【直撃】スペースXは、日本のロケットにとっても一番の脅威だ

2016/12/11
9日の無人補給機「こうのとり」を搭載したロケットの打ち上げで、31回連続の打ち上げ成功、成功率97.3%を記録している日本のH2A,Bロケット。
このロケット打ち上げ責任を担う三菱重工業の二村幸基・執行役員フェローへのインタビュー第2回は、日本のロケットがどこまで世界と勝負できるのか、また今後の宇宙事業の行方について聞いた。

前編:打ち上げ成功率97.3%、日本のロケットの強みとは

国の政策を支える役目

──これまで、宇宙の歴史というのは、国家の威信をかけたもので国の政策と強く関わっていました。三菱重工業はその筆頭の存在ですが、民間やベンチャーの台頭などの今の変化をどう捉えていますか。
様々な考え方があるので、一概に言えませんが、我々が大型のロケットをやっているのは、「まず日本が日本独自に宇宙空間へモノを運ぶ輸送手段を、輸送インフラとして持ち続けるということが必要だ」という、国の方針がありますね。
そういう意味では、我々はロケットをずっと維持し、運用し続けるということでそれを支えている、というのが重要な要素です。
ただ同時に、我々は当然事業者ですから、宇宙事業で利益を得ながら、別個の事業を拡大していきたい。
そのためには、このロケットのサイズに合う衛星をいかにたくさん打ち上げることができるかによって、我々のビジネススケールが決まるので、そのビジネスを拡大するためにどうするかを考えるのは当然やっているわけです。
二村幸基(にむら・こうき)/三菱重工業執行役員フェロー(防衛・宇宙ドメイン技師長)
1957年生まれ、名古屋市出身。名古屋大学大学院電子工学専攻課程を修了後、三菱重工業に入社。2011年以降のH2AすべてとH2Bで打ち上げ執行責任者。

H3が担うコストダウン

民間で色んな事業が始まっているのは、多種多様な目的があるので、これも一概には言えないですけど、「宇宙空間でないとできないことは何か」とか「宇宙空間をいかに安く利用できるようにするか」という点は、おそらく彼らの大きなモチベーションの一つになっているのだろう、とは思います。
そのために必要な手段や、道具立てを、個別にやりたいといってるのが、民間の動きにおそらく繋がっていると思いますから、それはそれでそういう世界が広がっていくのはもちろん悪いことではありません。
我々の場合は、先ほど言ったようなことが、一番重要だと思っているので。
──先程のカナダの通信衛星の打ち上げなど、国内外の民間の会社からの引き合いやオファーも増えていますか。
増えてはきています。
ご存じだと思いますが、今、日本は次の新しいロケット「H3」を開発していますが、これはできるだけ打ち上げコストを下げて、なおかつ打ち上げのインターバルをもっと短くできるようにしたい、という目的があります。
──今のH2A,Bでは、ロケット打ち上げの価格としては、競争力は厳しいですよね。
そうですね。
今、民間事業者が衛星を持つ民間市場だけ目を向けると、年間平均20基ぐらいで、それを取り合っています。価格も、他国のロケットの本当の価格はわからないので、 お客様の言葉を借りると、H2A,Bが若干高くなってるというのはどうも事実です。
勝つためには価格を引き下げられるようにしないといけないんですが、H2A,Bロケットは残念ながら、我々技術移転を受けてやっているので、移転された技術を勝手に大幅に変えられないというのがあります。
地道にコストダウンはしてるんですけど、大きくは下げ切らないので、それをH3に委ねているのが実態です。
──H3になると、打ち上げまでの期間も相当、違う。これまでのロケットのあり方と大きく変えられるんでしょうか。
まず「これまでと違うようにしないといけない」というのがあります。
今だと、お客様が「この時期に打ち上げてほしい」と言い出していただく時期は、 例えば2年ぐらい前に言っていただかないと間に合いません。
2年半ぐらい前だったらほぼ大丈夫です。
それをいかに、打ち上げてほしい時期に対して、言い出せる時期を近づけるかというのも、非常に大きなことなんですね。
製造の期間と打ち上げに要する期間と、全部合わせ込んだものをいかに短くするかは一つの大きな点ですね。
H3ロケットのイメージ(写真:JAXA)

