見えることのストレス。一流選手が学ぶ「眼と身体」の使い方
2016/11/25
眼の使い方のアドバイスを求めて、大阪府吹田市にある「視覚情報センター」には多くのトップアスリートたちが訪れる。
DeNAの主砲・筒香嘉智はプロ入りしてから通うようになった。
同センター代表・田村知則氏は、「彼には長く指導してきて、いい方向に変わってきています。眼と身体のつながりを意識した言葉を聞くようになりました」と語る。
もっとも、筒香のような選手ばかりではない。不調を訴えたり、成長のきっかけを求めたりして来院してくる者もいるという。
筆者も同行したケースでは、西武の菊池雄星投手が今年4月に訪れている。ほかにも、セ・リーグのある球団は監督がじきじきに選手を引き連れてきたそうである。
高卒7年目の筒香嘉智は2016年に本塁打、打点の二冠を獲得するなど日本を代表する打者になった
前編で紹介した眼の使い方や見方を提案する一方、田村氏は選手たちへの指導の入り口として、疲労をためない手法もアドバイスしている。
「最近はスマートフォンを見る選手も多いので、そういう小さいものを見るときには、眼の中にある2つの筋肉を緩めるためのレンズを使用させています。野球選手の多くは、自分の肩が凝るのは運動しているからと思っているのですが、眼が原因のケースもある。そこから疲労が起こって、場合によってはケガにもつながります」
これが簡単な話のようで、実は奥が深い。
アスリートだけではなく、一般人の健康を損なうファクターにもなるので紹介したい。
眼の使い方で新聞の見え方が変化
誰でも経験する身体や肩の凝りには、要因として眼が非常に関係している。わかりやすくいうと、眼の筋肉が影響しているのだ。
人間の眼の内部では、2つの筋肉が働いている。
ピント合わせをする調節筋と、6つの小さな筋肉からなる外眼筋である。
視力検査をする際、離れた場所から測っているところからも理解できるように、われわれの眼のピントは遠くが基準になっている。しかし、近くのものを見ようとすると、離れたところにピントが合っているためにズレが起きる。
新聞や書物を読もうとしたときに、すぐに文字が入ってこないのは、そのピント合わせをするためである。近くを見る際にはこの調節筋が緊張することによって、対象がはっきりと見えるようになっている。
もう1つの筋肉である外眼筋は眼を開いたり、閉じたり、眼の向きをコントロールしている。この筋肉の働きにより、右眼で見たものと、左眼で見たものが脳の中で1つになる。
(撮影:氏原英明)
双眼鏡を例にするとわかりやすいが、接眼レンズをのぞいたとき、ピントが合っていないと2つのものがみえる。ピント合わせをすると、視界に見えるものが1つになる。
これと同じような働きが、外眼筋を使うことによって行われるのである。
「右眼と左眼、それぞれで見たものを脳の中で1つにそろえないといけない。誰しもが、眼の向きが楽になる位置を持っているのですが、普段は強く意識していない」
「新聞の文字を模様だと思っているときは集中していないから、この外眼筋をそれほど使いませんが、文字の内容を理解しようと思ったら、頭脳を使おうとするので見方を変えている。わかりやすくいうと“にらみ”にいく。外眼筋を使って見ようとする。一方、ピントが合うかどうかの調整筋も使っている」
いわば、近くを見るときには、外眼筋と調節筋を激しく緊張させているのである。
そして、この2つの筋肉は身体とつながっているのだ。
病気になる人は力んで見る
田村氏は注意を促すように言葉を紡ぐ。
「人が物事を見るためには、両眼の中にある2つの筋肉が緊張してピント合わせをする。それで脳が電気信号を送り、頭の中で映像が出てくる。その映像がはっきり見えたら、人は満足しますよね?」
「でも、それは脳の映像処理するところが満足しているだけのことなんです。肉体的には、とんでもない緊張を起こしているのです。筋肉の緊張が身体に影響を与えていることを、みんな、別のものとして考えている」
視力検査の数値を気にするあまり、“見える”ことが身体に与えている影響に気づけていないというのが、田村氏の指摘である。
田村知則(たむら・とものり)
1947年 岡山県生まれ。1984年日本で最初にスポーツビジョンを職業とし、眼鏡店「視覚情報センター」を開設。スポーツビジョンの分野では日本の先駆者的存在といわれ、オリックス時代のイチローを7年間検査した。最近ではDeNAの筒香嘉智など、多くの選手が同センターを訪れている(撮影:氏原英明)
