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日本のスポーツ団体が個人の不祥事に対して連帯責任を問われるのは、社会の基本構造が集団主義を前提としているからだ。米国は個人主義を前提とした団体競技であるから、個人の貢献の集積を大事にするのだと思う。その結果生まれるのが、米国式にリソース観念だろう。野球の先発投手は100球を限度とする、練習はたとえば2時間集中して終わり、というように。そして常に交代要員をたくさん用意する。

福島第一原発事故が起きた時、Fukushima 50が海外で話題になった。英雄的行為を黙々とこなした名もなき50人に、日本人の精神性があったからだ。しかし、米国の原発の危機管理の専門家は、まったく別の意見だと聞いた。この事故は深刻であり、対処は長期戦になる。従って1000にスタッフを用意し、シフト体制とバックアップに万全を期す。そして交代時に心身を十分に回復できるシェルターと食事、医療体制などを完備する。これが、米国式のリソース観念だと知り、彼我の長所・短所をうまく接合することが必要だと実感した。

連帯責任観念を引きずる無限定性の働き方(特に長時間勤務)を、抜本から見直すべき時に来ていると思う。
組織のために個を犠牲にしてでも働く人が評価される評価制度を採用している大企業等では、効率性や合理性を主張しても「まずはやる事をやれ」となってしまうため、結果を出しながら訴えなければならず、ハードルがあまりにも高いと感じます。
何とかしたいですね…。
これはNFLがドメスティックで完結している、という点も重要なポイントだと思います。

他国がどう、ということを気にしなくてよいし、アメリカがフットボールでほかの国に抜かれることは当分の間まず考えられません。

NFLが商業的に絶好調である間はこんな感じで続くのでしょう。

日本も大相撲とかは力士会という形でもっと立場を強くできる野かもしれません。
NFLがここまで選手個人の権利を主張できるのはすごい。プロ野球はFA権が自動的に得られないなど、あまりにも雇用元に有利な契約になっているので、もっと選手が団結して主張すればいいと思う。選手がいなければ、興行はできないのだから。
すごくいい記事。私の米国に住んで25年になりますが、この国と日本の最もな違いは個人から組織、自分の立場から仕事に対してより明確にしている事。NFLの"常識"で書かれている記事からもやるべき事、やってはいけない事を明確にする。書面にする。そしてそのルールを管理する機関を設ける。それぞれ馴れ合いでズルズル行かず、やるべき事をハッキリ決めるという事だと思う。
選手が強く守られるNFL

→ウィルスミスのアメフト映画「コンカッション」を見たので、かなり印象違います。ああいうことが明るみになって、今は体質改善されたということでしょうか。