ストレスで病む人増加中。待ったなしのメンタルヘルス対策

2016/12/12
ストレスから心を病む人が増えている。体を壊し、死に至るケースも後を絶たない。
仕事や職場における強い心理的負荷によって精神障害を発病したとする労災請求件数は年々増加し、1999年度は年間155件、2015年度には1515件と10倍になっている。
支払い決定件数も増加傾向にあり、2010年度に300件を超え、2012年度から年間400件台を推移。そのうち自殺(未遂を含む)は2ケタ台で、ここ2年は99件、93件と3ケタに迫る。
出所)厚生労働省「過労死等の労災補償状況」

ストレスチェック制度施行から1年

そうした背景を踏まえ、厚生労働省は労働者のストレス度合いを調査・分析する検査「ストレスチェック」を従業員数50人以上の事業者に対して2015年12月1日から義務付けた(従業員数50人未満の事業者は努力義務)。
事業者は年1回実施して、労働基準監督署に報告しなければならない。
このストレスチェック制度の目的は、労働者自身にストレスに気づかせ、調査・分析結果を職場環境の改善につなげて、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐことである。
施行からちょうど1年経つが、あなたの会社では職場環境の改善につなげているだろうか。やりっ放しではないか。
職場環境をすぐに変えるのは至難の業だ。となると、自分の身を自分で守る必要性が生じてくる。
そこで、この「メンタルヘルス対策」特集では前半に、「自分で日常的に簡単にできるセルフケア」を紹介していく。
仏教式メンタルヘルスでストレスを瞬時に和らげる方法、アウシュビッツ生還者に共通する特性を鍛えるトレーニング、怒りを上手にコントロールするアンガーマネジメント、少々荒療治のアドラー心理学に基づく理論が有効だ。
部下を持つリーダーや職場環境を変えられる人事・労務担当者は、特集後半で紹介する「企業事例」をぜひ参考にしてほしい。
KDDI、三井化学、帝人は国が問題視するよりずっと前から、従業員のメンタルヘルス対策に力を入れ、職場改善に取り組んできた。

ストレスのトップ3は?

登場する識者の多くが、2000年代初めからメンタルヘルス不調者が増加したと指摘している。
仕事や職場にまつわる不安や悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、1982年から30年以上にわたり半数を超えているが、近年は何にストレスを感じているのか。
出所)厚生労働省「労働者健康状況調査」。ただし、2013年は厚生労働省「労働安全衛生調査(実態調査)」
2013年の調査ではトップ3が「仕事の質・量」(65.3%)、「仕事の失敗、責任の発生等」(36.6%)、「対人関係」(33.7%)。6割が「仕事の質・量」である。

日本人は労働生産性が低い

一方、日本人の労働生産性の低さを指摘するのは、産業医として40社以上の企業を担当している精神科医の吉野聡氏だ。
OECD加盟34カ国中、日本は22位。主要先進7カ国の中では1994年から20年連続最下位、1時間当たりの労働生産性も20位である。
出所)公共財団法人日本生産性本部「日本の生産性の動向2014年版」
「一人ひとりが働いてはいるけれど、その時間に稼ぎ出しているものが少ない。だからサービス残業などの問題が起きる。同じ1時間で今まで2時間かかっていた仕事をするような意識をもつことが重要。経営者側も、一人ひとりが2倍集中できるような心身の健康への配慮と、職場環境をつくってあげることが大事」と吉野氏は話す。

睡眠6時間を切ると抑うつ度上昇

睡眠時間の短さについても警告する。「睡眠時間を削って働くことは、心身の様々な健康リスクを高めるが、特にメンタルヘルス不調のリスクを高める」と言う。
出所)Kaneita Y.et.al.J Clin Psychiatry.2006.
日本人約2万5000人を対象とした研究データによると、20代から70代まで、どの年代も睡眠時間が6時間を切ると抑うつ度が上昇し、5時間を切る人は半数以上が抑うつ状態だった。
日本人の睡眠時間は国際的に見ても短く、平均7時間50分だ。最も長いフランス人は8時間50分で1時間の差があり、最も短い韓国人の7時間49分とほぼ同じである。
出所)2009年・OECD調査

