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毎日、作業服を着てヘルメットをかぶり、安全靴を履いて仕事をしたとのこと。メーカーの現場経験が今日に生きているのでしょう。私も帝人で3年間三交代勤務をし、工場に11年いました。それが今日の礎です。現場は大切です。
日本企業は新卒一括採用から暫くは、現場で修業させることが多いです。僕も銀行に入って3年間は池袋支店で、札勘定・ATMの後ろ側の現金詰め替え、鉄道会社の集金での重い硬貨運び、店頭客の対応等々、ありとあらゆるつらい下積みをしましたが、考えてみれば、そういう現場の最前線を知ったことがその後のキャリアに役立ちました。そうやってゼネラリストを養成する日本式の仕組みがいいかどうかは別の問題ですが、日本の大企業に入っていったん終身雇用のシステムに組み込まれた場合は、初めの5年間くらいは、どんな仕事でも我慢して学んだ方がいい。

いや、仮にその後他の会社に行ったり起業したりする場合でも、そういう現場経験、忍耐経験はとても役に立つ。人生無駄なことは何一つないです。さて玉塚さんはその後どうなっていくのでしょう。
意に沿わない配属で色々学ぶ。非効率に見える日本流の育成ですが、僕も結構好きなんですよね。そこでどうやって一生懸命頑張るか、という向き合い方でその後のビジネス人生は結構決まってしまうような気がします
【第4話】大学卒業後、旭硝子に入社したローソン会長の玉塚元一さん。「いよいよ国際的な仕事につけると思っていたら、配属されたところは千葉県市原市にある工場でした」。最初は気が進まなったものの、「あのときの経験が、今の私の土台をつくっています」と言います。
「当時私は、一人前のビジネスマンになるなら、英語と財務会計とコンピューターの3つに詳しくならなければいけない、と思っていました。」…という下りですが、私も全く同じことを言われたことがあります。

慶應ソッカー部時代に、後輩で後に名門FCバルセロナで働く初のアジア人となる斎藤聡氏(https://newspicks.com/news/1351398/)に連れられて行ったアメリカにある彼の実家で、事業家としてアメリカン・ドリームを地で行っていた彼の父親に、全く同じアドバイスを受けました。

これは、今の日本の若い人たちにも、参考になるアドバイスだと思います!
最初の3年で、結構その後のキャリアは決まってしまうと思う。どんな配属であれ、まずは前向きに取り込むことは重要。
知らないことを毛嫌いせず短期間に継続的努力してキャッチアップする、こういう基礎がないと、どこにいっても通用しないでしょうね。知らないことを無視せずにしっかりと聞く、これは若い時も年を重ねても非常に重要なことですね、自戒を込めて。
同じく、工場現場で仕事をしていましたが、現場経験はとても生きていると思っています
当時のラグビーマガジンは主要チームの部員の名簿と就職先まで出ていたなあ。今だと個人情報保護法があるから無理だけど。慶應に限らず、強豪大学のレギュラークラスでもラグビーの強い企業に入った人ときっぱりやめそう(ラグビー部の無い企業)な人に分かれていたような記憶がある。
この連載について
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような生い立ち、人生を送ってきたのか? その深部に迫ることで、イノベーションを起こす源泉をたどる。
AGC株式会社(エイジーシー)は、世界最大手のガラスメーカーである。1907年創立。三菱グループの一員であり、三菱金曜会及び三菱広報委員会の会員企業である。2016年現在の主力製品は、建築用ガラス、フッ素化学製品。 ウィキペディア
時価総額
8,370 億円

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