【横山×大室】優れたリーダーは“足りない部分”を認めている

2016/10/30
AKB48グループの2代目総監督を務める 横山由依さんがNewsPicksのプロピッカーと対談する連載「教えて!プロピッカー」。政治・経済からカルチャーまで、第一線で活躍しているキーパーソンと対談し、基礎から学んでいく企画だ。
今回のゲストは産業医の大室正志さん。ビジネスパーソンが抱えるメンタルの課題から、産業医の観点から見た優れたリーダーの資質などについてレクチャーする。

若い世代が抱えるメンタルの課題

横山 今、若い人の間では、メンタルに問題を抱えている人は増えているんですか。
大室 増えていますね。昔から、大人になるためにはイニシエーション、いわゆる儀式を経てきました。たとえば、武士の世界では、元服してまげを揃えるようなことです。
今だと成人式がありますが、もっと手前の「部活に入ること」もそれに当たります。部活に入ると、急に先輩の言うことは絶対になって「カレーパン、買ってこい」と言われますよね。
こうした上下関係に基づく環境変化って、最初はキツいんだけど、だんだん慣れてくる。人はそういう経験を重ねて、大人になっていくわけです。
本来は、それを経て新入社員になるんだけど、今では先輩後輩の上下関係がフラットで、漫画でたとえるなら「巨人の星」ではなくて「ワンピース」の関係です。つまり、「横の繋がりでやっていこう」という関係性ですね。
それは良いことでもありますが、少なくとも多くの会社では明確な上下関係がある。そこを経験していないため、新入社員になった段階で、アレルギー反応を起こしちゃう人もいます。
横山 「こんなはずじゃないのに」って思ってしまうんですね。
大室 慣れていないもんだから緊張しすぎちゃって、ここはリラックスしていい時間という時でも、信号待ちでエンジンをふかし続けるようなエネルギー消費をしてしまう。オンとオフの緩急がつけられないと、すぐ疲れて、人によっては病んでしまうことさえあります。
横山さんは、AKB48の環境にすぐ適応できましたか?
横山 そうですね。私は、高校2年生でAKB48に入ったんですけど、中学時代はバスケ部で、高校時代はマクドナルドやココスでバイトもしていたので、先輩や大人とのかかわりを持っていたことが大きかったと思います。
ただ、新しいメンバーを見ると、そういう経験をしていないことで、体が追い付かなかったり、心が疲れたりする子もいるので、すごく納得しました。
大室 予防接種しないで大人になった感じだよね。
横山 免疫があるかどうかは、大きいなと思います。
大室 疲れちゃう子がいる一方で、過剰に適応しようと振る舞う人も問題なんだけど、そういう子はいないですか。
地方局でたまに見かける妙にリアクションが大げさな女子アナみたいな過剰な適応の仕方をするというか。失礼ですけれど(笑)。
横山 その例えはちょっとわからないですが(笑)、確かに頑張りすぎて疲れちゃう子もいますね。
大室 過剰適応タイプは、ある意味「ハイ」になっているから、疲れていることに気づくことが遅れてしまうんです。
横山 じゃあ、自分が思っている以上に疲れていることもあるわけですね。
大室 そう。何年後かに、ようやく「自分は疲れていたんだ」と気づいた時には、体がボロボロになっているケースがある。こうした人たちは、治りも悪い。また、過剰適応タイプは女性に多いんです。
横山 私はそういうタイプではないですね。最近気づいたことですが、私が人間関係でストレスがないのは、人に気を使うことが好きだからかもしれません。大人とお話をするのが楽しいんです。
それに、私は何か納得いかないことがあったら、その場で怒って爆発しちゃいます(笑)。
メンバーに怒ることはないんですが、スタッフの人に、今でもそうなることがあります。1週間前になって、やっとライブのセットリストが決まったり、「メンバーの意見を反映させるよ」と言っていたのに何も取り上げてくれなかったりしたときは「納得がいかない!」と伝えます。お客さんにもっと楽しんでもらいたいですから。
それで、バランスがとれているのかもしれません。

