【プロピッカー・中村豊】アスリートの育成法はビジネスにも活かせる

2016/11/1

トレーナーという職業

NewsPicksのみなさんこんにちは。中村豊と申します。私は1年ほど前、NewsPicksで「日本テニスレボリューション」という連載を通して、プロテニス界の現状、スポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについてお伝えしていました。
今回ご縁をいただきまして、プロピッカーとしてNewsPicksに戻ってくることができ、とても嬉しく思っています。
そこで、この場をお借りして、改めて私の現在の活動、そして大事にしていることについてピッカーのみなさんにお伝えできればと思っております。
私は、米国フロリダを拠点にアスリート育成をしており、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱しています。
経歴としては、錦織圭も所属している米国IMGアカデミー、オーストラリアテニス協会などを経て、現在は女子テニス選手のマリア・シャラポワ、女子ゴルファーのコルダ姉妹、そして最近ではサッカー選手の指導育成に携わっています。
私がIMGアカデミーに在籍していたころ、錦織圭もIMGアカデミーに日本からテニス留学をしており、私は彼が13歳~20歳のころまでフィジカルトレーニングを担当していました。
それ以外にも現在は錦織圭選手を支援した盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務めており、将来有望な同ファンドの13歳~14歳のジュニアの育成にも関わっています。
私がやっているトレーナーという職業は、日本ではなじみが薄いかもしれませんが、アメリカでは地位が確立されています。
アメリカはスポーツの裾野が広い国です。4大スポーツとして、アメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)、ベースボール(MLB)、ホッケー(NHL)がある他に、テニス、ゴルフなど個人スポーツも活発です。それだけでなく、大学スポーツもとても人気がありますし、完全に文化として根付いています。
そんな環境下なので、各アスリートはパフォーマンスを向上させるために、フィジカルのプロフェッショナルであるトレーナーの指導を受けることがシステム化されています。
トレーナーは、受け持った選手のフィジカル面は全て担当します。そのため、知識、経験、発言において求められるレベルは当然高くなっています。そのため、選手の要求に応えられなければポジションを維持できないという厳しさもあるのです。
中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート育成、総合的な指導をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国IMGアカデミー、オーストラリアテニス協会などを経て現在は女子テニスWTAのマリア・シャラポワ選手、LPGAゴルファーからサッカー選手の指導育成に携わっている。米国フロリダを拠点に、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。http://www.yutakanakamura.com

錦織圭とシャラポワの共通点

私がトレーナーとして多くの選手を見てきて思うことは、伸びる人は自分のやっていることに常に真剣勝負、無我夢中で入り込むことができます。
錦織圭とシャラポワの共通点は、2人ともテニスが大好きなこと、そしてプライドを持てていることです。錦織もコートを離れるとシャイな青年ですが「テニスをしている時こそ自分が一番輝くことができる」と自覚して彼はラケットを振っています。
ビジネスの世界でも言えると思いますが、「自分がどういった場面で一番輝けるか」を意識することは大事ですし、指導者はそれに気付かせてあげるべきなのです。
この点は、私も指導者として非常に大事にしていることです。
もちろん「俺について来い」といった指導法を取ることもありますが、選手の自覚を促すためにも、私は選手と一緒に議論をしながら答えを出すスタンスを大事にしています。
NewsPicksでもプロフェッショナル論が人気と聞いていますが、プロフェッショナルに必要なことは「革命家であること」と「常に進化する気持ち」だと思っています。
現状に満足せず、常に次のことを考えられるかどうか。錦織もそうですが、このような思考回路をもっている人こそがプレッシャーに打ち勝ち、世界を変えることができます。
私はこのプレッシャーに打ち勝つためには2つのことが大事だと思っています。
まずは逃げないでしっかりと立ち向かう勇気を持つこと。そしてやるべきことを事前にしっかりとやっておくという準備を徹底させることです。
やるべきことをしっかりやっておかないと、その後ろめたさが頭の中に残ってしまい、ネガティブな影響を与えてしまいます。
ただ、プレッシャーがあるのは挑戦している証でもあり、そのおかげで自分の殻を破れる面もあります。だからこそ、プレッシャーと素直に向き合うことが重要です。
ビジネスでも大事なプレゼンの場では緊張することもあると思いますが、緊張している時は「緊張している」と言ってしまえばいいのです。
自分の感情に嘘をつかず、素の自分を認めてあげることで、プレッシャーとポジティブに向き合えるようになります。

