NFLの“常識”から考える、電通過労死事件の再発防止策

2016/11/20
ここ1カ月ほどであろうか、日本では、大手広告代理店・電通の若手社員が過剰労働などの労働環境の悪さを苦に、自ら命を絶った問題が大きく取り沙汰されている。
これはアメリカのニュースサイトでも大きくとり上げられ、同僚からも日本人にとって「働くことのあり方」や、その背景にある文化や国民性の違いについて細かい質問を受け、返答に困った。
この出来事が起こってしまった事実は、同じ日本人として、ただただ悲しい、の一言である。

電通事件は米国では起きない

これは、ここアメリカで起こり得ない事象、いや事件であるといえるだろう。
あくまでも私見であるが、理由は大きく分けて3つある。
(1)国民性の違い
個人>組織。アメリカでは、家族を含めた「個人」が優先される。理由はどうあれ、長く働くこと、休日を返上して働くことは、仕事ができない人間といわれかねないし、必ずしも評価もされない。
(2)上下関係の捉え方の違い
そもそも上下関係が、日本ほど物事に強い影響を及ぼさないため、仕事上も「先輩のいうことは絶対である」的な強制力が存在しない。
(3)合理性や効率、結果が評価される
すべてにおいて、これが大事。日本のように長く働くことや、一生懸命頑張ったプロセスよりも、合理性や効率に基づいた結果が評価される。
決して、働く時間を短くしろとか、一生懸命さや勤勉さを軽んじたりしているわけではない。個人の生活をより大事にしながらも、結果を出して組織に貢献することが、ここアメリカでは評価されるのである。
日本の場合は、組織内での調和や、(要らぬ)協調性が重視されてしまうために、このような悲しい出来事が起きてしまうのであろう。

選手が強く守られるNFL

アメリカのスポーツ界、特にコンタクトスポーツで平均選手寿命の一番短いNFLでは、今回の事件とはまったく逆ベクトルの現象が起きている。
数年前に新たに締結された「New CBA = Collective Bargaining Agreement = 労働協定」では、選手の権利が、半ば一方的に増幅していると表現しても過言ではない。
このCBAは、リーグとNFL PA(NFL Player Association = 選手会組織)の間で交渉が行われて取り決められたもので、あるメディアでは「ここまで労働者側の権利が多く認められた、労働協定は稀である」として大きく取り上げられていた。
春の練習について、具体例を挙げてみよう。
新しいCBAでは、オフシーズンにチームが練習(OTA = Organized Team Activity)できる時間は、日本のプロスポーツからは想像もつかないぐらい限られている。
概要を以下にまとめてみた。
・4週間で10回のみ
・ハードなコンタクトは不可
・1週目は、トレーニングに関わるコーチのみ参加。ボールの使用不可
・2週目以降は、すべてのコーチが参加可能
・1回当たりの練習時間の最長は、おおむね90分
・選手が練習施設に滞在できるのは、1日4時間まで
・週末の練習は不可
・OTAはあくまでボランティアであり、強制してはならない
挙げたのはあくまで一例であるが、この他にもシーズン前のキャンプ及びシーズン中の練習回数や頻度の軽減、選手に対するリーグからの罰則が与えられた際の弁護・弁明機会の拡大など、選手の権利ばかり主張される内容となっている。
球団側、特により短い時間でチームと選手個々のレベルやスキルを上げることが要求されるコーチにとって、活動時間を奪われるのは大きな痛手である。
激しいプレーの応酬となるNFL。特にオフシーズンは選手の権利が大きく守られている
私の友人のコーチは、新しいCBAへの不満をこう漏らしていた。
「これだけ練習の機会を奪われて、どうやって選手を成長させたらいいんだ? 選手は、NFL PAが間接的に自分たちの給料を下げることになりかねないことを理解するべきだ」
しかし、前述の「アメリカで評価される3要素」と照らし合わせてみれば、「限られた時間で成果を出すコーチや組織が評価される」と表現できるし、何よりも他のチームも同じ条件であるのだから、決められたことに従い、結果を出すことに集中すべきだと私は思う。