自分の感情といかにつきあうか

大室 横山さんは、“メンタル健康優良児”ですね。なかなか上手いこと怒っていると思います。
昔、きんさんぎんさんのドキュメンタリーを見たんですが、テレビ撮影の後に待たされていると不機嫌になって、杖でガンガン、家族を小突いていたんですよ(笑)。ああ、これが、長生きの秘訣だなと思いました。
横山 ためこまないことは大事ですよね。
大室 「怒りの感情を殺すこと」が、大人になるためのステップだと思っている人が多いけど、それはすごく病みやすい。
負の感情を含め、いろんな気持ちがあることを認め、うまく付き合うことが、大人になっていくことなんです。
横山 そうですよね。それで言うと、私は怒りの感情が生まれても、現場では絶対出さないようにしています。いつも怒鳴り散らして、自分の感情だけで勝手に動いている人には、誰もついていかないと思うし、そういう人には絶対なりたくないからです。
怒るのは、どうしても納得いかない時にだけに出す、駒みたいな感覚で考えています。
大室 あと、人間が付き合いにくいと感じる人って、怒る人よりも、怒るポイントが分かんない人なんですよ。
残念ですが虐待された経験を持つ子供は将来的にメンタル疾患のリスクが高まることが知られています。
そのようなメンタル疾患になってしまった方の話を聞くと親が情緒不安定なケースが多いんです。ある日は「良くやったね!」って言われたから同じことをしたのに、次の日は「なにやってんの」と怒られるなんてことが続くと、子どもは状況を理解できずに情緒不安定になりやすいんです。
横山 そうなんですね。メンタルに関して、周囲のメンバーに対して気にかけた方が良いことはありますか。
大室 普通の会社員だと、メンタルが不調になって「私、鬱なんです」っていう人は、ほぼいないんです。
それよりも、最近少し頭が痛いとか、女性の場合だと、婦人科系の不調を訴えるなど、不調が先に体に来ます。これは、大したことがないと思うかもしれないけど、メンタル的な要素が関わっていることも少なくないんです。
特に、儒教文化圏を中心としたアジア系の人は、自分がいかに悩んでいるかについて話すのが、非常に苦手なことが多いんです。
横山 本当ですか。他の地域の方はよく話すんですか。
大室 欧米圏の方は、昔から教会に行って「私は罪を犯しました」っていう懺悔の文化もありますし、自分の負の部分を話す言語を持っている方が多い。
片や日本人は、寺に行っても、説法を聞くというスタンスですよね。日本は大学でも座学が多いですが、お寺でも座学が多いんです(笑)。
横山 自分から悩みを言うのが難しいんですね。

