【三田紀房×伊藤祐靖】『ドラゴン桜』の漫画家が戦争を描く理由

2016/11/24
映画、マンガ、書籍などにおける一大テーマである戦争。戦争を描く難しさと意味はどこにあるのか。戦争を通じて現代人が学べることは何か。『アルキメデスの大戦』の著者である漫画家の三田紀房氏と、『国のために死ねるか』の著者であり、自衛隊特殊部隊創設者の伊藤祐靖氏が戦争について語る(全3回)。
戦争は「試合」ではない
──伊藤さんの著書『国のために死ねるか』では、フィリピンのミンダナオ島で死にかかった経験が記されていましたが、ミンダナオ島に行くことを決めた理由をまず教えてください。
伊藤 いくつかの理由があります。まず、自衛隊を辞めると拳銃の技量が一番早く落ちてしまうため、銃が撃てる場所ということで行きました。
それに私は水絡みの仕事が多いため、簡単に海に入れるところだったのも理由です。それから、ボケないようにと、“いい感じ”に治安が悪いところだった点もあります(笑)。これらを考えてそこがよさそうだなと思って行きました。
──そこで学ばれたことのほうがそれ以前のトレーニングよりも断然濃かったと書かれていましたが、その差は環境の違いからくるものなのですか?
伊藤 ええ、そうですね。それまでは戦いの本質が分かっていなかったのです。つまり、実戦は「試合」ではないわけですよ。
柔道の試合のように、平らなところで、双方ともフレッシュな状態で正面を向かい合ってスタートできるわけじゃない。もう、電気を暗くして後ろからいきなりたたくといったような世界ですからね(笑)。そこを全然分かっていなかったのだと、向こうへ行ってみて初めて分かりました。
ミンダオ島で一緒に訓練した20代の女性は、そういう世界に生まれているものですから、向こうからすれば、「あんた、おかしいの?」とみられるわけです。フィリピンへ行ったことでやっと、「これは試合じゃないのだ」と分かるようになりました。
伊藤 祐靖(いとう・すけやす)
特殊戦指導者
1964年東京都出身、茨城県育ち。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら、私塾を開いて、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『とっさのときにすぐ護れる―女性のための護身術』(講談社)がある。FBページ「伊藤祐靖ブログ
──三田さんは『アルキメデスの大戦』をどうして描こうと思ったのですか?
三田 企画自体は12~13年前にすでにあったのですが、昨年の夏くらいに新しい連載をやろうと考え出した際、ちょうど国立競技場の設計案がひっくり返って世の中が大騒ぎしたのを見て、ふと「あれ? 昔これに似ている話を企画したな」と思い再開することにしたのです。
企画した当時からあったコンセプトは、第2次世界大戦を1つの“国家事業”として捉えるものでした。
戦争とは、要するに国の全資産を注ぎ込んで行われる、勝つか負けるかの“ビッグプロジェクト”だったわけです。ある意味で、国が全財産をなげうって1つの「賭け」に出る“公共投資”だったということです。
だから、戦地で戦っている場面を描くだけではなく、他にもう1つ、そうした戦争を「計画した側」から描くことで、また違ったふうに戦争を描いたフィクションが作れるのではないかと思ったのです。
三田紀房(みた・のりふさ)
漫画家
1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。代表作に『ドラゴン桜』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「モーニング」にて〝投資〟をテーマにした学園漫画『インベスターZ』、「ヤングマガジン」にて戦艦「大和」建造計画をめぐる戦いを描いた『アルキメデスの大戦』を連載中。三田紀房公式サイト mitanorifusa.com/公式ツイッター@mita_norifusa
伊藤 そのあたりに、この世から戦争がなくならない理由があるかもしれませんね。
軍人や憲法9条の話とは別に、戦争をすることで大儲けするやつがいる。その構図を大きくクローズアップした物語を、多くの人が読めるのは非常にいいことです。戦争の暗い部分として、一番現実味があるかもしれないですね。
三田 私は、世の中で一番戦争を「したくない」のが軍人だと思っています。
もちろん軍人のなかには、明日開戦と言われれば「よっしゃ!」となる人もいるかもしれませんが、やはり上に行けば行くほど「大丈夫か、これ?」とプレッシャーを感じるのではないかと思うわけです。
さらに、実際に戦争をするかどうかを決めるのは、今のシステムでは政府や政治家ですから、政府と軍の二重構造になっているところをフォーカスすることができれば、また面白いことになるのではないかと思ったのです。
──伊藤さんも、軍人こそもっとも戦争をしたくないと感じていると思いますか? 不謹慎な聞き方かもしれませんが、日頃トレーニングしていることを実戦で試したいと考えることはないのでしょうか?
