーナーから、戦後の1958年からは12メートル級と呼ばれる1本マストのスポーツヨットの使用が国際ルールで定められた(実際は20~30メートルの水線長を持つ大型船体)。1992年からはIACC(International America's Cup Class)規格が定められ、全長24メートル、ダガーボードなどの最新技術が取り入れられる。2013年から新たに採用されたのがAC45とAC72という双胴船の規格。
風速の3倍速い「空飛ぶ船」の誕生
現在のディフェンディングチャンピオンであるオラクル・チームUSAが開発したAC45とAC72という双胴船の規格は、その最先端のテクノロジーが見事に結晶した最新鋭ヨットだ。
まず、メインのセール(帆)は、それまでの布1枚の構造から、中に翼断面のフレームを持つ翼構造/ウイングセールになり、風を受けるだけではなく、飛行機の揚力と同じようにウイングとフラップを通して風を流すことによって、そこに発生するモーメントを推進力に変換しており、実際に吹いている風速よりも3倍もの速い速度で帆走可能となった。
この構造は他のヨット競技では認められておらず、アメリカズカップのみでこのスピード感あふれる帆走を見ることができる。AC72規格では131フィート(約40メートル)ものウイングセールを持っており、ボーイング747・ジャンボの主翼(約35メートル)よりも大きい。
また、得られる推力を最大限に生かすために、船体の水中摩擦抵抗をさらに低くする必要があることから、船底にダガーボードといわれる角度を可変させる水中翼が取り付けられている。大型のマストにセールを展開していても船が転覆せず、さらに水流による揚力で船体を水上に持ち上げ、水の摩擦抵抗を小さくすることを可能としている。
最新規格のAC72は、全長22メートルの細長い双胴をつなぐ中央に全高40メートルの巨大なウイングマストを有する。双胴の中央にフォイルと呼ばれる上下伸長式のダガーボードが設置されており、高速航行時にはこのフォイルによって水上走行(フォイリング)を行う。
AC72のウイングマストは、単体でボーイング747の主翼片側以上の大きさを持つ。順風(追い風)時は通常の帆走を行い、逆風(向かい風)時にはウイングとフラップによる揚力で、推進力を増加させる。
高速航行時はフォイルによって船体を完全に水面上に露出させる。フォイルは状況に合わせて上下可動する。
双胴船の中央にマストを付けることで、船体の安定性を保持し、その左右船体にL字形のダガーボードを装着させ、フォイルと呼ばれる水中翼へと進化させた。
このフォイルの採用によって、ヨットの船体は速力が上がると完全に水上へと持ち上がり、これまでの帆走船では実現しなかった速度を出せるようになった。その走行する姿は、まさに「空飛ぶ船」である。
装着されるセンサーは約1000個
あくまでも「風力」を推進力に変えるヨットの機構だが、海上を時速92キロで激走する巨船は、もはや人間の力だけでは制御できない。そこで必須となるのが、船体各所に約1000個も装着されたセンサーで検出するビッグデータと、その分析だ。
前回大会では約300のセンサーを取り付けていたが、今大会から1000個搭載。風圧、風向きといった気象情報のほか、マストやセールにかかる圧力を計測し、船首の帆からウインチに至るさまざまなパーツで生じる荷重を把握し、セールトリマー(帆の調整を担当する乗組員)が加えた調整の効果をチェックするなどの役割を果たしている。
ヨット全体でこうした3000以上のパフォーマンスデータが毎秒約20回生成され、さらに複数の動画の生成や、毎秒の静止画撮影も行われている。1回の練習走行で生成されるデータの量は約500GB、前回大会時と比較して倍以上に膨れ上がっている。
ヨットを操るスキッパー(船長)は、これらの船体データやパフォーマンスデータをオラクルのデータベースに記録し、気象データやこれまでのレースで得たデータと組み合わせて分析に活用している。
データの収集は船体やパフォーマンスからだけにとどまらない。乗船する選手は30年前と比較して、アスリートとしてのレベルを一層向上させなくてはならない。トレーニングは週6日、1日12時間から14時間に及ぶ。オラクル・チームUSAでは、選手が身に着けるウェアにもセンサーを仕込み、心拍数、呼吸数、体温などの情報をリアルタイムに収集し、チームのパフォーマンス向上に生かしている。
「海のF1」と呼ばれるアメリカズカップは、オラクル・チームUSAの開発したAC45/AC72と、最先端のデータベース技術の組み合わせによって、よりエキサイティングなレース競技に進化した。そして、レースの高速化とそれに伴う技術進化によるレギュレーションの変化も、カーレースのF1と同様の歴史を歩んでいることがうかがえる。
これからも最新のテクノロジーや空力理論を取り入れていくだろう、アメリカズカップの描き出す未来のヨットの姿に、今後も注目していきたい。
(文・図:山本拓哉/TAC C com.pro、編集:呉 琢磨、写真提供:オラクル)