1対1の面談が重要

大室 だから、小学生は学校に行きたくない時に「お腹が痛い」って、よく訴えますよね。メンバーの子で「最近、生理痛がひどくて」と言うのも、何かのサインかもしれない。
そして、不調を訴えた先には「行動化」が起きます。メンタル不調の人は、仕事のパフォーマンスが絶対に下がります。
仕事のパフォーマンスが4割減ぐらいになってくると、普通のサラリーマンだと、メールが返せなくなったり、遅刻し始めたりする。
一般的に、女性の生理痛などは除いて、サラリーマンが体調不良で休むのは、年間で平均2回ぐらい。だから、月に1回休むようになったとしても、それは平均からすると非常に多いんです。
横山 その時は、どんなふうに声をかけてあげたらいいんですか。「ちゃんと言わないと」と思う気持ちもありますけれど、心の不調の場合は難しいですよね。
大室 鬱は、1999年ぐらいから非常に増えてきて、「鬱は心の風邪」と言われるようになりました。「鬱の人に頑張れと言っちゃいけない」とか、聞いたことありますか。
横山 はい、あります。
大室 確かに、すごく重症な人には、頑張れと言ってもダメなんです。パソコンで言ったら、もうソフトを使いすぎて重くなって、クリックしても全然動かない状態ですから。
そこでクリックしまくるとさらに重くなります。
でも、最近ガイドラインも変わったように、軽症な人には「頑張ろう」がある程度有効です。その場合、必ずしも休職をするべきじゃないという方針となっています。
声をかける時のポイントは、例えば遅刻が「たるんでいるレベル」なのか、「本当に疲れて、会社に来られないレベル」なのか。
これを見極めるためにも、ちゃんと1対1の面談で話を聞くことが大事なんだけど、日本人って、正面から人の話をしない傾向にあるんです。特に上司・部下の関係だと「近いメンバーは家族みたいなものだから」などと言って、面と向かって話さない。でも、やっぱりこの時は1対1で話すことが重要です。
それが難しければ、時折自然に行うオープンクエスチョンの聞き方が良い。遅刻の話をあれこれ言うんじゃなくて「最近、疲れてない?」と聞いてみる。
横山 なるほど。その人の言葉を引き出せるようにするんですね
大室 横山さんはカウンセラー気質だから、うまいと思いますよ。お話ししていても、目の前にいる人に1対1で向き合っている感じがすごくします。
横山 本当ですか。ありがとうございます。