枯れた技術を組み立てる

──安さでいうとスペースXの話をお聞きしておきたいんです。あれはこれまでのロケットと全く異なる発想で作られたものですね。
我々の市場の中において、一つの脅威であるのは間違いないです。そして、我々が彼らにとって本当にライバルだと目される状態かというと、そうなってないのは事実だと思います。
彼らのビジネスは、ある意味、枯れた技術をシステマチックにどう組み立てるか、だけで勝負しています。なおかつ、それをスケールファクター、つまりいかに同じものをたくさん作るかによって、コストを下げるという極めて工業製品的な発想でやっておられるんだと思います。
我々も、ロケットだからといって、いちいち特別なものではなくて、工業製品化して同じやり方をしていくことが一つのコストを下げる有効な手段にはなると思います。
ですが、彼らの商売のやり方とか、実際の会社のキャッシュフローがどうかは、全くわからないのも事実です。ただ経営トップのイーロン・マスクのメッセージの出し方というのが、やはり面白いので、そこはかなり注視してます。
──テスラの電池も同様の考え方ですよね。逆にいうと、エンジンも含め、ロケットに用いられる要素技術はこの10年、20年の進化は比較的に緩やかだったのでしょうか。
ずばり言うと、革新的な技術は、ここ20年ぐらいで育っているかというと、必ずしもそうではありません。
我々日本のロケットでも、今でこそ違いますが、かつては科学技術開発の最たるものとして、技術的にハードルの高いことにチャレンジをしてきました。なので、技術的には厳しいところで戦っているという感じがあって、それをいかに楽な領域で使うかというのは、本当は安全性、信頼性の担保と合わせて大事なところですね。
スペースXのイーロン・マスク(Bloomberg via gettymages)

アポロ11号が全てだった

ある程度枯れた技術を、しかも無理のない範囲で使えるように仕立てるというのは一つの考えになるので、それに近い考え方でやってるのがおそらくスペースXです。
ただ彼らの細かいところの技術はわからないので、何とも言えませんけど。
──スペースXなどの参入によって、打ち上げの概念は変わってきますか。例えば、打ち上げにかける人数も減ってきたりとか。
そもそも我々は、元々は単なる製造メーカーだったんです。
我々がロケット製造メーカーで、昔でいう宇宙開発事業団(NASDA)、今でいうJAXAさんに製品を納めていた。その時代は、JAXAがそのロケットを打ち上げるときに、支援作業ということで人を出す、というやり方をしてきましたが、今は、ロケットを作ってさらに自ら飛ばして対価をいただく、という商売に変わったので、周辺業務も含めると人はむしろ増えていますね。
──すると、自動化の領域はあまり増えていない?
作業そのものはほとんど自動化できています。
ただ、あらかじめわかっていることを淡々と何事もなく進めていく場合はいいんですけど、打ち上げの当日に何かが起きたときに、リカバリーをしなきゃいけない。そういうタスクを、例えば、最近流行っている人工知能ができるかというと、現状では、ナレッジベースができあがってはじめて意味があるので、そうしたデータはまだそれほど溜まっていない状態です。
──ビッグデータといえるほどの数じゃないですよね。
そうするとやはり、人の判断とか分析を必ずやらないといけないので、当日必ず打ち上げるために最善を尽くそうとすると、必要なエンジニアを現地に集めておかないといけないとか、そういうことは避けて通れません。
──すると、H3とか、今後の近未来のスパンでも、ロケット打ち上げ、輸送サービスというものの形が急変するというより、今のモノがコストダウンして、時間を短くして、というイメージでしょうか。
そんなイメージですね。
当然ながら、リソースをあまりかけなくて済むようにしたいというのはあるので、現地にいつでも人が行けばいいわけでもなく、例えば技術者が(工場のある)名古屋にいて、その時間だけカバーする、といった全体の仕組みは作らないといけないというのはあります。
──今、ベンチャー界隈では宇宙への夢が熱いわけですが、三菱重工という会社で宇宙事業に携わる方は、地道な仕事の側面もある中で、宇宙好きとか、夢を感じてる人が担われている場合が多いのですか。
一人一人聞いたことないので、なんとも言えませんが、もちろん多くはやりたくて入ってくるので、宇宙好きで入ってくる社員が多いですよね。
ただ宇宙といっても、我々は輸送システムがメインです。同じ宇宙でも惑星探査みたいなことに興味がある人は、我々の会社にはなかなか来ないですよね。
我々としては、輸送だとか軌道上活動系、いわゆる宇宙ステーションみたいなものを開発できる可能性がある会社ということで、そこに夢を持つ人は結構入ってきています。
──二村さんご自身は、何か宇宙側でキャリアを築いていきたいと思ったきっかけは。
僕は小学校6年のときの月面着陸、アポロ(11号)、それがすべてです。もちろんそこから大人になるまでに、紆余曲折、いろんな道へ行こうとして最終的にたどりついたのがここだったんですが。
ロケット製造を担う飛島工場(写真:三菱重工業)

