三井住友銀行が考える「未来の銀行」のカタチとは

2016/11/17
三井住友銀行が参加者を公募して主催したイベント「ミライハッカソン」は、“金融×〇〇業界”をテーマに、既存の銀行業の枠組みにとらわれない新しいサービスを生み出すための創造の試みだ。このハッカソンに焦点をあてながら、“イノベーション企業”に生まれ変わらんとする三井住友銀行の改革の戦略をひもとく。

メガバンクの“本気”、金融APIの提供

三井住友銀行が“未来の銀行”になろうとしている。今年7月から10月にかけて、公募による参加者を募って開催された「ミライハッカソン」は、“金融APIでつなぐ新しいビジネス、新しいミライ”をテーマとして27種類もの金融APIのプロトタイプを提供、複数の業界を組み合わせた自由なサービス開発を競うという、メガバンク史上初の大胆なチャレンジで注目を集めた。
金融APIを外部企業も利用できれば、これまで銀行だけが持っていた口座振込、送金などの各種機能を共有できるようになる。そして金融とITが機能を共有する流れをFinTechと呼ぶ。つまり、日本最大級の金融機関である三井住友銀行がいかにFintechと融合するか、その試金石とも言えるイベントとなった。
今回のイベントのために開発されたプロトタイプのAPIは、銀行の各種サービスやクジットカードに関連するもので27種類。APIを介して提供されるデータはイベント用のダミーだが、本物の金融取引データと同様のリアリティが追求された。
ハッカソンの企画・運営を行ったのは、三井住友フィナンシャルグループ(FG)のコーポレート部門で、グループを横断した改革を担う「ITイノベーション推進部」。そのメンバーの約半数が金融以外の業種の出身者という異色の部門だ。
呼びかけに応えて参戦したのは、Fintech系のベンチャー企業をはじめ、金融とは縁もゆかりもない異業種の開発者集団など約30チーム。審査員には、三井住友FGの各部門のトップに加えて、国内のVCやインキュベーターなどが名を連ねた。
各チームのアイデアは、①他業種連携(新規性)、②ニーズ、③事業性、④実現可能性、⑤熱意、⑥成果物の6つの要素で審査され、書類選考と2日間のハッカソンおよびメンタリングを経て、ファイナルとなるDemo Dayには5チームが進出。各チームによる渾身のプレゼンをもとに、審査員が最優秀賞と、個性に応じた各賞を選んだ。
審査員を務めたのは、東博暢氏(日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門主席研究員/融合戦略グループ長)/立岡恵介氏(グローバル・ブレイン パートナー)/村田祐介氏(インキュベイトファンド 代表パートナー)/吉岡優氏(GMO ペイメントゲートウェイ イノベーションパートナーズ本部 上席執行役員 戦略統括部長)/小池裕幸氏(日本アイ・ビー・エム 執行役員 デジタル・イノベーション事業推進担当)/榊原健太郎氏(サムライインキュベート 代表取締役)/太田純氏(三井住友銀行 取締役兼専務執行役員)/向伸一氏(三井住友銀行 決済業務部長)/中山知章氏(三井住友銀行 IT イノベーション推進部長)の9名。

介護業界の“必要悪”を解決するサービス

そのなかでも、最優秀賞に選ばれたグローリーの介護施設事務支援サービス『Grow up ケアシステム』は、介護施設における介護者の小口決済を透明化・最適化するサービスだ。
優勝したグローリーは、金融機関向けの通貨処理機や、電子マネーなどの通貨関連機器の開発・製造及び販売・メンテナンスを行う企業のメンバーを中心としたチーム。
現在の介護施設は、入居者が買い物を自由に行えるように、家族から通帳と印鑑を預かって管理している。しかし、そもそも介護施設が第三者の銀行口座を管理することは、銀行側の本人確認面で懸念されるとともに、施設側と入居者間の金銭トラブルも生じている。
『Grow up ケアシステム』は入居者の顔認証によるログインサービスを利用し、オンライン上で出金管理を行うことでこの問題を解決に導こうとするものだ。
「アイデアのもとは地銀の支店営業から『月末の締め日になると、介護施設の人がたくさんの通帳と伝票を持ってやってくる』という話を聞いたこと。介護施設には入居者の通帳と印鑑を預かるという慣習があり、問題視されながらも黙認されているという実態を知りました。
これを解決する方法を考えた結果、金融APIに弊社が持つ顔認証技術を加えることで、根本的な解決と不正防止を実現する決済システムを作ることができた。本格的な事業化に向けて、三井住友銀行さんの協力を得ながら走り出しています」(グローリーの大坪公成氏)
今回、参加チームに提供されたのはあくまでもプロトタイプの APIであり、本格的に事業化していくためには、正式 API を開発・提供する必要がある。外部企業とのパートナー関係の構築、オープンイノベーションを進めるうえで、どのような API が求められるか、またメガバンクとしてどのようにAPIを使ってもらうかを検討する上でも、今回のハッカソンは絶好の機会となった。

