本田圭佑が贈る「10の言葉」

2016/11/15

逆境に燃える男

今、サッカー日本代表は1998年にW杯に初出場して以降、最大の危機に陥っている。
ハリルホジッチ率いる日本はW杯アジア地区予選B組で3位にすぎず、出場権を得られる2位以内に入れない可能性が出てきた。3位で予選を終えた場合、A組3位との“アジア3位決定戦”に勝ち、さらに北中米カリブ海地区4位とのプレーオフを制すれば出場権を得られるが、一発勝負のプレーオフは避けたいところだ。
写真:長田洋平/アフロスポーツ
今、ハリル・ジャパンは、アジアでの優位性を失っている。
サウジアラビア(B組1位)、オーストラリア(同2位)、UAE(同4位)などのライバルが伸びている一方で、日本は遠藤保仁の後継者不在、世代交代の遅れ、欧州組の所属クラブでの苦戦などが重なり、勢いを失ってしまった。
監督にも責任がある。
ハリルはいい意味でも悪い意味でも頑固で、「縦に早く攻めて裏を狙う」という戦術をなかなか曲げない。
だが、アジアでは相手が守備を固めて裏にスペースがなく、監督が想定する場面が試合で起こりづらい。
それでも指示通りのことをやらないと先発から外される、という印象がチーム内にあり、選手が萎縮してしまった。ザッケローニ時代のような緻密な組織力が影を潜めてしまった。
日本がW杯に出られない――。そんな結末が訪れても驚きではない。
だが、逆境に陥れば陥るほど、燃える男がいる。日本代表の背番号4、本田圭佑だ。
写真:松岡健三郎/アフロ
30歳になり、もはや20代前半の頃とは体力が違う。以前なら長距離移動後に何も問題を感じなかったが、今ではマッサージなどのケアをしないと小さな疲労感が残る。
所属するACミランではモンテッラ新監督の信頼を勝ち取れず、出場機会が減ってしまった。今回の最終予選では、初戦のUAE戦で先制点を決めたものの、それ以降はチャンスを逃すシーンが目につき、メディアからの評価も落ちている。
それでも一切目標がブレないのが本田だ。W杯の頂点に駆け上がるルートを本気で考え続けている。これほど「分をわきまえない」ことにたけた日本人はいないだろう。
なぜ本田はいくらピンチに陥っても、苦しくても、たたかれても、諦めないのか?
 筆者は2010年W杯後から本田への密着取材を始め、今月、その記事をまとめた書籍『直撃 本田圭佑』(文藝春秋社)を上梓した。本田の哲学はビジネスパーソンにも参考になる部分があると考える。本の中から「本田圭佑の10の言葉」を抜粋したい。

