【早崎公威】巨大ブラックホールの謎を明らかにする糸口を発見

2016/10/29
Kimi Hayasaki (キミ・ハヤサキ、韓国国立 忠北大学)が中心となり(注1)、Avi Loeb(アヴィ・ローブ 、ハーバード大学 天体物理学研究センター)と共同で、連星超大質量ブラックホールに突入する星の潮汐破壊事象を、世界で初めて数値流体力学シミュレーションを用いて研究した。
その結果、連星ブラックホールからの重力波放射を検出する方法を見つけたので報告する。
連星ブラックホールからの重力波放射の検出はブラックホール合体を意味しており、ブラックホールがどのように大きくなったのかを明らかにする手がかりである。
以上の結果は10月21日付のSCIENTIFC REPORTSのオンライン版で発表された(注3)。

1. はじめに

この研究は、構想からリリースして出版するまでに実に6年かかっています。準備に3年ほど時間を費やし、本格的に取り組み始めたのが3年前。それを1年前に書き上げて投稿しました。
昨今の物理学分野における論文出版のスピード(平均で年間1〜3本)を思えば、いささか時間がかかりすぎかもしれません。
しかし、明確なオリジナリティがあり発展性の見込める分野であれば、専門家が構想や準備に時間をかけるほど質の高いものができる傾向があるのは間違いありません。時間とともに得られる情報量が増えて判断材料が多くなり、結果として研究の核であるオリジナリティの質が向上するのです。
今回の研究をニューズピックスで寄稿する機会を得たことはありがたい反面、この専門的な研究をどのようにビジネス分野が主流の読者に伝えれば良いのかおおいに悩みました。数式を使わずに、また読者に予備知識を求めずに物理の研究を伝える作業は、ことの外難しい。
その意味で、今回の寄稿はとてもチャレンジングだと思います。幸いにしてニューズピックスは、コメント機能があるので、読者からのレスポンスがすぐ得られるのが利点です。みなさんのコメントを拝読するのを楽しみにしています。
以下では、本研究の背景をベースにいくつかのキーワードを抜き出して、それらを説明しながら、本研究論文の内容にせまる形をとります。最後までおつきあいくだされば幸いです。

2. 背景

現在の宇宙には、数千億個の銀河が存在しています(注4)。そして、それらの銀河の中心には超大質量ブラックホール(第3節参照)が存在することが知られています。
なぜ、それが存在しているのかは、まだよくわかっていません。また、どうやって巨大な質量を持つブラックホールができたのかも分かっておりません。いわば、宇宙物理学・天文学上の大問題の一つなのです。
一方で、銀河は銀河同士の合体(注5)によって大きくなり成長してきました。つまり、二つの銀河が合体して一つの大きな銀河になると、その中心には二つの超大質量ブラックホールが存在することになるのです。
この二つのブラックホールはお互いの重力で引き寄せあい、お互いの周りをぐるぐると周回しています。これは連星超大質量ブラックホールと呼ばれています。
連星超大質量ブラックホールは、重力波(第4節参照)を放射しながら最終的には合体し、より大きなブラックホールになると考えられています。しかし、これまで人類は連星超大質量ブラックホールから放射された電磁波も重力波も両方とも検出したことはありません。
連星ブラックホールと単一のブラックホールでは何が異なるのか。まず、単一のブラックホールからは重力波は放射されません。電磁波に限って言えば、どちらからも放射されるでしょう。
ただし、直接ブラックホールから電磁波が放射されるのではなく、周囲に形成される降着円盤(第5節参照)やジェットからの放射光を我々は見ることになります。
今回の研究の一つの鍵は、単一のブラックホールからの放射光と連星ブラックホールからの放射光の違いを相対論的ビーミング(第6節参照)に見出したことです。また、星がブラックホールに極めて近づいた結果として起こる潮汐破壊事象(第7節参照)に注目したのも一つの特徴です。
もし、連星超大質量ブラックホールの存在が明らかになると、「ブラックホールがどのように大きくなったのか」「なぜ銀河の中心に存在しているか」に対する答えに近づくことになります。
今回発表した重力波放射の検出方法の発見は、その大きな一歩となるわけです。
(注4) 2兆個存在しているという研究も。
(注5) 合体しつつある銀河の例(NGC220とIC2163:チャンドラX線天文台提供)
(注6)
 連星巨大ブラックホールやバイナリー超大質量ブラックホールとも呼ぶ。
早崎公威(はやさき・きみたけ)
宇宙物理学者。専門はブラックホール宇宙物理学・天文学(理論)。京都大学基礎物理学研究所研究員、韓国天文研究院フェローを経て、韓国国立忠北大学天文学・宇宙科学科助教授、ブラックホール宇宙物理学研究室主宰。
(写真はハーバード大学天体物理学センター屋上の天文台ドーム前にて。撮影/加工:SHUHEI TESHIMA)

