【麻野耕司×横山由依】仕事ができるだけではリーダーになれない

2016/11/20
AKB48グループの2代目総監督を務める 横山由依さんがNewsPicksのプロピッカーと対談する連載「教えて!プロピッカー」。政治・経済からカルチャーまで、第一線で活躍しているキーパーソンと対談し、基礎から学んでいく企画だ。
今回のゲストはコンサルタントの麻野耕司さん。組織をいかに変革するかについて、ビジョンやミッションのつくり方、人事制度や人材育成などの観点からレクチャーした。

組織論から見たAKB48の特徴

――今回は多くの企業の組織変革に携わっているコンサルタントの麻野さんに、組織論についてレクチャーしていただきます。
麻野 私は企業の経営者やリーダーの方々に対して、組織をどうマネジメントしていくかについてアドバイスやサポートをする仕事をしています。特に、組織で働く社員のモチベーションが一番重要な切り口になっています。
横山 例えば、どんなことをされているんですか。
麻野 具体的には、理念の浸透、幹部育成、人事制度、人材採用などです。
一例を挙げると、ある会社は業績不振で赤字がずっと続いていました。社長はビジネスを変革するプランがあったのですが、幹部が「今までも失敗した」「そんなのうまくいかない」と反発していました。
そこで、社長と幹部がコミュニケーションする場を私たちが作り、幹部の意見を取り入れながら変革プランをもう一回練り直したのです。
すると、幹部の方々が「これなら私たちもできる」と思うようになり、プランが実行されて業績が回復したことがあります。
――そんな麻野さんが、今回AKB48の組織を診断してくれました。
横山 本当ですか、気になります(笑)。
麻野 あくまで外から見た印象ではありますが、組織変革やモチベーションの観点からお話しできればと思います。
はじめに、AKB48は非常によくできた組織で、アイドルやエンターテインメントの世界にイノベーションを起こしたと感じます。
私から見てAKB48という組織には、大きく4点の特徴があります。
それは「理念の浸透」「幹部の育成」「人事制度」「人材の新陳代謝」です。はじめに理念の浸透と幹部の育成について、ご説明できればと思います。
1つ目の、「理念の浸透」は「ビジョンマネジメント」でもあります。
例えば、初期のAKB48は、グループとして「東京ドームで公演するんだ」というビジョンを明確に掲げていました。これは、当時のアイドルとしては珍しかった。それにより、メンバーのモチベーションを上げることに成功したと思います。
横山 確かに東京ドーム公演は、メンバーもファンの方々もスタッフも、みんな一緒の目標でしたし、すごく大きかったと思います。
その点で言うと、今のAKB48は目標を定めにくいところが難しいと感じています。
横山由依(よこやま・ゆい)
1992年12月生まれ。京都府木津川市出身。2009年9月、AKB48第9期研究生として加入。2010年10月に正規メンバーとなり、2015年12月、AKB48グループ2代目総監督に   
例えば、今のメンバーでも東京ドーム公演をしたいと思っているんですが、周囲からは「もうやったでしょ」と言われそうで、声を大にして言いづらいんです。
私は、総監督になったときに「AKB48のライバルは今までのAKB48だから、それを超えられるようになりたい」とみんなに話しました。その言葉で、みんながもっと一丸になってほしいと思ったからです。実際に、気持ちが動いてくれたメンバーもいました。
でも、「AKB48を超えたい」と言っても、そのビジョンが、ふわっとしているので、明確な何かが欲しいなと思っています。
麻野 なるほど。弊社のモチベーションクラウドというツールを活用した組織診断のデータによると、ビジョンのしっかりした会社は、社員のモチベーションが高い。やっぱり人間は、自分のやっていることに目的や意味を感じられるかが重要なので、それを描けるかは大事なポイントです。
多くの企業は、ビジョンとミッションをつくっています。ビジョンは、言うなれば東京ドーム公演などの明確な目標。ミッションは、「それを何のためにやるのか」という意味のことです。
一般的には、最初にミッションを決める企業が多い。「何のためにこのビジネスをやっているのか」を決めるわけです。そのための手段として、ビジョンがあります。
初期のAKB48の東京ドーム公演には、秋葉原の劇場から始まったアイドルグループが、努力を重ねることによって夢を叶える「ビジョン」だけでなく、世の中の人に「自分も頑張ろう」と思ってもらえるストーリーがありました。
それが「ミッション」にもなっていたと思います。高橋みなみさんも、「努力は必ず報われると、私、高橋みなみは、人生をもって証明します」という意味を乗せましたよね。
横山さんも、新しいAKB48の存在意義であるミッションを踏まえたビジョンをつくれるといいのではないかと思います。
麻野耕司(あさの・こうじ)
リンクアンドモチベーション執行役員
1979年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、同社に入社。中小ベンチャー企業向けコンサルティング事業の執行役員に当時史上最年少で着任。著書に『 すべての組織は変えられる』(PHP研究所)など。
横山 私も、AKB48の存在意義を考えることがあります。特に最近は、私たち一人ひとりが夢を叶えるために活動をすることが、ファンの方にとっても何か行動を起こすきっかけにつながると感じるようになりました。
それで思い出したのが、握手会によく来てくれる男の子のことです。その子は言葉がなかなかうまくしゃべれなくて、いつも紙にメッセージを書いて来てくれていたのですが、「次回は言葉をしゃべれるようにしてきます」と伝えてくれたときがありました。
次の握手会に来てくれたとき、言葉を言おうとしてくれたんですが、無理でした。付き添いの方が「ごめんね。しゃべれなかったよ」と話してくれて。
でも、それから1カ月半後の握手会に来てくれたときに、私のグッズを持って「これ、由依ちゃんのグッズだよ」と言ってくれたんです。私はその言葉を聞いて、涙が出てしまいました。
その子は、「由依ちゃんがいつも頑張っているから、それを見て僕も頑張ろうと思った」と伝えてくれました。
私の活動で何か変わるきっかけになれたと思えたことが、うれしかったんです。だから、メンバーには「私たちは元気を与えられる職業だと思うから、そういう意識を持ってやろうね」って言葉にするようにしています。

