スタンフォードの学生は「トランプ勝利」にどう反応したか

2016/11/11
シリコンバレーの中心にあるスタンフォード大学。ヒラリー支持が多い同大学の学生はトランプ勝利にどう反応したのか。同大学の米スタンフォード大学 John.S.Knight ジャーナリズム客員研究員を務める洪由姫氏が現地からレポートする。

葬式のような静けさ

“トランプ大統領誕生”
ニュース速報が流れてから数時間後、私はなんとも言えない重苦しい気持ちを引きずりながらようやくベッドから這い出た。スタンフォード大学の朝一のクラスに向かわなくてはならないが、どうにもこうにも気が進まない。
スタンフォード大学が位置するアメリカ西海岸、カリフォルニア州は全州の中で最多となる55人の選挙人を抱える大票田であり、民主党の圧倒的な地盤でもある。
その場所において、トランプ候補の勝利は衝撃以外の何物でもない。
クラスに入った途端、雰囲気はいつもとまったく違っていた。朝から賑やかなはずのクラスメートたちが一転、葬式ではないかと思うほど押し黙っている。
空気を変えようと“ハイ”と声をかけても元気のない挨拶が返ってくるだけだった。
教授は普通に授業に入れないと判断したのだろう。
学生たちに円陣をつくるよう促し、こう呼びかけた。
「今の皆が思っている気持ちを一言ずつシェアしよう」
その瞬間、堰を切ったように言葉が溢れ出た。
恐怖、不確実性、戦争、爆発、裏切り、嘘、立ち直れないショック……。
現状を受け入れられずに感情を爆発させ、エフワード(欧米で非常に下品な言葉)を大声で叫ぶ者もいた。

ビザ数が制限される懸念

多くのイスラム教徒の友人を持つ学生は、自身も幼い時に移民してきた事情を話し、自分が信じてきたアメリカとあまりにも違う国に成り果ててしまったことに涙を流した。
この日、校内では、誰もが諦めとも苛立ちともつかないため息をもらしながら、混沌とした先行きを懸念していた。
「トランプは白人の労働階級をうまく操って、仕事が移民に奪われるなど恐怖心を植え付け、食い物にする形で成長してきた。一番心配するのは、今後さらに戦争に加担すること、国内の分断が深まり、ヘイトクライムが増加することだ」(社会学専攻)
「激しい人種差別主義者、性差別主義者の台頭は、情報を正しく理解し、自分で判断する力を養えてこなかったこと、つまり、アメリカの教育がどれだけ失敗したかを示しているのだと思う」(コミュニケーション学専攻)
「メキシコや中国、国際関係の悪化を最も懸念している。また気候変動の取り組みについても大きく影響が出るのではないかと思う」(工学専攻)
トランプ氏は再生可能エネルギー開発に対する補助金廃止を見込んでいると見られ、気候変動への取り組みが後退すると指摘する声も少なくなかった。
さらに、シリコンバレーにいる学生たちにとって深刻な状況もある。
「移民が働くためのH-1Bビザによってシリコンバレーは優秀な人材を海外から獲得して成長してきた。このビザの発給が制限されれば、競争力を削がれることになり、大きなダメージになる可能性がある」(工学専攻)
H1-BビザはアメリカのIT企業、また銀行などで働く外国人のための労働ビザとして主に発給されるもので、その需要はうなぎのぼりだ。
移民局はH1-Bの申請受付を4月に開始したが、わずか1週間で年間の新規発行分を大幅に上回り、8万5000人の枠に23万人が殺到した。トランプ氏はこのビザの数を制限し、国民の採用を優先することを求めているのだ。

トランプ支持者の声を聞くべき

また、先月トランプ支持を表明しシリコンバレー界隈を驚かせた決済大手ペイパル共同創業者のピーター・ティール氏への反応も聞かれた。
「彼が賛成しているのは法人税を35%から15%にするという経済政策。リッチな大企業から見れば美味しい話に乗っているだけで、そこに彼の強い信念は感じない」(工学専攻)
「トランプ氏支持を公言したシリコンバレーの起業家は1人だったが、実際にトランプ氏に投票したのが1人だったかはわからない。もしかしたら、彼は周囲が思っていても言わなかった、言えなかったことを正直に言っただけで、密かに投票をした投資家や起業家もいたのかもしれない」
今回の選挙では、トランプ候補の当選という番狂わせとともに、主要なアメリカメディアの世論調査がまったく当たらなかったことも大きなニュースになった。
過去の大統領選で精度の高い予想をすることで高い人気を誇る世論調査サイト「ファイブ・サーティエイト」。私も開票直前までチェックしていたが、ヒラリー氏の勝率を71.4%と試算していた。
この想定外の結果の一つとして考えられているのが「トランプ支持者であることを公言せず隠していた」人数が想定以上に多く、正確な数の把握に影響を与えたとする見方だ。
今回、大きく外れた点についてはサンプルの数や調査方法のやり方も含め、数々の理由がいま分析されている。
回票の結果を経て、トランプ支持の友人をフェイスブックの「友人カテゴリー」から外すといった動きが広がっている。ますます共和党・民主党支持者との亀裂は深まるばかりに見えたが、一人の学生がこんなことも話してくれた。
「同じアメリカ人でありながら、こんなにも気持ちの間に埋めがたい溝が生まれていることにただただ驚いている。でもその溝は、私たちもトランプ支持者の声を本当に聞こうとしなかったことで生まれたのかもしれない。互いの考えが違うからといって突き放すのでなく、なぜ彼らがそう思うのか、その声を聞く時だ」