足りない部分を認めているか

ところで、大室先生は色んな経営者の方とお話もされているとのことですが、産業医の視点からは、どんなリーダーが優れていると感じますか。
大室 僕はリーダーって、いろんなタイプがいるなと思います。話していても魅力的な人もいれば、全然つまらない人もいる(笑)。
一つ言えるのは、優れたリーダーは、自分が足りない部分を認めています。要するに、自分に何ができて、何ができないかを分かっている人間が、リーダーとして非常に良い。
例えば、自分が社員とのコミュニケーションが苦手だったら、それが得意な人をナンバー2に置く。足りないものを、他人やツールを使って補完する。
よくあるのが、中途半端に何でもできちゃって、全能感を持つタイプです。「俺は何でもできる」「俺が一番」という人。これはあんまり優れていないリーダーです。
そんな何でもできる人、いないですからね(笑)。
横山 強みだけじゃなく、弱点を分かっていることが大切なんですね。
大室 たとえば、ソニーの礎を築いた盛田(昭夫)さんと井深(大)さんは、外交が非常に優秀な人と技術者が、お互いを補いあっていました。横山さんは自分の強みと弱みについてどう考えていますか。
横山 私の強みは、人と話すのが好きなので、誰とでもコミュニケーションを取れることです。それ以外で言うと、本当に基本的なことが出来ることでしょうか。遅刻しない、仕事を休まない、コンサートでは誰よりも早く着替える、とか。基本をちゃんとする以外は、他に何もないと思っているんです。
私は、本当にМCが苦手で、表向きに発信する力もそんなに強くない。でもそれは、指原(莉乃)さんなどがうまくやってくれます。私はアイドルっぽくもないけど、渡辺麻友さんがその役割を果たしてくれています。
今のAKB48の組織は、得意な子が、得意なことをやることで、うまくいっているのかもしれません。
大室 あんまり我が強くないんですね。
横山 「私が、私が」という気持ちはないです。AKB48として、これからもっと売れたいなと思います。
大室 自分がナンバーワンではなく、組織としての成功ですよね。もう、完全に銀座のママだ(笑)。
今って、SNSをはじめとして、自分を発信するツールが、すごく増えました。そこで、自己顕示欲をいかにコントロールして、どう折り合いをつけていくかが、一つの課題になっています。
反対に、昔の日本人は、自分を消して、自分よりもチームを大事にすることが当たり前でした。
そのどちらでもなく、「自分を出しつつ、抑えるところは抑える」というバランスを持つことは、意外と難しいんです。
横山 確かに、そう思います。
私も2年前くらいに、大島優子さんや、たかみな(高橋みなみ)さんから「自分のこともちゃんと考えた方が良いよ」と、さんざん言われたんです。「グループのことを考えすぎている」という意味で。
その時は、「でも、チームのことが一番」と思っていましたけれど、ようやく自分が強くなることもグループにとっても大事だなと分かってきたので、バランスを考え始めるようにはなったと思います。
大室 最近では、自分を確立してから、やっと周囲が見えてくるようになるタイプが多いんだけど、チームのことを考えていったことで、自分にも目が向くようになったと。これは、昭和の経営者みたいですね(笑)。
横山 私って、考え方が古いんですかね?
大室 いやいや、古くないですよ。いや、古いか古くないかでいうと・・・古めかな(笑)。ただこれは古いから悪いという意味ではなく、どちらのタイプにも優れたリーダーはいます。ただ、最近には珍しい昭和のタイプで面白いなと思いました。
横山 平成生まれなんですけどね(笑)。
――最後に、横山さんから大室さんにメンタルの問題で何か相談はありますか。
横山 私は本当に悩まないタイプなんですけど、あるとき人から言われた言葉に傷ついて、2日間ぐらい、ベッドで寝込んだことがあったんです。そんなときはどう過ごしたら、早く立ち直れますか。
大室 それで良かったんだと思いますよ。よくフラれたり、傷ついたりしたときに、「はい、次、次!」とか言う人いるでしょ。あれは駄目。絶対、ベッドで2日間は寝た方が良いんです。感情を頭で無理に合理化するのはよくない。
「酸っぱい葡萄」の話を聞いたことありますよね。昔の童話で、狐が葡萄に手が届かなかったときに、「あの葡萄は酸っぱいに違いないんだ」と言って、あきらめる話です。
これも一つのやり過ごす手法ではあるけど、やっぱり「本当は食いたい!」という気持ちが、体にたまっているわけです。
だから、最初から「葡萄が取れなくてムカつく!」と感情を出す方が、実は健康なんですよ。
2日間寝込んだことは、すごく遠回りに思えたかもしれないけど、ちゃんと落ち込んで、休めたことはいいことです。
熱が出たときに熱さましを飲んで、かえって風邪が長引くのと同じです。
それに、こうした経験を繰り返すと、似たようなことが起きても、今度は免疫があるので、そこまで悩まなくなる。
「自分は強いんだ」と、熱さましでごまかすと、本当につらい時に、体がおかしくなってしまいます。
横山 じゃ、寝込んで良かったですね。
大室 やっぱり、メンタル健康優良児ですよ。
横山 ああ、良かった。
大室 あと、いまの人は、弱みを出すのがとても苦手です。横山さんのように自分の弱みを素直に言えることは、非常に強みだと言えます。多くの人は、やっぱり、自分の弱みを出すのは怖いんですよ。
横山さんの弱みの出し方は、変に自虐ぶるわけでもなく、自然です。そして、怒る時に怒り、つらかったらベッドで寝る。メンタルがすごく安定している。
こういう人がリーダーとして真ん中にいるのは、すごくいいことです。メンタルが不安定だと、周りにも影響するので。
横山 でも、昔の私はすごくムラがありました。中学生の時は「キレキャラ」だったんです。
合唱コンクールで、ソプラノからアルトに変えられただけで怒ったこともありましたし(笑)。それが直ったのは、たぶん、年を重ねたり、先輩や大人と部活やバイトを経験したりして、AKB48にも入ったから。環境が大きかったと思います。
大室 若い頃に「良い子でいなきゃいけない」と思って、何もしていないと、その抑圧が何年か経ってから不調の原因になることもあるんです。
中学校の時はキレキャラで、だんだん大人になって丸くなることは、正しい大人のなり方です。男でいうと、加藤浩次さんみたいな(笑)。
横山 じゃあ、中学時代に放出していてよかったんですね(笑)。すごくいいお話を聞けました。本日は、ありがとうございました。
大室 こちらこそ、ありがとうございました。
(構成:菅原聖司、撮影:遠藤素子)