“言語化”することの重要性

麻野 横山さんのなかにそういう思いやエピソードがたくさんあることは、素晴らしいと思います。AKB48は、メンバーで組織と捉えるだけでなく、ファンも含めて一つの大きい組織だと考えることもできるので、メンバーとファンのモチベーションも上がりますよね。
次のステップとしては、その思いをキャッチフレーズとして言語化するといいですね。言葉によって人間の認識はすごく変わるので、私たちもコンサルタントとしてこだわるんです。
言語は人間の意識に大きな影響を与えます。例えば「チョウチョ(蝶々)」と聞くとどんなイメージですか。
横山 きれい、とか、かわいいですね。
麻野 それじゃあ、「ガ(蛾)」と聞くと……
横山 いやですね(笑)。
麻野 そうですよね。でも、フランス人は、「チョウチョ(蝶々)」も「ガ(蛾)」も両方ともきれいでかわいいと思うんです。それは、両方とも区別せずに「パピヨン」と呼んでいるからです。
横山 あっ、なるほど。
麻野 だから対象が同じでも、言葉が違うことで人間の認識は大きく変わるんです。
また、ベンチャー企業などを見ていると、創業してから一定期間は、創業者の強烈なリーダーシップのもとで成長できるので、ミッションやビジョンが言葉になっていなくても頑張れることもあります。
ところが、創業者が去ったり、成長が鈍化した途端に、パタッとエネルギーが失われることがよくあるんです。
そんな時にミッションやビジョンがなければ、組織は音を立てて崩れていきます。
だから、二代目の横山さんも、何のためにAKB48があるのかというミッションや、東京ドーム公演のようなビジョンを描き直すタイミングかもしれません。
横山 私が、今一番欲しいものです。みんなと話し合わないとなと思っているところです。
麻野 二代目になって上手く転換するのは、会社を例にしてもなかなか難しい。創業者や最初のリーダーは特別なので、その人の言葉は極端に言うと「神様が言っていることと同じ」というくらい影響力を持つこともあります。
そのなかで、二代目が創業者のように神様を演じようとすると失敗することが多い。二代目を見渡すと、チームによる経営に転換するケースが目立ちますね。
だから横山さんも、高橋さんみたいなタイプを目指すよりも、他のメンバーも巻き込んでリーダーシップを発揮する形も、ひとつの可能性だと思います。
横山 確かに、「たかみなさんみたいにやらないと」と思っていたときは、私自身も苦しくて空回りばっかりしていました。「今までの自分を変える必要はない」と気づいてからは、少しずつ良くなりました。
それこそ、たかみなさんが神様だとしたら、私もメンバーも人間なので、みんなで手を取り合ってやっていくスタイルなのかなと思いました。
麻野 ビジョンの決め方は、リーダーのタイプによります。カリスマ的なリーダーであれば、そんなに話し合わなくてもいいかもしれない。ただ、チームワークを大事にするリーダーは、みんなの話も聞きながら決めた方が良い。
「参加なくして決定なし」と言ったりするんですけど、人間って自分がいる場所で決まったことは「やろう」と思えるんです。でも、自分のいないところで決まると、「自分の意見は聞いてもらってない」となって、内容にかかわらず反発が出ることがあります。
横山さんのスタイルだと、ビジョン浸透に向けて影響力を発揮してほしい人や影響力を持っている人と一緒に話し合いながら決めるのがいいと思います。
横山 そうですね。私の場合は、向井地(美音)と、高橋朱里ちゃんと、村山彩希ちゃんと峯岸(みなみ)さんかな。キャプテンだと木﨑(ゆりあ)とか、枝葉になってくれるメンバーは何人もいますね。
麻野 そういうメンバーを把握することが大事です。私たちも、企業でよくビジョン策定と、その浸透プロジェクトをやるんです。そのとき、キーマンに納得し賛成してもらうことを重視して、影響力の高い人をプロジェクトに入れて話し合うんです。
「クリティカル・マス」という面白い考え方があります。
それは、ある一定のポイントを超えると物事が急激に広まることを意味します。ビジョンも、最初はみんなに「意味ないよ」と思われていても、賛同者が一定のレベルを超えると、「絶対このビジョンを実現しよう」となるんです。
このベースにあるのは、多くの人が日和見主義であるということです。例えば横山さんがビジョンを掲げると、みんな中身ではなく周囲を見て「このビジョンに乗っかる?」「どうする?」と問うわけです。
ここで、先ほど挙げたような影響力の強い人を押さえると、多くの人が一気に賛成に回るんです。多くの場合、ビジョンマネジメントは策定ではなく浸透のステップでつまずくので、浸透にはこのような様々な工夫が必要です。
横山 なるほど、納得ですね。私もそうやって考えたいです。

