【直撃】こうのとり成功、ロケット打ち上げ「日本の強み」とは

2016/12/10
国際宇宙ステーション(ISS)に物資を届ける日本の無人輸送機「こうのとり」を載せた国産大型ロケット「H2B」が9日、種子島から打ち上げられた。
この打ち上げで、H2A、H2Bロケットは31回連続で打ち上げが成功し、成功率は97.3%にまで上った。
NewsPicks編集部は、この打ち上げに先立って、その最終責任を担う三菱重工業の二村幸基執行役員フェローのインタビューを実施した。ロケットを打ち上げることの使命から、スペースXなど競合との競争、宇宙開発の未来まで語ってもらったインタビューを2回にわたって掲載する。
──まず、ロケットの打ち上げ責任者という職務は、なかなかイメージできない部分も多いのですが、一番難しいのはどのようなところですか。
イメージが伝えにくいんですが、最終的には「ロケットを打ち上げるかどうかを決める」、単純にいえばそれだけの仕事です。
ただ、打ち上げに向けて、「打ち上げていい」と判断するまでの様々なステップがありまして、打ち上げ当日でいえば、まずロケット本体がちゃんとできあがっていることが大前提ですよね。
──はい。
日本のロケットの場合、基幹ロケットは2種類ありますが、大きくいうとH2A、Bシリーズと、イプシロンというのがありますが、今日はH2A、Bについてお話します。
H2A、H2Bは、燃料が液体水素を使っているということで、打ち上げの当日に燃料を詰める作業があるんです。燃料を詰める作業は、打ち上げの当日しかやらないので、別の日は一切やらないものです。
なので、ロケットはきちんとハードウェアとしてはできあがっていて、後は燃料を注入して打ち上げに向けて最終的な準備を整えるという作業を当日やります。
二村幸基(にむら・こうき)/三菱重工業執行役員フェロー(防衛・宇宙ドメイン技師長)
1957年生まれ、名古屋市出身。名古屋大学大学院電子工学専攻課程を修了後、三菱重工業に入社。2011年以降のH2AすべてとH2Bで打ち上げ執行責任者。
当日、その液体水素を充填して、液体酸素も入れていきますし、ヘリウムガスも入れるんですが、そういった燃料ガス系を当日詰めていくので、そのときにロケットの状態が健全であることは、当然その場で判断していかなければいけない。
そういったようなのも含めて、ロケットとして完璧な状態にあるか、ということが一つの確認事項です 。
──当日の確認事項が多いわけですね。
さらに、「ペイロード」と言うロケットが運ぶ荷物、これは衛星であったり、探査機であったりしますが、その状態が健全であることも当然です。
ほかにも、 地上の設備の確認があります。ロケットは飛んで行って、後はほったらかしというわけではなく、レーダー追尾をしたり、飛んで行く軌道に対して、計画軌道から大きく外れると、地上から指令破壊といって、破壊することになっていますので。
我々がやっているのは執行業務といいますが、それとは別に安全管理業務というのがあって、それはJAXA(宇宙航空研究開発機構)さんがやってる。
つまり、私は「飛ばす側」ですが、飛んで行った軌道をずっと見ていて、安全が確保できないと思うと無慈悲に爆破指令をするというのがJAXAですね。
そうなると、高価な衛星も全部失われてしまうので、やはりその準備が完璧であるかどうか、また追尾のステーションも全部準備が整っているかも、チェックします。
つまり、飛ばす道具と、飛ばす荷物と、飛ばすために下で支えてる設備が、すべて準備が整って良好な状態にあるかどうか、打ち上げの判断に必要な条件です。
──これらを全て当日確認した上で、打ち上げると。
最後、もう一つは天候の関係で、飛ばしていい天気とそうでない天気があります。細かい条件はたくさんありまして、風、雷、雲の厚さ、などを含めて打って良いかを判断することになります。
そうした基準を全て満足できるかどうかは、全部私のところに情報が集まってくるので、それを総合的に判断して、最終的に打つかどうかを決める、のが仕事ですね。
──その中で、数値化できるバロメーターはどれぐらいあるんですか。
数は数えたことがないですが、かなり多いですね。
──最後の判断は、自動的に判断できるものではなくて、やはり二村さんご自身があらゆる数値を見た上で、自分の経験も基に人間的に最終的決定をされる形ですか。
必ずしもそうではなくて、今全社でオートマチックに判断できるようにしています。
特に、ロケットの状態は、基本的に作業も自動化されているので、判断そのものは自動です。天候に関しても、気象データが提供されて、最終的に基準を満たしているかどうかは、値が出てきているので、それは一義的に決まります。
ですが、実は天候の判断というのは1日1回だけではなく、前の日からスタートして何回も積み重ねが必要なんです、決まったルールで雲が動かないので。
気象予報も、データのトレンドや推移、その瞬間の予報だけ見るのではなくて、数日前からの動きを見ながら、最終的にはそれでいけるかどうか、を見極めます。
ここには若干人間の判断があるかもしれません。
2015年11月に打ち上げ成功したH2Aロケット(三菱重工業提供)