民間市場を押さえる2強

──今後、宇宙開発の前線というのは、どういう時代に突入すると思いますか。
ロケットだけ飛ばしてもあまり意味がないので、基本的には宇宙空間でしかできない分野の広がりがないと、モノを運ぶ意味がないですよね。
だからまず、宇宙空間とか宇宙環境みたいなものを使って、それが人類の役に立つという、そういう分野が拡大していくことを一つ期待します。
さらに、それを「深宇宙」というか、さらに遠い宇宙空間でやる場合に、地球上から全部運ぶのは非効率なので、例えば月面に中継基地を作って、そこからモノを運び出していくような世界が両立してくると、空間利用もやりやすくなるし、それに必要な物資の構築も楽になりますよね。
そうなるともっと楽しいですよね。
──輸送サービスも新たな領域に入ってくるわけですね。
軌道間輸送みたいなのもあっていいと思います。
今は、地上からある軌道へモノを入れてますけど、今度は軌道上から別の軌道上へモノを運ぶ、それも輸送になるので、可能性はあります。
──そうした新たな方向性も含めて、今、各国の競争軸はどうなっていますか。
両雄と言えるのが、アリアンスペース(欧州)とスペースXですね。
ここが国策の防衛用の衛星を除いた、民間商売の衛星の打ち上げ市場に限ると、この2社がかなりのシェアを取っています。ロシア(のプロトン)も一時期、スペースXよりもはるかに良かったんですが、そこのシェアも逆転してしまった。
今は2社が独占まではいかないですけど、市場をシェア的にだいぶ押さえてる。
──民間の市場自体は、大型でも拡大はしていくんですか。途上国とか新興国とかで。
通信インフラや放送系のブロードキャスト、あるいは気象衛星などは全部静止軌道に入れなきゃいけないので、需要はあると思います。
ただ国によっては自力で持てないという場合もあるので、一概に需要が増えるかというと、わかりにくいですね。
もう一つは資源探査などの需要も出てくると考えています。これは民間というより、それぞれの国が自分で持つ意欲が出てくれば、市場は広がるのではないでしょうか。

気になる中国の動き

──どちらかというとベンチマークはアリアンになりますか。
アリアン5というのは、静止軌道にぶち込むのが得意ですね。そういう意味では、彼らはそこを完全にターゲットにしていますよね。
──安さも兼ね備えているのですか。
価格は何ともいえませんが、アリアン5というロケットは、デュアルローンチといって衛星を2個同時に運べる能力があります。逆にいうと、能力が高すぎて、1個だけ打ち上げるとおそらく割高になりますね。
彼らも今、「アリアン6」を開発しています。やはりデュアルローンチには難しい部分もあって、同じような時期に、同じような軌道に入れてほしいという衛星が2個集まらないと打てない、という点がありますので。
だからアリアンスペースも、デュアルローンチベースで考えるとき、お客さんを取ってくるのは簡単ではないでしょうね。
──中国などの動きはいかがでしょうか。
中国が、今後どういう動き方をするのかよくわかりません。
彼らは単純に商業打ち上げというよりは、パッケージでインフラを作ってしまって、それをデータとして提供するみたいなやり方をしてるみたいで、なんともいえません。
──宇宙との通信を用いたビジネスが地上では構想されていますが、それによる需要増はありますか。
日本では、準天頂衛星を急いでいますが、あれで何ができるかというと、農業でどう耕地を耕せば、一番効率よくトラクターを動かせるか、などの可能性があります。コマツがやっていたりする範囲ですね。
最後はいかに人の役に立つか、フィードバックをかけないと意味がないので、いわゆるニーズがあって成り立つというものと、新しくできるようになったことを提供することで新しいニーズが生まれるという、両面があると思います。
準天頂衛星「みちびき」初号機のCG(写真:JAXA)

ベンチャーとの連携も

──今後は新規参入も含めて、宇宙が一般人にとっても身近になってくるのでしょうか。
そこは何とも言えないですが、わざわざ宇宙に行かなくても地上でできるじゃん、ということは地上でやればいいという側面もあるので。
ただ、宇宙へ行くからこそできるようなことや、宇宙空間を使うことで、すごく楽になるようなことが出てくればもちろん広がっていきますよね。いずれにしても、やはり費用的な問題を考えると、そんなに爆発的なことにはなりにくいかもしれません。
──二村さんは、1年間で累計するとどれぐらい種子島にいるんですか。
1基の打ち上げで1カ月なので。5基打てば5カ月です。大体、日帰りも入れると、年間200日は出張していますね。
──種子島以外にも海外へも。
海外はたまに行きます。カンファレンスなどというよりは、話のネタをほじくりに行きますね。例えば、それこそベンチャー企業と話したり、とか。
──そういうこともやってるんですね。
もちろんやりますよ。ロケット作って飛ばしていくらの商売だけじゃ、先が見えていますね。
我々も、宇宙事業をやる限りは、ロケットを飛ばすだけの仕事よりは、宇宙空間でしかできないことで、新しい事業の芽があるのかないのか、ということも当然見ていきたいですしね。新しい芽が出てくれば良いですよね。
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