リーダーに求められる条件

2つ目のポイントは、「幹部の育成」。今、多くの会社では、組織のミドルにいるチームリーダーが、トップの考えをあまり理解できず、現場のメンバーに伝えきれていない問題があるんです。そうすると、生産性において大きな差が生まれてしまいます。
私がすごく印象的だったのが、AKB48のドキュメンタリー映画「DOCUMENTARY of AKB48」のなかで、秋元さんがコンサート終了後にメンバーに対して、ものすごく怒っていたシーンです。
横山 西武ドームのコンサートですね。
麻野 そこで、秋元さんは言い放って帰ってしまったけれど、その後の高橋みなみさんのフォローが素晴らしかった。なんで怒られたのかを、かみ砕いてメンバーに話し、これから何をすべきかをきちんと伝えていました。
あれは、会社でもよくあるんですよ(笑)。社長が「おまえら、全然ダメだ」と言って会社を出ていく。そこで、メンバーが「社長は現場のこと全然わかってない」と反発したときに、リーダーが、「そうだよね」って言っちゃうと、組織は腐っていくんです。
そこでトップの考えをきちんと伝えられるリーダーが望ましい。AKB48では、総監督以外にも各チームにキャプテンがいますが、どういう人が選ばれるんですか。
横山 昔は、たかみなさんみたいに、この人に付いていきたいと思われる人がリーダーになることが多かったと思います。でも、最近はリーダーになると注目されるので、運営側が「チャンスを与えたい」と思っている子が任されることも多いんです。だから、必ずしもリーダータイプが選ばれるわけではないので、選ばれた本人も難しいところがあるのかなと思います。
麻野 それは面白いですね。会社でも「誰を職場のリーダーに選ぶか」はすごく大事です。自分の直属のリーダーによって、モチベーションが大きく影響を受けるからです。その結果、チームが崩れることは会社でもよくあるので、AKB48もリーダーの登用基準を見直してもいいかもしれません。
会社で起こりがちな失敗は、「仕事ができてスキルもあるからリーダーにする」パターンです。
横山 それでは、どんな基準が良いんですか。
麻野 やはり、リーダーシップのある人をリーダーにしないと、うまく回らないことが多いんです。そこでは「組織人格」に優れている人、つまり自分よりも組織のために動ける人がリーダーの要件として大事です。
もちろん、能力が高くて人格レベルが素晴らしい人は文句ありません。でも、なかなかそんな人ばかりではない。
問題は、能力が高くて人格レベルの低い人です。この人がリーダーになると、能力が高いので悪影響が大きい。チームをまとめられないだけでなく、「うちの会社って全然ダメだよね」とメンバーを巻き込んでマイナスの方向に進んでしまうこともある。
逆に、人格レベルが高いけれど、能力が低い人は、どんなにだめでもマイナスにまではならないケースも多いんですよね。
だから、リーダーは能力だけではなく、組織人格を持ち合わせた人を登用していく必要がある。
その意味で、横山さんや高橋さんは、第一に組織人格に優れている。私が見たドキュメンタリー映画でも、前田敦子さんが総選挙1位になったときに、高橋さんが一緒に泣いていました。そういう姿に、人は付いてきますよね。
横山 確かに、人のために泣けることは一つあるかもしれないです。私は、第一にAKB48がもっと長く続くグループにしたい気持ちがありますし、そのためにも自分の人気も上げたいなとも考えていて、そのバランスを考えています。
だから、今は能力も高くて人格レベルも高い人を目指しています(笑)。
※後編は来週掲載します。
(構成:菅原聖司、撮影:遠藤素子)
【麻野×横山】メンバーのモチベーションを上げる方法