「止める判断」の方がいやだ

──職人的なイメージがあります。
少しはありますが、基本はレギュレーションがあって、それにきちんと適合しているかどうかは、基本的には自動的に判断できますし、機械的に判断できるものが大半です。
ですが確かに、今いったような要素は、少し(人間的な)さじ加減があります。
──最終決断されるときは、相当緊張されるタイミングですか。
確かに緊張はしますが、ロケットの仕事というのは、典型的な「緊張と緩和」の仕事だと思っているんです。
打ち上げて、実際に衛星を分離して軌道に投入するまでは緊張のピークです。ですが分離して成功した途端に緩和するので、極端にゆるむ、そういう世界ですね。
──最後は一人なんですね。
最終判断は一人です。
──誰かに責任をなすりつけられないですものね。
それはできません。
打ち上げ執行という役割は、飛ばすために必要なことは全部私が判断します。
安全管理はJAXAがやってるので、例えば、飛ばして行ったときに、ロケットが捨てていく色んなものが落ちるところに、船が入ってないかどうか監視したり、そういうところはJAXAがミッションを果たしていますね。
──打ち上げ執行の責任者には、修業期間はありますか。
ないですね。私は元々、技術屋で開発をやっていて、ある時期からロケット関係のプロジェクトマネージャーをやっていたので、基本的に技術的なものと製造、運用、それ全部見ないといけなかったんです。
それを何年か経験したことが、今の土台にはなっていると思います。
──これまで「打ち上げ延期」という判断を下したことは。
私が責任者になって当日やめたのは1回だけです。通常は2日ぐらい前に延期を決めますね。大体そんなパターンでやってます。
──当日やめる場合の苦労は。
例えば、天候がずっと悪くて、打ちたい時期に「このタイミングしかない」となると、少し無理して突っ込まないといけません。
その場合、先程申したように、H2A,Bロケットは当日に液体水素を詰めることになりますね。本当は、この液体水素を詰める前にやめるほうが、後戻りの作業としては楽なんです。そこが最大の引き返しポイントですね。
でも、燃料を詰めてから、やはり困難だということで止めたことも、私自身ではないですが、過去にはありますね。
──止めるという判断は相当苦しいですよね。
止める判断のほうが、実は嫌ですよね。
──顧客は、やはり早く打ってほしいという気持ちがある。
打ち上げ当日は、全部を見て、私の心情としては納得感がないと打たない。ので、一点でも不安要素、疑問があると、基本的に打たないです。
「打つ」という判断も大事なんですが、「打たない」という判断も非常に大事です。納得感はどうしても要ります。例えば打ち上げの当日も、作り上げたロケットに、初めて水素を詰めるので、想像しないようなことが起こり得ます。
そのトラブルがあったときに、本当に打っていいのかどうか、そういう判断もその日に加わりますしね。
(三菱重工業提供)