海外経験が教えてくれること

また、私は長年海外で活動しているからこそ見えてきたものもあります。日本人は規律正しい。時間をしっかり守る、物事をしっかり考える、思いやりの精神がある、などいい点をたくさん持っていますが、それを本当の意味で知るためには、一度海外に出てみると分かります。
外から見て日本の良さを知ると、自分たちにいい意味でプライドを持つことができますし、自分に対する厳しさを持つこともできます。
サッカーの本田圭佑や長友佑都があそこまで自らを律しているのは、海外に出て現実を知り、生き残るために必死だからです。
ちなみに、トレーナーの立場として、日本人と海外選手のフィジカルについて比較すると、日本人は身体が柔らかく、上手に動かせるという面がありますが、身体の強さやパワーにはやはり劣ります。海外選手はパワーだけで押し切れることも多いのです。
そのため、海外にはそこまでストレッチやマッサージを熱心にしない選手も多いのですが、日本人が同じようなことをしていたら勝つことができません。
自分たちの良さ、そして足りないところを認識させてくれるのが海外での経験だといえます。
NewsPicksではプロピッカーとして色々な方と交流をしたいと思っています。
私が持っているものは海外での経験、そしてプロスポーツ界での経験なので、それらをお伝えできればと思っています。
反対に、ビジネスの最前線で活躍している方からは、物の考え方や捉え方などを学びたいと思っています。こうした経験が交ざり合うことで、また何か新しい発想が生まれるのではないでしょうか。
また、アスリートは健康でないと長期間活躍することができないことから、健康についても向き合ってきました。アスリートの健康法は、一般の方にも生かせるものが数多くあります。そうしたメソッドも伝えていければと思っています。みなさん、何とぞよろしくお願いします。

現在のテニス界について

最後に、私から現在のテニス界についての見解を述べさせていただきます。
現在のテニス界はフェデラーやセリーナ・ウィリアムズを筆頭に選手のキャリアがどんどん伸びています。
以前は30歳を超えるとプレーのレベルが落ち、引退する選手も多かったのですが、現在はスポーツサイエンスを取り入れ、フィジカルトレーニング、栄養補給、リカバリーを上手に取り入れた選手は選手寿命を長くすることが出来ています。
それだけでなく、年齢を重ねた選手は技術、戦術に円熟味が増してきますので、30歳を超えた選手がどんどん活躍出来るようになってきているのだと思います。これは、いまのテニス界の層が非常に厚くなっているとも言えます。
その中で、日本の錦織が現在のランキング(11月1日現在、世界4位)を維持できているのは、「継続して試合に勝ち続けられる強さ」があるからです。
現在のプロテニスのシステムは、1回アップセット(下位の選手が上位の選手に勝つこと)をしただけではランキングがすぐには上がりません。常に勝つ必要があるのです。
錦織は今年の12月で27歳なのでもう中堅と言えますが、かなりグランドスラムに近い位置にいると見ています。プロの世界でも「グランドスラムを獲りたい」と言う選手は多いですが、その言葉に行動が伴っていない選手もいます。
ただ、錦織は本気でグランドスラムを狙いに行っていますし、今年はオリンピックでナダルに勝ったり、全米でマレーに勝ったりと結果も残しているので、その実感も増してきているでしょう。この先2年間は特にチャンスがあると思います。今後の錦織圭に期待しています。
(写真提供:中村豊、構成:上田裕)