頭脳派社長の「死角」、DeNAが電撃買収を決めた夜

2016/12/12
それはDeNA(ディー・エヌ・エー)にとって、必然ともいえる出来事だった。
2014年7月18日、福岡。日本中から有名なベンチャー企業が集まり、起業家たちの情報交換の場にもなっているイベント「B Dash Camp」。日中には新しい起業アイデアのコンテストや講演会が開かれ、夜になると、参加者らは酒を片手に談笑する。
にぎやかな人々の輪の中で、とりわけ熱をこめて話し合う、2人の人物がいた。
ひとりは、守安功。DeNAの創業期からのメンバーであり、オークションサイト「モバオク」(2004年)や、ゲームなどを楽しめるポータルサイト「モバゲータウン」(2006年)など、収益の柱となる事業を立ち上げてきた人物だ。頭脳明晰で、数字にめっぽう強いというのが周囲の評価だ。
創業者である南場智子とともにDeNAの成長を支えてきた守安功社長。Bloomberg via Getty Images
もうひとりは、村田マリ。インターネット広告代理店のサイバーエージェント初期の社員であり、その後、情報サイトやモバイルゲームの事業を立ち上げては、事業売却を繰り返すことによって富と名声を得てきた女性起業家だ。
そんな村田は、新しく手がけていた住宅情報のキュレーションメディア「iemo(イエモ)」が、いかに面白いビジネスであるのかを熱弁したという。
「ぐんぐん伸びています。ヤバイです。ぜひ(私の)会社を買ってください!」
当時の報道によれば、それは村田からの熱烈なラブコールだった。それまでキュレーション事業には、まったく手を出していなかったDeNAだったが、守安はその場で買収検討を始めたと明言している。
やむにやまれぬ、事情もあった。
かつては成長エンジンだったゲーム事業は、歯止めがかからないスピードで落ち込んでいた。社内で新しいアイデアを募るものの、なかなか芽は出ず、周囲を見渡せば「ユニコーン」と呼ばれる、旬なベンチャー企業が続々と生まれていた。
「守安社長になってからヒット作は出ていない。(前社長の)南場さんに代わってほしい」
直前の2014年6月に開かれたDeNAの株主総会では、落ち込みつづける株価にいらだった株主たちによって、守安の解任動議まで出されていた。
ゲーム事業の落ち込みを埋めるネタはないのか──。焦燥していた守安にとって、村田は新しいチャンスを運んできた、天使のような存在に見えたのかもしれない。
「その晩、2人は大はしゃぎで、お酒を飲んでバカ騒ぎをしていました」(複数のIT企業関係者)
2人は意気投合し、飲み会の席は大いに盛り上がったという。Caiaimage/Paul Bradbury via Getty Images
このわずか3カ月後、DeNAはこのイエモに加えて、女性向けファッション情報を配信するキュレーションサイト「MERY(メリー)」を運営するペロリを足し合わせて、合計約50億円で電撃買収を決断した。
「法律面のリスクだけでなく、経営陣からは、買収金額が高すぎるという声も出ていた。しかし、守安さんが自分の責任だと押し切ったようです」と、事情に詳しい関係者は明かす。
新しい成長機会を探すのに躍起だった守安の視野に、このキュレーション事業に潜んでいた法律やモラルにおける大きなリスクは、もはや入っていなかった。

DeNAの「歪んだ倫理」

2016年11月以降、大きな批判にさらされているDeNAのキュレーション事業(合計10サイト)の問題は、医療やヘルスケア情報を取り扱う情報サイト「WELQ(ウェルク)」が発端となった。
急成長するこの医療・ヘルスケアメディアは、2つの点で、異様だった。
1点目は、「がん」や「自殺」など、人間の生命にかかわるような検索キーワードを標的にして、それで利益を上げようとした点だ。病気などに悩んでいる人々が、グーグルなどを検索すると、このウェルクのサイトが上位に表示される。
paul gadd by Getty Images
深刻な悩みを抱えている人をターゲットにして、広告を配信するというビジネスモデル。それがあまりにモラルを欠いている、という批判が噴出した。
2点目は、他人が書いた情報のコピーや盗用などを含む、ずさんな記事乱造をうかがわせるようなコンテンツ生産の仕組みだ。
記事の文字数2000字あたり1000円から2000円という「極安」の価格で、クラウドソーシングというオンラインシステムを通して、有象無象のライターに記事執筆を依頼。盗用など法的な問題がある記事や、内容として不正確な記事が、続々と配信されていた。
こうした疑惑や問題は、ウェルクにとどまらず、DeNAが「Palette(パレット)」というブランド名で展開していた、女性ファッション情報「MERY(メリー)」や、旅行情報「Find Travel(ファインドトラベル)」、グルメ情報「CAFY(カフィ)」など合計10のサイトで続々と浮上している。
DeNAが、高い収益を期待していたキュレーション事業のパレット。現在は合計10分野のサイトすべてが閉鎖されている。
皮肉なことに、このウェルクという医療・ヘルスケアサイトの一部は、創業者である南場智子の強い想い入れで始まった、ライフサイエンス分野の事業を起源としている。
病に苦しんでいる患者やその家族のために、治療に役立つようなレベルの高い医療情報や論文情報を届けようというコンセプトで作られた「Medエッジ(メドエッジ)」がそれだ。
「米国の『WebMD』という医療情報サイトをベンチマークに立ち上げましたが、有料会員が集まらず、事業は打ち切りになった。そこで3000本ほどの記事を、のちに誕生したウェルクに移管したはずです」(DeNA関係者)
崇高な志で始まった医療情報ビジネスは、いつしかずさんな記事を乱造する、モラルなきキュレーションサイトに変質していったのだ。