1947年 岡山県生まれ。1984年日本で最初にスポーツビジョンを職業とし、眼鏡店「視覚情報センター」を開設。スポーツビジョンの分野では日本の先駆者的存在といわれ、オリックス時代のイチローを7年間検査した。最近ではDeNAの筒香嘉智など、多くの選手が同センターを訪れている(撮影:氏原英明)
つまり、肩凝りは疲労や姿勢の悪さだけから生まれているのではなく、“よく見える”ことを目指したことの結果でもあるのだ。
「眼に見えるか、見えないかばかりにとらわれて、身体が悲鳴を上げているのに気づかない。身体の声を無視し、そしてだんだん、凝りを感じなくなるほど麻痺(まひ)していく。凝りは万病のもとといいますが、リンパの流れ、血流が悪くなり、さまざまな病気を引き起こすのです」
「僕は40年、どういう眼の使い方をすると病気になるかをずっと見てきていますが、病気になる人は共通性のある見方をしています。みんな、力んで物事を見ています」
現代人には「その防御」が必要
さらに医療では、眼鏡やコンタクトレンズ、場合によってはレーシック手術などで「視力の良さ」を追求していくのだから、身体に及ぼす危険は計り知れない。
「眼の検査は右の視力、左の視力がどれだけあるかから始まりますが、左右の視力が違うのは、両眼をうまく使えていないからです。本来、2つの眼がどう見えているかを基本に考えないといけないのです」
「しかし、一般的な治療では、それをどうするかというと、左右差が生まれた原因を探るのではなく、コンタクトや眼鏡で視力が出るようにやっていく。そうして遠くを見える状態を保とうとする。近くを見る際はさきほど挙げた筋肉を緊張させているわけですから、コンタクトや眼鏡で遠くを見えるようにすることは、眼の構造を考えると、人にとって悪循環を繰り返しているといえます」
実際、スポーツ選手を例に挙げると、そのことに気づかずにパフォーマンスを落としている選手が少なくない。レーシック手術では選手生命を落とす危険性さえはらむという。
冒頭に、プロ野球選手に視覚情報センターがつくった眼鏡を持たせていると取り上げたが、肩の凝りを少しでも軽減することで予防をしているのである。
(撮影:氏原英明)
眼が緊張しすぎてしまわぬように、緊張を和らげる。休息する時間すらスマートフォンを見るなど、眼の緊張を促進するものばかりである現代では、「その防御」が必要となってくるわけである。
眼の使い方で、人生が変わる
もっとも、その事実はアスリートだけに限らず、一般人にも共通している。
イチロー(マーリンズ)は視力が良くないにもかかわらず、アスリートとして適切な眼の使い方で高いパフォーマンスを見せていることを前編で紹介した。
われわれも眼の使い方、眼への意識を高めることで、日常を快適に暮らし、持っている能力を存分に発揮することができる。なるべく若いうちからその事実を知るだけで、将来、眼や身体にかかるストレスが大きく違うだろう。
そう考えると、眼の使い方をおろそかにすれば、アスリートはケガや選手生命が脅かされ、一般人は健康が損なわれる危険性をはらんでいる。
田村氏は現代人の傾向についてこう語る。
「当センターには一般の方が来られますが、身体の感覚がない人が多いと感じます。検査をして、『レンズをかけてどうですか?』とたずねると、ほとんどの人が『大きく見える』『ゆがんで見える』というような答えを出します。それは何かというと、頭脳から来た答えです。『眼のここが緩みました』『楽になりました』というように、身体の感覚を持って答える人が少なくなってきているのです」
「つまり、自分の身体のことをわかっていないといえます。みなさん、見えていることばかりを気にして、身体の声が抑え込まれている。自己免疫能力を発揮するためには、身体のなかが何らかの作用をしてこそできるものです。自身の身体の声を抑えてしまったら、異常に気づけないでしょう。体内のセンサーが反応できるようにいたわってほしいです」
一部のアスリートがトレーニングの対象とするほど、眼の機能性は奥深い。
眼を生かして能力を発揮していくのか、それともおろそかにしていくかで、人生の景色は大きく変わっていく。
(写真:Hiroyuki Nakamura - SAMURAI JAPAN/SAMURAI JAPAN via Getty Images)
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