本田圭佑の10の言葉

写真:筆者撮影
サッカーはピッチ上の格闘技とよく言われるが、体重による階級分けはない「無差別級」のリアルファイトである。身長差も体重差も言い訳にはできない。ゴール前ともなれば、後ろから190cm級の選手に激しくぶつかられることになる。
だからこそ身長で劣る日本人選手は、一般的に「スピード」(俊敏性)に活路を見いだしている。体に触られなければ、体重差は関係ない。逆に体の小ささを生かして、大柄なDFを翻弄(ほんろう)すればいい。
そんな中、本田圭佑の哲学は違う。欧米の選手たちの「パワー」から逃げず、真っ向勝負しているのだ。
「体重って、やっぱりぶつかり合いにおいて大きなファクターなんですね。極端に言えば、熊や虎と戦ったら、どんなに人間が鍛えても限界がある。日本人と欧米の選手では骨格が違うから、それを超えるのは簡単ではない。でも、勝てないまでも、まずは負けないことが大事で。そのためには日々トレーニングをして、パワーの差を縮めることが必要なんです。体重が10キロ違ったら勝負にならなくても、5キロ差なら勝負になる。で、あとは根性。俺はどんな大きな相手にでも、肩が外れてでもバーンと行くから。『こいつ何なん?』って思わせる。そうすると90分の中でじわじわ相手のパワーがそぎ落とされて、だいたい相手におかしなことが起きる」
過去のW杯において、日本人選手の中で最もゴールを決めているのは本田だ(3得点)。大一番や過酷な試合において、結果を出す確率が高いのは、「パワー」というブレない拠り所があるからだろう。どんなに調子が悪くても、フィジカルで最低限のプレーをできる。
ただ、ほぼ毎日、体幹トレーニングで体を追い込むため、常に筋肉痛を抱えることになるが、ストイックな努力は大好物である。
クレイジーなまでに日本人らしからぬ武器を追求していることが、本田を日本代表における特別な存在にしている。
写真:筆者撮影
本田の特徴のひとつは、何かに挑戦するときには、まずその分野のナンバーワンを見て、自分の現在地と比べることにある。手が届きそうな目標を基準にすることはない。
たとえば、普通の高校生ならJリーグで活躍する選手を見て、自分に何が足りないかを考えるだろう。だが本田は違った。星稜高校時代、レアル・マドリードのジダンを見て、そこから逆算していた。
「理由は極めてシンプル。Jリーグにいる選手を基準にしたら、自分がJリーガーになったときに、また次の目標を見つけて逆算する作業をしなきゃいけない。最初から世界一を基準にした方が、無駄がないですよね?」
写真:筆者撮影
『直撃 本田圭佑』の中で繰り返し出てくるのが、「自分に向いていること」と「自分がやりたいこと」をめぐる葛藤だ。
ゲームメイクにたけた本田のようなタイプは、ボランチに適性がある。元バルセロナのシャビと同じ路線に進んだ方が、どの監督にとっても使い勝手がいい選手になるだろう。
しかし、それだと永遠にシャビには勝てない。本田はあえて点を取ることにこだわり、シャビでもクリスティアーノ・ロナウドでもないスタイルを目指してきた。
その試みは、今のところ成功したとは言えない。ACミランで10番を背負ったが、イタリアサッカーの壁にぶつかった。今からメッシになるのは相当に難しい。そこで本田は評価の定義を広げ、ピッチ外のビジネスの成功を含めて「世界一の選手」になればいいと考えるようになった。
悪あがきかもしれない。でも諦めなければ、きっとどこか自分だけの場所にたどり着ける。
写真:PICS UNITED/アフロ
本田は非エリートだ。中3のとき、ガンバ大阪のジュニアユースからユースへ上がれず、大きな挫折を味わった。オランダのフェンロでは、移籍初年度に2部降格を味わった。才能の人ではない。
だが、あえて天才的な部分をあげるとすれば、「ポジティブシンキングの天才」である。くよくよしたり、投げやりになったりすることはほぼない。
失敗しても、批判されても、挫折しても、とにかく愉(たの)しもうとする。まわりにも愉しもうと呼びかける。このポジティブさが、本田特有のしぶとさの源泉になっている。
写真:筆者撮影
成功すればするほど、その成功の型を崩さないようにするのが普通だろう。それは安定感をもたらすが、ときに足かせにもなる。
一方、本田は成功体験にしがみつかない男だ。常に変化を望み、新たな解を探している。
この「どんどんギアチェンジしていきたい」という言葉を聞いたのは、2011年1月、日本がアジアカップで優勝し、本田がMVPに輝いた翌日のことだ。カタールのドーハ国際空港のラウンジで、エスプレッソを飲みながら“直撃”した。
あれから5年が経ち、いまだに本田はギアチェンジにトライしているように思う。ロシアW杯を集大成とすべく、さらなる進化を遂げるはずだ。
写真:PICS UNITED/アフロ
『直撃 本田圭佑』の第4章では、「非エリートの思考法」と題して、逆境の乗り越え方を掘り下げた。そのときに出てきたのが、この言葉だ。これもポジティブシンキングのひとつだが、ただ楽天的なだけでなく、失敗を成功への糧にしようという冷静さがそこにはある。
2008年夏、本田はどん底にいた。フェンロが2部に落ち、北京五輪で活躍して他クラブへの移籍を狙うも、日本は北京で1勝もできずに大会を去ることになる。当然、移籍先は見つからず、本田はオランダ2部でプレーすることになった。
ところが、この転落が上昇へのきっかけとなる。
本田はオランダ2部で徹底的に得点にこだわるようになり、シーズンの途中からキャプテンを任された。英語でチームメートを鼓舞し、落ち込んでいる選手がいれば食事に誘って励ました。フェンロは優勝を果たし、22歳の日本人は2部のMVPに選ばれ、オランダで最も注目される若手のひとりになった。
2部での1年間が絶好の修業の場になったのである。
「下に落ちるのも、次に上がるための変化かもしれない」
これは本田が自ら経験した真実だ。
写真:筆者撮影
熱い性格ながら冷静さもあるため、自分を客観視することができる。だから本田は、まわりからの厳しい意見を歓迎している。
「自分を客観視するために、とりあえずみんなに訊く。聞いていてイラっとすることもあるけど、自分のイラっとした感情なんて関係ないから。大事なのはそこじゃないでしょ。僕自身は真実しか興味のないタイプなんでね。偽って生きてもしゃーないでしょ」
写真:筆者撮影
本田と話していてときどき驚かされるのは、共感力が高いことだ。
たとえばニュースで力士が川でおぼれる子ども2人を助けたというニュースを見ると、「はたして自分は助けられたか」という想像がどんどん膨らんでいく。話しながらジェスチャーを交えて、川に飛び込んで子どもを助けるシミュレーションを始めるほどだ。
もし川で事故があったというニュースを耳にすれば、そのシーンが目の前に浮かんで心を痛める。
頭の中で視覚的なイメージを描く力が強いのかもしれない。とにかく何事も自分のことのように感じる。
だからなのだろう。コミュニケーションにおいて、相手のことを思って言うべきことを我慢しない。
「ぶつかると言うけど、人それぞれ意見が違うっていうのは当たり前の話だから。そもそも意見が一緒なんていうことはありえへん。考え方が違うからこそ、そこで一番いい方法を話し合って決めるわけでしょ。衝突でも何でもない。『ほぅ、あなたはそういう考えなん? でも、オレはこういう考え方なんや』って。どうするのがベストなんかなっていう話なだけやから」
これまでに監督に対して意見したことで、関係がこじれたこともあった。だが、コミュニケーションを重ねるうちに、悪意がないことが次第にわかり、信頼関係を築いてきた。
すでに書いたように、ハリル・ジャパンの問題点は監督と選手の意思疎通の齟齬(そご)だ。本田なら、その溝を埋めていけるはずだ。
写真:筆者撮影
これは、ここまであげてきたすべての言葉の背景にある考えのように思う。評価が落ちることを恐れないからこそ、トライでき、失敗をポジティブに捉え、地位にしがみつかずにいられる。
カッコつけていながら、カッコ悪くていいと思っている。この愛嬌が人をひきつけるのだろう。
写真:筆者撮影
これは本のエピローグで、本田から筆者に送られた言葉だ。
「自分の限界を壊せ!」
感情が高まるのを感じながら、多くの人に知って欲しいと思ったメッセージだ。
(文:木崎伸也)
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