3. ブラックホール

そもそも、ブラックホールとは何でしょうか? 現実の宇宙に存在する大きなスケールのブラックホールについては、いくつか分かっていることがあります。
まず、ブラックホールの物理的な性質は質量、スピン、電荷で完全に決まります。例えば、二つの異なる場所にあるブラックホールが、全く同じ質量、スピン、電荷を持っているとすると、それら二つのブラックホールは区別がつきません。位置が異なっているにもかかわらず、物理学的には全く同じブラックホールということになります。
さらに、ブラックホールの大きさ(シュワルツシルト半径)はブラックホールの質量に比例します。この半径よりも内側に物質が流入すると、その分だけブラックホールが重くなります。そして重くなった分だけ、ブラックホールが大きくなります。
現時点で、天体としてのブラックホールの区別は三種類に分かれています。太陽質量の3倍よりも大きく10倍程度の星質量ブラックホール。太陽質量の数十倍から数万倍の中間質量ブラックホール。太陽質量の数十万倍から100億倍程度まで分布している超大質量ブラックホールです。
星質量ブラックホールは、これまでいくつもの電磁波による観測で同定されています。星質量と中間質量の境界領域のブラックホールが、今年2月に発表された世界初の重力波天体に相当します(注7)。
そして、超大質量ブラックホールは宇宙のほとんどの銀河の中心に存在すると考えられています。例えば、降着円盤からの放射光や周囲の星の運動を観測することで、その質量が見積もられています。しかし、まだ発見には至っていません。
最後に、ニューズピックスでも取り上げられた「ブラックホールとは何か?」に対する一般向けの分かりやすい対談記事やニュース記事があるのでいくつか紹介しておきます(参考文献A)。

4. 重力波

先ほども言及しましたが、人類史上初の重力波検出が発表されたのは記憶に新しいと思います。そこで、本研究のキーワードでもある「重力波となにか」のおさらいをしたいと思います。
アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体の周囲の時空は歪曲します。もし、その物体が運動をすると、この時空の歪曲が波動として光速で伝播する。これが重力波です(注8) 。
昨年発見された二つの重力波天体「GW150914」や「GW151226」は、太陽の数十倍の質量である二つのブラックホールが合体時に放射した重力波バーストを、地球で検出して発見されたものです(参考文献B)。
繰り返しますが、超大質量の連星ブラックホールはまだ発見されていないのです。

5. 降着円盤

ブラックホールに物質が落ち込む時、多くの場合はまっすぐ落ちずに回り込みながら落ち込みます。物質がガスのような連続体だと、回り込みながら落ちるガスが円盤を形成するのです。
この回転ガス円盤を降着円盤と呼びます。
降着円盤はガスの重力エネルギーを放射エネルギーに非常に効率良く変換するため、びかびか光る。ブラックホールそのものは光らない(れない)ので直接見ることができませんが、ブラックホール周囲の降着円盤からの放射光を観測することで、ブラックホールの存在を確認できるのです。

6. 相対性論的ビーミング

続いて、相対論的ビーミングについて(注9)。これは、地球に対して光速近くで向かってくる天体からの放射光の光度は、地球で観測するとその見かけの光度が増幅される現象のことです。逆に、地球から光速近いスピードで離れる天体からの放射光の光度は減衰します。
相対性理論(参考文献C)の大きな特徴の一つは、ある場所Aと別のある場所Bの時間が異なる、ということです。
特に、AがBに対して光速近いスピードで動いていたり、AがBよりもはるかに強い重力場の近くであったりすると、この違いは顕著になります。時間が異なることは、時間間隔が異なることでもあります。そして、光の振動数とは時間間隔の逆数に比例します。
例えば、Aから放射された光がBで受け取られるとすると、光速度一定の原理を踏まえると、両者の振動数は異なるのです。ある振動数の光の強度というのは、振動数の関数になっています。つまり、振動数が異なると光の明るさは異なって見えるのです。これが相対論的ビーミングの起源です。
今回の研究の場合、放射源は連星ブラックホールです。地球から連星ブラックホールを見た時に、その軌道面が向かって垂直でない限りは、その軌道周期共に地球に近づいたり離れたりします。したがって、放射光が軌道周期とともに明滅するのです。
(注9) ドップラーブースト(Doppler boosting)とも呼ぶ。

7. 潮汐破壊事象

超大質量ブラックホールは銀河の中心に位置しています。銀河の中心部は無数の星から成っており、それらが中心のブラックホールに向かって落下することがあります。
星がブラックホールに近づいた時、同じ星でもブラックホール側の受ける重力と、反対側の部分で受ける重力が異なるため、ある半径で星自身の重力を支える圧力との均衡が破れて、星が壊れます。この半径を潮汐破壊半径と呼びます。
潮汐破壊半径より内側に流入して破壊された星は、ブラックホールの重力に捕獲されて、最終的に降着円盤を形成し、光り輝きます。その明るさのピークは数日から数十日間と、非常に短い時間尺度でフレアアップするこの現象を、潮汐破壊事象と呼びます(参考文献D)。
私たちは、潮汐破壊事象についての研究したことにより、重力波放射を検出する方法を発見しました。

