製造業のこれから。AI時代に人の仕事はどう変わる

2016/12/14
少子高齢化により減少し続けている日本の労働力人口。国が推進する女性やシニア、外国人人材の活用に加え、労働力を補うと期待されているのがロボットやAIだ。その普及に伴い、産業や働き方はどう変化するのだろうか。AIやロボットを活用した新たな産業革命「インダストリー4.0」、その発信地であるドイツに本社を置く、グローバルなモノづくり企業シーメンス。同社の日本法人社長の藤田研一氏と、日立製作所の研究開発グループでビッグデータやAIの研究を行う矢野和男氏に話を伺った。

日系製造業のテーマは平準化

――シーメンスはドイツを中心に、世界中でモノづくりを行っています。藤田社長から見て、製造業における日本とグローバルの違いを教えてください。
藤田 日本の製造業は“部分最適”になっているケースが多くあります。設計、製造、出荷などの各工程で、それぞれが最適化を追求してしまうため、バリューチェーンにボトルネックが生じやすい。
平準化が基本の基幹業務システムERP(Enterprise Resource Planning)の導入においても同様の問題は起こってしまいました。
弊社もインダストリー4.0を推進する中で、顧客に合わせて製品をカスタマイズしますが、それをどこまで追求し、どこまで平準化するかが大きなテーマだと考えています。日立製作所の場合はいかがでしょう?
矢野 日立製作所にはさまざまな事業体があり、グループで合計1000社近くあります。現在、全体最適の観点から平準化に向けてグループで取り組んでいますが、M&Aなどもありますので、システムもすべては統一されていません。
本来であれば各社のデータを用いて、メインである製造業の生産性向上につなげたいのですが、やはり平準化されていないことがネックになりますね。
とはいえ全てを平準化することはできないので、既存のものは認めた上で、コストをかけずに活用するにはどうしたらいいか、その点で工夫が必要です。
藤田 平準化は大きなテーマですよね。日本の製造業で海外生産比率が高い場合、国内のマザーファクトリーとシステムでつないだとき、グローバルスタンダードにより近い海外工場のシステムの方が互換性で優位になってしまうことが多くあります。
システムを日本式にカスタマイズしつつ、海外基準に合わせてどのように平準化するかは、今後の日本企業におけるIoTで大きなテーマになると思います。

AIは異星人ではない

――ロボットやAIの推進によって生産性が向上する一方、人間の仕事が奪われるという脅威論があります。それについてはどうお考えですか?
藤田 ドイツのアンベルクにある弊社の工場は、設立から25年間、従業員がずっと約1000名で推移しているのですが、生産量は設立時の8倍になっています。
インダストリー4.0(第4次産業革命)の思想でロボット化、デジタルファクトリー化を進め、現在の自動化率は75%以上に。さらにビッグデータも活用して、生産性の向上につなげています。
生産性が向上したからといって、人間の仕事がなくなったわけではありません。なぜなら肝心の「産業用ロボットをどう使うか」は、人間が考えるほかありませんから。
インダストリー4.0の推進によって、製造業者は顧客ごとに異なる多品種のオーダーを、量産品と同じコストで作ろうと目指すようになります。
すると作業員は知恵を働かせて、AIやロボットをどう使えば実現できるか考えるようになる。従来は決められた作業だけを行っていたのが、一つ上の次元に進むのだと思います。
矢野 AIって、まるで異星人のような扱いになっていますよね(笑)。
映画「2001年宇宙の旅」で、コンピュータのHAL9000が人間を殺すシーンがあり、AIが怖いというときに引き合いに出されることが多いのですが、そもそもHALを作った人のことが映画には出てこないのがおかしいと思うわけです。
AIを作ったのは人間です。制約もスペックも検索項目も出荷責任も、全て人間によって決められたもの、ということを忘れてはいけない。
脅威論についても、そういう基本的なリテラシーを持った上で議論することが大事だと思います。
藤田 ドイツでも政治家たちが、「フランケンシュタイン・シンドローム」と呼ばれるAIの脅威について議論しています。ただ政界とは異なり、産業界では「機械は人間を助け、共生するもの」という思想が根底にあります。
矢野さんのおっしゃる通り、「作ったのが人間ならば、どう使うかも人間が決める」という視点を持って議論していくべきですね。