打ち上げ成功率がカギ

──延期すると、もう一度緊張を味わわないといけない。
打ち上げの当日は、全てを総合的に判断して、できるだけ打ちたいわけですから、絶対に打っていい機会ということだけ必死に判断しますね。
打ち上げ前日までは、ちょっとでもトラブルがあれば、すべての作業を止めてそのトラブルを復旧させないと意味がないので、それまではそういうことの繰り返しです
──H2A,Bロケットの最大の強みは、打ち上げ成功率ですね。それが、そうした判断の積み重ねで生まれているのですか?
(打ち上げ成功率は)今ようやく97%超えてきましたね。
──H2A,Bロケットは、他国とくらべて価格優位性がない以上、より確実に成功させないといけないというプレッシャーは強いのでしょうか。
我々は、オンタイム打ち上げ率というのも出しています。
これは、ロケット本体とか設備とか、そういった要素ではなくて、天変地異が原因で延びたこと以外の要因では延期せず成功させるということを言っています。
日本のロケットの場合は、オンタイム打ち上げ率は9割を超え非常に良いんです。
──海外のロケットと比べて、オンタイムが高い要因は何ですか。
どうなんでしょう。
元々、日本のロケットは、アメリカからの技術導入ですが、少なくともアメリカの技術導入をしたときに教えを請うた内容は、全部引き継がれているし、やるべきことは淡々と省略することなくやっています。
話が飛びますが、日本のロケットは、 H2シリーズまでは10基以上飛ばしたことがないんです。N1、N1、H1、H2まではすべて一桁台でシリーズが終わってる。
H2Aになって、この前31号機までいきましたし、H2Bも今回の「こうのとり」で6号機を打ちますね。
つまり、ようやくデータらしいデータが貯まってきたところなんです。
過去のデータも全部比較しながら、日々技術的な評価の中で、疑問を少しでも生じたものは徹底的に解明するということを、ひたすら繰り返すことで、今の信頼度にようやくたどりついたかなと思っています。
──例えば海外の失敗事例とかも、参考にしますか。
もちろんします。なかなか情報は出てきませんが、出てきた情報を我々なりに分析して、同じようなことが発生し得るかどうか技術的に評価して、もし同じようなポテンシャルがあれば、それを改善しないと打たない、ということは当然繰り返しています。
──そういう努力の下で、世界トップレベルの成功率がある。
成功率だけでいうと、世界のトップクラスに肩を並べていると思います。
──そこに反応してくれるお客さんも増えている。
「衛星を打ち上げてくれ」というお客様は、成功してくれないと事業が始まらないので、当然成功率というのは非常に気にされますね。
ただ成功率だけでいうと、今どこの国のロケットもかなり良くて、お隣の大きな国もそうですけど、みんな95%を超えるようになってきました。ロシアも一時期ソユーズがちょっと失敗続きましたが、アンガラという新しいロケットを開発していますし。
だから成功率だけで、大きな差別化になるということは、だんだんなくなってきている時代ではないかと思います。
──なので成功率だけでなく、オンタイムが重要だと。
成功率だけの差別化は難しいので、やはりお客様が望んで決めた打ち上げ日から大きくずれることがない、というのが、我々が世の中にアピールしていく大きなポイントになっています。
某ロケットは何カ月待ちというケースもあったりします。
それをお客様が待てる余裕があるのであれば、そういうロケットを選べばいいですし、「やっぱりこの時期に確実にあげたい」という場合は、我々のような特徴を持っているロケットを選んでいただくのがいいかな、と思っています。

ピンポイントで打つ

──オンタイムでできるのは、どういう実力によってもたらされるのですか。
ちょっと負の言い方をすると、「無理しない」ということです。
打てるかどうかわからないのに、とにかくお客様の注文だけ取りまくる、ということはしません。確実に、お約束できるものを、確実に契約いただいて、確実に履行するということを愚直にやっている、というのが要因の一つだと思います。
──今は、国のプロジェクトの他に、民間の受注も少し増えていますが、全体で年間どれぐらい飛ばせるんですか。
今のH2A、H2Bであれば、年間4、5基ですね。これは打ち上げ射場の設備のキャパもあるし、当然製造設備のキャパもあります。
それを全部加味していくと4基が常にあって、たまに5基ぐらいが身の丈かなと思っています。ただ、ここから1年間を見るとその数を超えてますが。
──打ち上げの準備自体は70日ぐらいかかるとか。
実は、最近最短で56日という実績があって、さらにそれを縮めようとはしています。
──そういう努力をすると、今年のように5基以上もできるようになる。
ただ、それがずっと続くと厳しくなるんです。
今は、打ち上げ本数が多めに入ったときでも、なんとかやりくりできるように、例えば宇宙センターの設備を増設したりしながら、できるだけインターバル縮めて、ということをしています。
──すると打ち上げ設備の短縮だけでなく、製造側がなかなか難しい。
正直いうと製造のほうが厳しいですね、今は。
──今回「こうのとり」はH2Bですが、H2Aと違う難しさはありますか。
打ち上げる、という行為でいうと、何も変わりません。
ただ、間違いなく「こうのとり」の打ち上げというのは、決められた日のワンポイントでしか打てないんです。要するに、時間をずらしてなんとか粘って打つということができないので、何時何分何秒と決まったら、そこに打たないとその日は打てない。
これは軌道制約上の問題です。
──スナイパーみたいですね(笑)。
そんなに特殊ではないんですけど、「こうのとり」は、確実にそういう打ち上げの制約があるので、狙ったピンポイントで打てるように準備をするという意味では、いろいろ工夫をしますね。
──天気は変えられないですから、それ以外の要素をすべて合わせていかないといけない。
H2Aロケットでは、静止トランスファー軌道から、静止遷移軌道へ入れるんですが、それは少し幅があって、長いものだと3時間ぐらい外れても構わないんです。
こうのとりの場合は、そういう打ち上げのときとは、少し神経の使い方を変えないといけない、という点は確かにあります。ただ、打ち上げそのものの全体を見渡せば、まったく同じだと思ってやっていますが。
こうのとり(HTV6)(写真:JAXA)

