トランプ勝利が告げる「3つの終わり」

2016/11/10
20年前と変わらぬ中間層の所得
下馬評を覆してのトランプの完勝。この歴史的勝利は何を意味するのか。
間違いなく言えるのは、中間層、とくに白人の労働者階級の不満が爆発したということだ。
過去20年にわたり、アメリカ経済は順調に拡大してきた。しかし、その恩恵が中間層に十分に行き渡ることはなかった。
それはデータからも明らかだ。
1990年前後から、収入全体に占めるトップ1%、5%の富裕層のシェアは右肩上がりで上昇。それに対して、中間層の実質所得の中央値は、20年前と同じ水準に留まっている。
その結果、格差の水準を示す「ジニ係数」は2000年前後から一貫して上昇。イギリス、ドイツ、日本など他の先進国と比べても、米国の格差の大きさは際立っている。
こうした格差拡大によって溜まりに溜まったフラストレーション、そして、口では変化を叫びながら、何も変えようとしない、変えられないエリート層への苛立ち。そうした不満が噴き出したのが、今回の投票結果と言えるだろう。
グローバル化の逆流
ブレグジットに続く、まさかのどんでん返し。トランプの勝利は、歴史のターニングポイントを示唆している。
トランプ勝利は、少なくとも「3つの終わり」を告げている。
1つ目は、「グローバル化の進行」の終わりだ。
冷戦後、衰えることなく続いてきた「グローバル化」は、世界全体を豊かにした。
とくに、グローバル化により潤ったのが新興国だ。中国を筆頭に、多くの人々が貧困から抜け出し、中間層へと成長していった。世界経済全体で見た場合、グローバル化は確実に富を拡大させたのだ。
しかし、前述の通り、そのメリットを先進国の中間層は十分に分かち合うことができなかった。
それを端的に示すのが、ニューヨーク市立大学のブランコ・ミラノヴィッチ教授が発表した「エレファントチャート」だ。
このチャートが表すのは、1988年〜2008年のグローバルな所得配分の変化だ。縦軸には、購買力平価ベースの実質所得の変化率(%)をとり、横軸には、グローバルな家計所得の分布を示している。
チャートからわかるように、所得が大きく上昇しているのは、下位10〜60%の家計(主に新興国の家計)と、上位1%の家計(主に世界の超富裕層)。一方、上位70〜90%の家計(主に先進国の中間層)の所得は横ばいか下落している。
この象のような「エレファントチャート」が示すように、先進国の中間層だけが富の拡大から置き去りにされてしまったのだ。
その中間層が、グローバル化に反対し、保護主義を訴えるトランプを支持したのは、ある意味自然な流れと言える。
実際、すでにグローバル化反転の兆候は芽生えている。
米国の輸出入額の合計は昨年、2000億ドル以上も減少。2016年の1~9月を見ると、さらに4700億ドル減少している。国内総生産(GDP)が伸びているのにもかかわらず、輸出入額が減少したのは第2次世界大戦以降、初めてのことだ。
TPPが実現すれば、また世界の貿易は回復するかもしれないが、大きな潮流としては、グローバル化がピークアウトしつつあると言える。
多文化と真実の終わり
2つ目が、「マルチカルチャー化の終わり」である。
米国を中心とする西洋社会では、人種の多様性こそ善であるという理想にもとづき、文化、民族の融合を進めてきた。
しかし、麗しい理想と、日々の生活を送る人々の感覚にずれが生じてきている。「ダイバーシティ疲れ」とでも言うべき状況が現れ始めているのだ。
移民は、雇用を奪い、賃金下落のプレッシャーを高める存在として、とくに白人の労働者階級にとって歓迎せざる対象となっている。
そうした本音をうまくえぐったのが、ブレグジットの急先鋒となったボリス・ジョンソン(現外務大臣)であり、トランプだった。
急ぎすぎたマルチカルチャー化のバックラッシュが起きているとも言えるだろう。
3つ目が、「真実による政治の終わり」である。エリートによる理性に基づいた政治の終わりと言っていいかもしれない。
今回の選挙戦を通して、トランプは事実に基づかない主張を繰り返した。そうしたトランプの姿勢は、メディアからは批判されたが、有権者の支持が大きく落ちることはなかった。
ある意味、プロパガンダが巧みな者こそが、国民を喜ばせることのできるエンターテイナーこそが、権力を握る世界がやってきたと言える。真実よりも、インパクトが大事な時代となったのだ。
これら「3つの終わり」が示唆するのは、自由民主主義、資本主義、世俗的ナショナリズムの3つを基盤とした「西洋モデル」の支配の終わりでもある。
ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授は、著書の『ポスト西洋世界はどこに向かうのか』の中で、「われわれが目撃しているのは、世界が西洋モデルに収斂していく流れではなく、反対に、パワーの分散と政治の多様化である」と述べている 。
世界の国家モデルが、これまで以上に多様化し、独裁、民主主義、ポピュリズム、資本主義、統制主義などが混在する世界が訪れている。
「歴史上はじめて、相互依存の世界から中心国やグローバルな守護者が消えるのである。世界秩序が新しく現れてくるとすれば、それは多様な政治文化と、国内・国際秩序についての競合するいくつかの概念が混ざり合ってできあがるものだろう」(カプチャン氏)
トランプと日本
そんな中心軸がなくなる世界の中で、日本も変化を迫られている。
トランプ大統領の下、日米同盟の位置づけ、アメリカのアジア戦略も大きく変わる可能性がある。
トランプはニューヨーク・タイムズとのインタビューでこう述べている。
「今は、基本的にアメリカが日本を守ってやっている。北朝鮮が思い切ったことをするたびに、日本をはじめとする国から電話がかかってきて、なんとかしてくれと言われる。そんなことはどこかの時点で無理になる」
「もしアメリカが攻撃を受けたら、日本側は何もする必要がない。逆に、もし彼らが攻撃を受けたら、われわれは全力で出て行かなくてはいけない。わかるだろう? (日米間には)実に一方的な合意があるんだ。言い換えると、アメリカが攻撃されたら、日本はアメリカを守りに来る必要はなく、彼らが攻撃されたら、われわれが全面的に彼らの防衛に行かなくてはいけない。これは本当に問題だ」
トランプ大統領誕生に伴い、日本は「国際政治のリアリティー」と直面せざるを得なくなる。対米一辺倒の外交からの脱却も求められてくるだろう。
今後、トランプ大統領が誕生した後の「トランプ後の世界」は、どんな世界になるのだろうか。世界秩序と各国の関係はどう変わっていくのだろうか。
NewsPicksでは「トランプ後の世界」と題する特集をスタート。経済へのインパクト、トランプの人生ヒストリーに加え、日米関係、米中関係、米ロ関係、そして、新しい世界秩序などについて識者とともに考えていく。
(写真:ロイター/アフロ)