SIer からAIerへ

――AIの登場によって仕事が変わるのはごく当たり前で、脅威ではないというのがお二人の認識ですね。
矢野 仕事は時代によって変わります。私も日立製作所に入社し、最初は半導体チップの設計をしていましたが、33年間のうちにガラッと変わりました。AIに仕事を奪われたのではなく、産業構造や顧客の需要が変わっただけなのです。
もっと大きいレベルで言うと、私の生まれた頃、日本の半分は農民でしたが、今や農業人口は全就業人口の1%以下。でも農業が無くなったのではなく、新しく生まれた別の仕事に移っただけですよね。
進歩することは、同時に変化するということ。仕事の種類や中身、カテゴリーが変わるのは、AIにかかわらずこれまでも常に起きてきたことで、やむを得ないでしょう。
藤田 18世紀の産業革命でも、人力だった動力が水や蒸気に変わりました。でも人間の仕事は失われず、もっと高度な次元に移っていきましたよね。それと全く同じことだと思います。
矢野 面白いことに、今から60年前に書かれた本にも、コンピュータやオートフォーメーション化への脅威がたくさん書かれているんです。それをAIに置き換えると、今読んでも成立する。
つまり仕事の変化は、AIうんぬんではなく、進歩の過程でずっと昔から起きていることなんです。
藤田 弊社では、世界中の風力発電所の風車を約1万台、遠隔で管理しています。送られてくるさまざまなデータを自動処理し、判断基準としているのですが、「この傾向は異常の前触れ」と予知判断をするのは人間です。
しかしこのノウハウをAI化すれば「故障する可能性があるので現場を確認してください」と予知判断から作業指示まで行えるでしょう。そして人間は、さらに高度な仕事に移っていくはず。
そういう意味で、あらゆる業界においてサービス分野が変わっていくと思います。
矢野 そうですね。蓄積するデータは、人間の五感では気づけない情報が必ずあります。マニュアルや設計書にはかけないような、わずかなブレや揺らぎの中に一貫したパターンがあり、それが発生すると事故につながりやすい、というような。
そんなわずかな兆候もきちんと捉えて、効率的かつシステマティックに次のアクションに結びつけることが、AIの役割になっていくと思います。
――AIの普及に伴い、どのような仕事が新たに生まれるとお考えですか。
矢野 コンピュータの出現によって、製造する人、開発する人、使う人、コンサルティングする人などさまざまな仕事が生まれました。同様に、AIを用いてシステム開発をしたり、役立つ仕組みづくりをしたりする人がたくさん必要になる。
個人的には、SIerが“AIer”になるのではないかと考えています。
藤田 面白いですね。ドイツには、高い技能を持った人に与えられるマイスター制度があります。今後は技能そのものに与えられるのではなく、「AIを活用していかに製品を作るか」「AIにどのようなノウハウを移植するか」といったマイスターが生まれるかもしれませんね。
矢野 それとAIは、人々の能力の増幅も担うでしょう。2045年、先進国における平均寿命は100歳を超えると言われています。すると必然的に働く期間も長くなる。昔であれば、シニアになるとマネジメントはできても、現場の技術についていけないことがありました。
けれどテクノロジーを活用することで、膨大な文献を調べたり、海外で行われた学会の内容を見られたりと、私のように50代であっても効率的に能力をアップデートできます。100歳まで人を活性化させるために、能力を増幅させるのはAIの役割で、そういった需要も増えていくと思います。
加齢により能力の衰える速度より、テクノロジーの活用によって能力が向上する速度の方が速くなれば、年をとっても能力が衰えなくなる可能性があります。既に私の日常の中にも、その兆候は現れていると思います。

左脳の働き方から右脳の働き方へ

――それでは具体的に、人の働き方はどのように変わっていくと思いますか?
矢野 大きくはルール思考からアウトカム思考に変わると思います。20世紀はルールを決めて、マニュアルを作成して標準化し、それを順守していく働き方、つまりルール思考でした。
それは今後も必要ですが、より良いサービスを提供するためには変化を認識し、フレキシブルに対応しなければなりません。多様性が求められる中で、硬直的なルール思考では破綻するでしょう。
一方アウトカム思考は、結果の数字を目的に、実現手段をフレキシブルに変えていく働き方。先ほどお話ししたような、五感では分からないわずかなブレや揺らぎを察知して、最適な方法で実行する。AIはまさにそのためのツールなのです。
今まではコスト面で難しかったのが、近年はようやく基盤ができつつあります。AIを活用することで多様性に対応しつつ、一人ひとりの強みや特徴を生かして自由度の高い働き方をしていく。それをみんなで目指していくべきですね。
藤田 私も働き方はもっと自由になると思います。ルールや規則の中で働くのが20世紀流のロジック、要は左脳の世界ですよね。けれどAIの普及に伴い、どう使うかをクリエイティブに考える必要があります。
右脳を使ったより高度でクリエイティブな活動が求められ、それに伴って新しい仕事がたくさん生まれると思います。
――そういった変化についていくために、企業やビジネスパーソンはどのように備えるべきでしょうか?
矢野 私が思うに、まだまだ日本は根性論や人情論が強い。そこに、人間に関する科学要素をもっと取り入れるべきです。
今年のアメリカの経営学会で、メインテーマの一つは「マインドフルネス」でした。経営者が従業員のクリエイティブを上げるために、瞑想を取り入れる研究を真面目に進めているのです。
日本にルーツがある禅に、心理学や脳科学などを加え、企業経営に活用するというアメリカの活力を見習うべきです。日本でも、より科学的なアプローチが広がる必要を感じます。
藤田 禅はスティーブ・ジョブズも好きでしたしね。京都のお寺で座禅を組みながら、次の経営プランを練るのもいいかもしれない。
矢野 結論として、AIが補ってくれる部分はたくさんある。だから人間はクリエイティブを磨いて、AIに代替されない領域を強化していくことが必要です。
藤田 その通りですね。今は計算をするのに、紙に書いてする人はいません。電卓やスプレッドシートで行った方が、よほど正確で高度にできるからです。
人間はその数字を見て、何をすべきか判断する。AIの普及とともに、仕事の流れや働き方もきっとそういう方向に変化していくでしょう。
(編集:田村朋美、文:肥沼和之、写真:須田卓馬)