頭脳集団に「企業哲学」はあるのか

1999年、東京・渋谷のマンションの一室で誕生した小さなベンチャー企業は、インターネットの世界の広まりとともに、その事業領域の幅を広げていった。
そんなDeNAの強みは、その“人材レベル”の高さにあると言われている。
DeNAは、日本有数のIT企業にまで成長した。Bloomberg via Getty Images
創業者の南場は、米コンサルティング大手のマッキンゼーで活躍した才媛で、共同経営者(パートナー)にまでのぼり詰めている。創業メンバーもその同僚や、日本IBMやオラクルといったIT企業のエース級が軒並み馳せ参じた。
トップクラスの頭脳をかき集めて、データ分析をもとにした「PDCA(Plan、Do、Check、Action)」を高速回転させ、徹底的にビジネスを成長させる──。
これがDeNAが同業他社に競り勝って、成長してきた力の根源の一つだ。
「今でも東大出身など優秀な学生たちや、一流企業からの転職者たちが、KPI(経営指標)を達成するためにめちゃめちゃ働いています。戦いのルールが決まっていたら、このオペレーション力に勝てる企業は、なかなかありません」(元DeNA経営幹部)
ゲーム事業であれば、ヒット作となると数百万人単位のユーザーたちの動向をデータで分析して、もっとも課金効率のよいシステムをリアルタイムで運用するために、こうした頭脳たちが投入されてきた。
高学歴、高いキャリア、高収入。いつからか、DeNAにはそうしたイメージがつくようになり、本社が入っている東京・渋谷のヒカリエは、そのアイコンになった。
東京・渋谷にあるオフィスタワーのヒカリエには、DeNAの本社が入っている。Keith Tsuji via Getty Images
しかし、そこに大企業としての「背骨」となる、哲学や理念というのは、果たしてどれだけあったのだろうか。
過去にも、DeNAは社会とのあつれきをたくさん経験してきた。一世を風靡したゲームのポータルサイト「モバゲータウン」は、そのコミュニケーション機能により、未成年のユーザーを巻き込んだ「出会い系サイト」になっていると社会問題になった。
スマートフォン時代に移ると、一部のユーザーがゲーム内の課金システムによって、あっという間に数万円から数十万円といった多額のお金をつぎ込む「コンプガチャ」が、極めて不健全だとして強い批判にさらされた。
競合のグリーとの戦いは熾烈を極めた。そのために2011年にはゲーム制作会社に対して、ライバルであるグリーにゲームを提供しないように圧力を掛けたとして、独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査が入った。
そうした局面をひとつずつ乗り越えて、対策を施し、「大人の階段」を上ってきたはずだった。近年は、東京大学の医科学研究所とパートナーを組んでいる遺伝子検査ビジネスや、自動運転分野にも挑戦している。
KTSDESIGN via Getty Images
より公共性の高い事業に向けて“脱皮”したかのように見えたDeNAだったが、あまりにも稚拙な失敗を、また繰り返してしまった。
その歪みの根源は、事業成果や数字を追いかけるあまりに、何のために事業をするのかという原点を忘れてしまう経営体質にあるのではないのか。
「Delight and Impact the World(世界中に衝撃を与えるようなサービスで、喜びを提供する)」
そんな企業理念を掲げるDeNAにおいて、悪い意味で「衝撃」を与えてしまったキュレーション事業。その問題の本質を、NewsPicks編集部は掘り下げてゆく。
(敬称略)