アップ中の選手と話すと……

2014年、NFLの名門チームの一つでインターンをする機会に恵まれた。
ある練習の日、チーム全体より先にフィールドに出て、個人でウォームアップ中の選手と談笑していたときのことである。
ヘッドコーチが私に向かい、「下がれ」のジェスチャーをした。「ヘッドコーチが白いといえば、黒いものも白」のこの世界、私はパブロフの犬のように、間髪入れずに数歩下がった。
それを見て、私と話していた選手は「NFL PA, man!!」と笑いながら、ウォームアップを続けているのであった。
何か悪いことをしたのかと思い、ヘッドコーチのほうにもう1度目をやると、小さなジェスチャーでサイドライン付近に立っている紳士を指さしていた。
後で別のコーチに聞いてみたところ、NFL PAが、春の練習に違反がないかをチェックしに来ていた。
細かい話であるが、NFL PAの規定では、練習時間の始まりがカウントされるのは、コーチが選手とコミュニケーションをとり始めたときからなのだそうだ。
ヘッドコーチは、ただでさえ短くなった練習時間をさらに短くしてしまうことのないよう、ウォームアップ中には選手とのコミュニケーションを避けるように指示を出していたようだ。
いま考えれば、あの選手が放った言葉と笑みには、「NFL PAのチェックが来ているから気をつけろよ! カレッジではこんなこと起きないから、仕方がないよなあ」という意味が含まれていたのだろう。

NFLチームに科された“見せしめ”

最近このようなニュースが、アメリカのスポーツ界を駆け巡った(CBB SPORTS参照)。
要約すると、NFLの名門チームの一つであるシアトル・シーホークスが、リーグから大きなペナルティーを科せられた。
理由は、春シーズン中のOTA(Organized Team Activity = 合同練習)で禁止されている、「コンタクトを伴う練習」を行ったからである。
そして、科せられたペナルティーは以下の通りだ。
(1)2017年度、ドラフト5巡目指名権利の剥奪
(2)ヘッドコーチに対する罰金(約2200万円)
(3)チームに対する罰金(約4400万円)
(4)2017年度に可能なOTAを1週間分剥奪(4週間のうち)
NFL PAの視察や、選手への聞き取り調査で、今回の処分が決定したのであろうが、それにしても、そこまでの処分が下るのかとわれわれのオフィスでも話題になった。
主観の域を出ないが、これは一つの“見せしめ”なのではないかと感じている。一般的な民主主義国家がそうであるように、「労使間のトラブルや争いでは、つねに労働者側が守られる」ということを知らしめているように見てとれた。

日本に必要なのは第三者機関

電通とNFLという、まったく異なる世界の2つの話題が、私の中で妙にリンクしてしまった。
「効率を重んじて、働く量を減らして個人を尊重する」アメリカ人に対して、「調和や上下関係を優先し、組織第一で働く」日本人。
どちらが正解でもないと、私は思う。
日本人の責任感や勤勉さが、現在の我が国の繁栄の土台となっていることはいうまでもないし、そこを変える必要など、まったくない。
しかし、その評価されるべき“姿勢”は、時折、「働きすぎ、没個人」というダークな結果を生んでしまうことにもなる。
個人的な意見であるが、(NFL PAとまではいわないが)、働く人が最低限の生活や、1人の人間として尊重されるような扱いを監視・指導するような組織があっても良いのではないか。
進む方向を見失っている、間違っている個人や組織の肩をたたいてあげられる第三者機関のような組織を創れないだろうか。
考えているだけで、何もできない自分がもどかしく、悔しく思えるが、最後に亡くなられた方のご冥福を、今1度、お祈りしたい。
(写真:Matthew J. Lee/The Boston Globe via Getty Images)