SPEEDA総研では、SPEEDAアナリストが独自の分析を行っている。10月にAmazon unlimitedで一部書籍の配信停止問題があったが、低迷する出版業界にとって定額サービスは救世主となるのかを音楽業界なども見ながら考えてみたい。
低迷する業界で伸びる電子書籍
出版不況が言われて久しい。特に雑誌の売上は低下の一途を辿り、連動して広告収入も減少、二重の痛手となっている。
そんな中唯一拡大しているのが電子書籍・雑誌市場である。2020年にはそれぞれ現在の約2倍に拡大するとの予測がある。出版市場の縮小がこのまま継続すれば、同年には出版売上の3割を電子書籍が占める可能性もある。
電子書籍の中でも2016年は楽天マガジンやKindle Unlimitedなど定額サービスが開始され、多くの注目を集めているが、以下ではこれらのサービスが出版業界の起爆剤となるのかを検討する。


出版社の立ち位置は弱め
本稿では電子書籍に着目するが、まず出版関連業界の簡単な全体像を下図に示す。
書籍は出版社から印刷業者に発注され、取次と呼ばれる専門卸事業者を経て書店で販売される。これは電子書籍でも同様である。
また、逆のルートで売れなかった書籍は出版社に返品される。返品率は書籍で2割、雑誌で3割程度で、このリスクは出版社が負う。
詳細は割愛するが、出版関連業界では、出版社や書店よりも印刷や取次の事業者の方が規模が大きい。他事業を含む全社売上では、主要出版社に対し取次が5倍程度、印刷が10倍以上となる。電子書籍においてもAmazonやドコモ、LINEなどプラットフォーム提供者の方が大手であり、出版社の力が相対的に弱くなりがちだ。
なお、印刷や取次という流通ルートについては、オンデマンド印刷という受注後に即時印刷・出荷するシステムが登場しており、この構造も徐々に変化していると考えられる。
定額サービスが隆盛
本題に戻って電子書籍・雑誌の定額サービスを考える。
未だ確立された市場とは言いがたいが、一足早く展開していたNTTドコモのdマガジンをみてみよう。
2014年のサービス開始から順調に契約数を伸ばしている。売上に換算すると、2015年度は42億円相当と推測される。
まだ雑誌市場全体からすれば1%程度の規模ではあるが、大幅な減少が続く雑誌業界においては貴重な動きといえる。

ヘビー・コアユーザーが市場を担う
しかし、電子書籍の定額サービスは本当に業界にとってプラスなのだろうか。
一般にこうした定額サービスは、①安定した収益、②既存のサービスでは需要を取り込めていなかった層を獲得することでパイ自体を大きくする、というメリットがあるとされる。
①については該当するだろうが、②については考える余地がある。
まず「既存のサービス」の構造をみてみよう。
書籍の購入頻度調査から推測すると、書籍市場のうち1ヶ月に数冊以上購入するコアユーザーやヘビーユーザーが中核を占めると考えられる。1~2カ月に1冊程度のミディアムユーザーは2割前後であろう。

ヘビーユーザー移行で市場縮小の恐れ
次に、電子書籍・電子雑誌の定額サービスの加入者が増えた場合、どれくらいの売上が見込めるのかを試算する。
ヘビーユーザーやコアユーザーが定額サービスを利用(個別に購入していた書籍分を定額サービスで代替)することで、従来の個別書籍の購入が減少した場合、市場全体としてはむしろ縮小傾向となる恐れがある。
定額サービスが拡大しても、コアユーザーが離れれば個別書籍の売上減少を補うことは難しいかもしれない。

では定額サービスは業界にマイナスなのかというと、そうとも言い切れない。
ヘビーユーザーの消費水準を維持したまま、ミディアムユーザーやライトユーザーが定額サービスを利用すれば、その分が加算される(加算シナリオ)。