ITイノベーション推進部が考える“未来の銀行”

──そもそも「ミライハッカソン」を開催した目的とは?
天野:金融機関がAPIを提供することのニーズや可能性を、外部の人の知見を借りて確認することが最大の狙いでした。
金融はなにかと規制が多く、イノベーションの起こりにくい業種というイメージですが、その時代は終わりつつあります。5月に銀行法の改正が実現したように、日本政府もFintechの推進に非常に積極的です。
しかし、金融機関が自社で業界全体を変革するようなイノベーションを創出することは難しい。他企業と連携したオープンイノベーションを推進する必要があることを、誰よりもわれわれ自身が実感しています。
竹田:事実、改正された銀行法によって、たとえばわれわれ銀行もグーグルのようにM&Aを行い、ITベンチャー企業を子会社化することができるようになりました。銀行にとっては、イノベーションのオプションが増えたわけです。
そうしたなかで、銀行が他企業とWIN-WINの関係性を築き、どのようなイノベーションを生み出すことができるのか。それを探るのが今回の「ミライハッカソン」の目的であり、WIN-WINでつながる方法が、まさにAPIの提供なのだと思います。
──グローリーが最優秀賞を受賞した決め手は?
天野:登壇したすべてのアイデアが、銀行内から決して生まれない斬新なものでしたが、なかでもグローリーのサービスは、「具体的な社会的課題にフォーカスして金融サービスを作っていきたい」という私どもの社会的使命とニーズを満たしていました。
また、「金融✕◯◯業界」つまり他業界連携にフォーカスした今回のハッカソンの中において、とてもシンプルで分かりやすいものだったこともアドバンテージになりました。
竹田:現在、私たちは「Grow up ケアシステム」がビジネスとして実現可能かどうか、本格的な調査を始めています。介護業界に本当にニーズがあるのか、全国の支店を通じて実際にヒアリングを行っている段階です。
決勝に先立ち、2日間に渡って行われたハッカソンの会場風景。各チーム20分間のメンタリングを受けながら、事業アイデアをブラッシュアップしていった。
──今後、三井住友銀行の金融APIはオープン化していく?
竹田:顧客基盤の中にある情報を、どのようなパートナーに、どのような基準で開放してゆくか、さらにはセキュリティ面など、APIオープン化の道にはまだまだ課題が多く、現段階では “オープン化する”と明言することはできません。
しかし、金融APIがオープン化されれば、お客様にも大きなメリットをもたらす新しいサービスが生み出せることは明白です。今回の「ミライハッカソン」はその証明でもあり、また、お客様と銀行、パートナー企業が、それぞれWIN-WINになる枠組みを考えていくフェーズに進みたい、とグループ全体で考える転機にもなりました。
天野: APIは、ただ私たち銀行のデータを開放するだけではなく、各業界のサービスをつなぎ、新しい価値やサービスを生み出すひとつのツールになるのだということを、グループ内でも認識してもらえたと感じています。
SMFG内だけでなく、外部からFintechに知見のある人物をメンターとして広く招聘した結果、テクノロジーの先進性よりも“ビジネスとしての将来性”を重視したアイデアが数多く生まれた。
──三井住友銀行が考える「未来の銀行」のカタチは?
天野:経済活動のあるところには、必ず金融が関わります。これから銀行は、さまざまな企業と積極的に接点を持ちながら、従来の銀行の価値観にとらわれない、イノベーションの「ハブ」となる存在になっていかなければなりません。
竹田:未来の銀行はどんな姿をしているのか、それは現時点ではまだ分かりません。ただ、「今の銀行の形」がこのまま続くことだけは絶対にありえないでしょう。支店や窓口がなくなるかもしれない。銀行がECサイトでモノを売っているかもしれない。どんな可能性でもありえます。
確かなのは、社会が抱えている課題をひとつひとつ解決し、お客様のニーズに応えていくなかに、未来の銀行の姿があるということ。今回のハッカソンから生まれたようなサービスを作っていくなかで、必ず答えが見えてくるはずです。
(取材・文:森旭彦/呉 琢磨、撮影:岡村大輔/小沢朋範、図版:砂田優花)