宇宙ベンチャーが盛んに

──種子島という場所から打つ難しさは。赤道に近ければ近いほど打ちやすいわけですよね。
その点は、少し話は長くなります。
まず民間の衛星は大半が静止衛星で、通信にしても何にしても、静止衛星は赤道面上なので、赤道の直下から打ち上げれば、ほんとに真上にあげてピッと曲げれば赤道面に入るんです。
ですが、緯度が高い場合には、軌道面が傾くんですね。
そうすると、軌道面が傾いた分を、赤道面に合わせ込むために、衛星ががんばって入っていかないといけない、という風に、衛星に負担が少し強くなるので、緯度が高ければ高いほどあまり有利ではないのは事実です。
ですので、ロケットは工夫をして、例えばH2Aだと29号機で高度化という作業をやりました。カナダのTelesat社の通信衛星を打ち上げた時に、二段部分を含めて、飛行時間を4時間半ぐらい飛ばしたんです。
これは通常は30分ぐらいなんです。静止に入れるにしても。
通常は30分ぐらい地球を半周回ぐらいしたところで、赤道の真上ぐらいで衛星分離して、少しロケットで傾けてあげるんですけど、これを補正するのは衛星側が一番遠い3万6000キロに近いところで、自分で軌道に入るときに変えるんです。
高度化では、それをロケット側で負担できるようにするため、4時間半ロケットを飛ばして、一番遠い3万6000キロの近いところまで2段ロケットで持っていって、最後少し軌道面を変えて、スピードをかけてあげて、衛星を分離すると、衛星側はその分燃料を使わないので、衛星が楽になるということをやってます。
そういう風に、緯度が高い場所から静止軌道へ打つには、そういった工夫をしないといけない。ロシアなどは、もっと緯度が高いところから打ってますので、3段ステージを持ったりして、3段でそういうところに曲げていくような打ち方をしている。
緯度が高ければ高いほど、赤道面上の静止軌道へ入れるのは工夫がいるのは間違いないです。不利かどうかといえば、有利ではないですね。
今、赤道面へ入れやすいのは、欧州の「アリアン」です。ギアナから打ってます。直下とはいいませんが、ほぼそれに近いですね。そういう意味では、民間ベースでなおかつ静止軌道へ入れようと思ったら、楽は楽なんです。
ただそれ以外にいろんな軌道があります。
──民間ベースの話でいうと、静止衛星が多いと。
最近、ベンチャーの方々は、静止とかではなくて、非常に小さな衛星を低い軌道で入れたりされているので、そういう場合は異なりますよね。
──ベンチャーは増えてきてますよね。
いろいろな目的で、小型衛星を作っておられる方がいますし、それをいかに安く打つかも重要で、堀江貴文さんがやられた会社とか出てきていますよね。
──一気に色んな名前を聴くようになりました。
堀江さんがやっている「インターステラ」は、超小型衛星をいかに安く打ち上げるかという点も含めて、スタートされた会社ですね。
日本のベンチャーだと、本社はシンガポールにありますが、「アストロスケール」という会社が、宇宙デブリの回収ということに特化して会社を興していますよね。
宇宙ベンチャーの関係は日本のみならず、各国盛んになってきています
*明日(11日)掲載の後編では、スペースXを含めた各国のロケット開発競争や、宇宙事業の未来についての内容を掲載します。