つまり、ヘビーユーザーが購入する新刊書籍を定額サービス外とし、個別の書籍購入を維持しつつ、ライトユーザーには定額サービスで利用を広げることができれば市場を拡大することができる。
音楽配信は定額サービスで好調
この点、うまく市場を広げているのが音楽配信市場だろう。
先行している米国をみると、音楽配信は低迷する音楽業界を支え、ここ数年は音楽売上の回復に大きく寄与している。特に定額サービスはCDなどパッケージ売上の減少を補っている主要素で、音楽配信の半数を占めるに至った。
日本の定額サービスは2014年に市場が立ち上がった。ダウンロード型の低迷でいったん下火になった有料配信サービスは、定額サービス(サブスクリプション)の登場で再び上昇となっている。
日本の場合音楽ソフト自体も横ばいで推移する世界でも珍しい市場のため、音楽業界全体に占める割合はまだ低いが、逆に既存事業への影響が少ないともいえる。
音楽配信はライトユーザーを獲得か
音楽配信がうまくいっている背景には、ライトユーザーを獲得できている可能性が考えられる。
音楽の場合利用頻度が高く、調査によれば毎日視聴する人が過半数である。また視聴手段で最も多いのがYouTubeで、ユーザーの多くは無料で毎日視聴するライトユーザーと想定される。
そうしたライトユーザーに対し、月額利用料がCDよりも安価な定額サービスが訴求できているのかもしれない。
一方、書籍・コミック・雑誌類では1週間に1冊未満の場合が6割を占め、音楽よりも利用頻度が低い。ライトユーザーにとって月額400円~という金額はやや高く感じる可能性も否めない。
Kindleのように月額980円ともなれば、コアユーザーが中心になる恐れがある。

潜在的なコミック需要が狙い目
とはいえ、日本の場合コミック需要をうまく活用できれば、音楽配信と同様の構造を狙える可能性もある。
コミックは1冊に要する時間が短く、一般書籍に比べて弱若年層を含む幅広い年齢層に浸透しているなど、音楽との類似点が多い。
また、もともと日本の出版物市場ではコミックが2割を担う重要市場であり、かつ電子書籍の中核市場となっている。これは日本の電子書籍が、版権の都合上コミックに偏ることが主因ではあるが、定額サービスにより潜在的なコミック需要を顕在化できる素地がある。
とはいえ、コアユーザーの消費水準を維持する必要があるのは変わりなく、既刊本によるライトユーザーの取り込みと、新刊本でヒット作品を出し続けることが重要となる。

書店は一般書籍減少を他事業で補う
ここで、紙書籍に依存する、つまり定額サービスの普及がマイナスに影響する書店の動向もみてみたい。
2トップである紀伊國屋と丸善CHIホールディングスの売上をみると、紀伊國屋は店売(=書店での一般書籍販売)は減少、増加部分は外商(=大学等への洋書や高額書籍の販売)に当たる。
丸善CHIは丸善、ジュンク堂書店、図書館流通センターなどが統合して2010年に設立された企業だが、うち書店事業など既存事業は減少傾向にあり、営業利益率も低下している。増加部分はその他事業として展開する店内改装などのサービス分野である。
2社ともに一般の書店事業は低迷を脱することができずその他事業で補っている構図が見える。

定額サービスの対象設定が鍵
結局のところ、定額書籍サービスの成否は新刊でコアユーザーやヘビーユーザーの消費水準を維持した上で、既刊本による定額サービスでライトユーザーを取り込むしかない。
魅力ある新刊で市場自体を活性化できるかどうか、またライトユーザーを取り込みつつヘビーユーザーの購買に影響を与えないという、定額サービスの対象における微妙な線引きが鍵になる。
また出版関連業界における構造も変化しつつある。再販価格制度は維持されているものの、オンデマンド印刷等システムによる流通の簡略化や卸の中抜きが進むだろう。
出版社の価値の源泉である書き手の発掘とヒット作品の創出においても、無料マンガアプリなどの台頭でその優位性が崩れる恐れがある。無料アプリは書き手と読み手を集め、人気が出た作品を有料化・書籍化するなど、低コストで多数の作品を生み出すシステムを強みとする。
こうした新たなビジネスモデルはそれなりに事業化できてきていると考えられ、大きな成長余地を持つが、出版社にとってはさらなる苦境となる。
大日本印刷などは書店や出版事業を取り込んでいるが、効率化のため大手出版社といえども再編もありうる。旧態依然としていてもコンテンツ産業が重要であることに変わりはなく、業界の改善に期待したい。