伊藤 それはないでしょうね。挑戦をしているわけではなく、あくまでも「リアリズム」を求めないといけませんから。
宇宙飛行士に例えるならば、まだ月に誰も行ったことがない状況でどうするべきかを想像しながら準備していく世界です。
他国では実際に行われていることですから、それを研究したい、見たいという願望はありますが、試すということは、人を殺(あや)める、人に殺められるということに直結しますから、そう簡単にやりたいとは思わないでしょう。
ゼロから組織をつくる難しさ
──お二人にそれぞれの著書を読んだ感想を聞きたいと思います。まず、伊藤さんは三田さんの『アルキメデスの大戦』を読んでどのように感じられましたか?
伊藤 私は漫画をあまり読まないのですが、今回の三田さんの作品は40分ほどで通読してしまいました。私はかつて海上自衛隊にいて10年間船に乗っていた経験がありましたから、とてもおもしろく読みました。
戦争を描いた作品はノスタルジックに美化されがちですが、三田さんの作品では官僚と軍人の混ざり合ったような雰囲気や、階級が上がると“官僚臭く”なっていくところなどが痛快で、もっと描いてほしいくらいでした(笑)。
旧海軍を見たことはありませんが、それでも当時はこうだったのだろうなと感じさせられる箇所も多かったです。それから船中の生活にしても、号令詞一つにしても現場の通りだなという印象をもったので、丹念に取材や研究をされたのだなと思いましたね。
舞台は太平洋戦争前の日本海軍。小型戦艦を打ち出す“航空主兵主義”派と、海軍内で権力を握る“大艦巨砲主義”派の対立などが描かれる。現在、『ヤングマガジン』で連載中。
──三田さんは実際、どれくらい細かく取材したのですか?
三田 もともとこの分野に興味があったので、予備知識はあったのですが、連載を始める前の2ヵ月くらいは書籍や映像資料を読み込んだり、必要な資料写真を集めたりしました。
戦艦や航空機は精巧なプラモデルも作りました。また、物語を進める際に出てくる疑問は、軍事に詳しい知り合いのライターの方にアドバイスをもらっています。
伊藤 読んでいて、何の違和感もなかったですよ。
三田 6月の末ですかね。広島県の呉に取材に行った際、江田島の施設を訪れたのですがそこの広報の方も「すごく面白い!」と言ってくれました。ですから「これは何とか行けるかな」と思ってはいました。自衛隊の方にも読んでほしいです。
──では三田さんは、伊藤さんの『国のために死ねるか』をどのように読みましたか?
三田 自衛隊の組織を一から立ち上げていく話ですから、組織論として実社会に通じるものを感じました。
何かをゼロからつくることはとても難しいことですが、その点が描かれているため、自衛隊の話を超えてビジネスに当てはめて読めます。タイトルは一見“強面(こわもて)”な感じですが、中身は実用書として読むことができました。
──伊藤さんは今回の著書を書かれるとき、ビジネスのことを念頭に置いていたのですか?
伊藤 いえ、まったく意識していません(笑)。書き終わってから、いろんな方に「ビジネス書として読めた」と言われましたね。
自らの経験をベースにした、リアルな話が描かれている。ビジネスパーソンからの反響も大きい。
否定し続けた父を受け入れた理由
三田 それから、お父さんがすごい方だなと思いましたね(笑)。著書で語られていることは本当ですかと聞くのも変ですが、実際にあのような方だったのでしょうか?
伊藤 ええ。父はまだ生きているのですが、物の考え方が、ちょっと行っちゃっているんですよね(笑)。目的のためにはあきらめないといけないことがあるのだという考え方をする人です。今ではあまりこういう人はいないのかなと思いますね。
三田 あれを読んで私自身、自分と父との関わり方をいま一度見直しました。自分はこれほどまでに父親から何かを学んできただろうかと。
伊藤 実は2年ほど前までは、父親の影響を必死に否定していたのです。物心ついてからずっと、「あのようになってはいけない」と逆方向を向いてきました。それなのに気がつくと似たような仕事に就いていたりするのです。
ですから今ではもう影響を受けたことを感じていますが、それまでは本当に反面教師として見ていました。
三田 お父さんに対する見方が変わったのですか?
伊藤 いえ、見方が変わったのではなく、もうあきらめたのです。自分をよく見たら、やはり自分には半分父親の血が流れているのだと。
ただ、「絶対にああなるまい」という気持ちは変わっていません。
*明日に続きます。
(構成:青葉亮)