残業は睡眠時間にしわ寄せ

厚生労働省はこれまで1カ月の残業時間が100時間を超える場合に、労働基準監督署の立ち入り検査の対象としていたが、2016年4月1日から基準を80時間に引き下げた。
「月100時間の残業、それは月の労働日数を20日とすれば、毎日5時間程度の残業をすることと同義である。つまり、9時から働き始めても、退社するのが23時以降になる計算だ。当然、生理的に必要な最底限度の睡眠時間も確保できなくなる。そういう意味で、長時間の残業を企業が強いるのはよくない」(吉野氏)
「メンタルヘルス休職者比率が増える会社は業績が落ちる傾向がある」という研究結果もあるという。
2004年から2007年にかけてメンタルヘルス休職者比率が上昇した企業は、その他の企業と比較して、2007年から2010年にかけての業績が悪化している。2008年のリーマンショックによってどの企業も2007年から業績が落ちているが、メンタルヘルス休職者比率が上昇した企業は落ち幅が大きい。
出所)黒田祥子、山本勲「企業における従業員のメンタルヘルスの状況と企業業績─企業パネルデータを用いた検証─; RIET Discussion Paper Series 14-J-021、2014年4月。
メンタルヘルス不調により1カ月以上欠勤・休職している人は、全従業員の1%未満(労務行政研究所、2010年の調査)。それにもかかわらず、企業業績を悪化させるのはなぜか。
「メンタルヘルス休職者というのは、顕在化しているごく一部の人であって、その下には会社に不満を持ち、やる気が出なくて能力を発揮できていない社員がたくさんいる。職場に来てはいるけれど、ネットやスマホを見ていたり、おしゃべりしたりして、集中力や目的意識なくダラダラととりあえず働いている。そういうプレゼンティズム(勤務中の効率低下)のロスが、企業のコストとして圧倒的に大きい」(吉野氏)
これは個人だけの問題ではなく、経営側の大きな問題である。
従業員全員のメンタルヘルスが良好で、生産性が上がれば、業績も上がる。
「メンタルヘルス対策というと、社長からみれば、うちの会社の厳しい仕事についてこられない人、“弱者救済”的な取り組みとして、やらないといけないと思っていた社長が多かった。でも、それは違う。みんなが働きやすい健全な職場環境をつくることは、企業と労働者の双方の利益につながるものであり、経営者の役割だ」と吉野氏は強調する。
経営者は“自分事”として早急に取り組むべきだろう。

ストレスチェック制度の課題

今回のストレスチェック制度で厚生労働省が推奨しているストレスチェック検査「職業性ストレス簡易調査票」は、57問からなり、3つの領域に分かれている。
1つ目は仕事の量や質、やり方について、2つ目は最近1カ月の心身の状態について、3つ目は職場や家族、友人等、周囲のサポートについて。
4段階で回答し、検査結果は本人に通知される。「高ストレス者」と判定された人は医師の面接指導を申し出ることを勧められる。
だが、現状のストレスチェック制度には課題もある。
まず従業員に回答する義務はない。「労働者に対して不利益な取り扱いを禁止」しているものの、正直に答えるかどうか。
個人の結果は、実施者である医師や保健師だけ知ることができるが、企業は職場の集団ごとの集計・分析結果を知るだけで、誰が「高ストレス者」なのかわからない。
つまり、労働者と企業の双方にとって、不十分な制度と言える。
「今回のストレスチェック制度の義務化を契機に、いかに職場環境の改善につなげていくかが、2年目の課題となる」と、メンタルヘルス対策サービスを三菱商事をはじめ、約1700社に提供しているアドバンテッジリスクマネジメントの常務執行役員・神谷学氏は語る。
今現在、ストレスを抱えてつらい人は、特集前半の「自分で日常的に簡単にできるセルフケア」を早急に身につけよう。
(デザイン:福田滉平、バナー写真:iStock.com/champja)