8. なぜ発見につながったのか

今回の研究の土台となるアイディアは、「連星ブラックホールで星の潮汐破壊事象が起きたとしたらどうなるのか?」「もしかしたら単一のブラックホールの場合と異なる放射光を出すのではないか?」という素朴な疑問から始まりました。
そもそも、潮汐破壊事象の研究は1960年代から始まっており、それらのほとんどは単一のブラックホールの文脈で語られてきたのです。それが、2010年前後に連星超大質量ブラックホールの潮汐破壊事象の頻度を理論的に算出する研究が、北京大学の研究グループやアメリカの研究グループから出始めたのです。
一方で、連星ブラックホールの場合にどのような放射光を出すのかは、これまでよくわかっていませんでした。というのは、原理的に、数値流体力学シミュレーションを必要とするからです。
 そこで、我々は連星ブラックホールの重力圏内に星が侵入したら、潮汐破壊半径に到達し、星が壊れて、降着円盤が形成されるのではないかとあたりをつけて、数値流体力学シミュレーションを開始したのです(注10)。
その結果、確かに降着円盤はできるものの、連星ブラックホール特有の周期的放射を示さないことが分かり、「このままでは、単一のブラックホールの場合と区別がつかず、科学的には面白くない」という結論に達しました。
そこから考え抜いた末に、相対論的ビーミングを考慮するアイディアが出ました。連星ブラックホールがお互いの周りを光速に近いスピードで回れば、相対論的ビーミングによって周期的放射光を示すのではないかという発想でした。
計算してみると、実際にその通りになりました。これで単一のブラックホールの場合とは異なることが分かり、論文を書くところまで行きついたのです。
しかし、私たちはそれでもまだ十分ではないと考えました。確かに放射光に周期性が出れば単一の場合と異なるのでオリジナリティは出ます。しかし、これが持つ科学的な意味はもっと大きいのではないか、と。
重力波放射の検出のアイディアが出てきたのはその頃です。計算してみると、光速の数パーセントの速度で周回する連星ブラックホールは、10年単位でその軌道周期が有意に収縮することが分かったのです。
これは当時、衝撃的でした。もし、連星ブラックホールの軌道周期の変化を捉えることができれば、それは重力波放射の証拠になるからです。また、相対論的ビーミングと合わせると、特殊相対論と一般相対論の両方の検証にもつながります。
このように、行き詰まったときに新しいアイディアが生まれて、そのアイディアに呼応するように新しいアイディアが生まれます。それらを上手に組み合わせて本研究の成果が出たのです。
(注10) 数値シミュレーションの結果をアニメーションにしたもの。連星ブラックホールの周りで星が破壊されて降着円盤ができるアニメーション。

9. 天体現象を利用する

この研究は、去年の10月、つまり重力波の世界初検出がリリースされる前にarXiv (論文が公開されるウェブサイト)や雑誌に投稿しており、重力波検出ニュースは我々にとっては後押しのような出来事でした。
しかし、連星超大質量ブラックホールの合体による重力波バースト放射を直接検出するのは、現在の技術や科学予算ではまだ難しいのです。
合体するブラックホールの質量によって検出可能な振動数領域が大きく変わります。超大質量ブラックホール同士の合体は、LIGO(注7)やKAGRA(注8)の検出できる振動数領域にないのです。
宇宙空間に新たな重力波望遠鏡を建設しなければなりませんが、現在ではまだ計画段階です。
そこで、直接検出できないまでも工夫を凝らす必要があります。ノーベル物理学賞を受賞したラッセル・ハルスとジョセフ・テイラーは、二つの中性子星から成る連星パルサーを発見しました。規則正しいパルス状の電波放射が見られる中性子星をパルサーと呼んでいます。
パルス周期の観測から、この連星系の軌道周期が徐々に短くなっていることを突き止めた彼らは、その原因が重力波を放出してエネルギーを失っていることにあると明らかにしました。
ハルスとテイラーは、重力波放射を、電波という電磁波放射を観測することによって検出したのです。いわば、天体現象を用いた重力波放射の検出です。
同様の手法が、連星超大質量ブラックホールの系にも使えるのではないか、と我々は考えました。ある時間を隔てて、潮汐破壊事象が二度起これば、相対論的ビーミングによって周期的に変動する放射光の周期が前後で異なるだろう、と。
その原因が重力波放射によるエネルギーロスで説明できれば、重力波を検出したことになるのです。

10. 今後の展開

大学院生や若手研究者が陥りがちの罠が、一旦研究成果が出始めると、その成功体験に酔って盲目になり、プレゼンテーションなどで、自身の研究の長所ばかりを主張し、短所を冷静に分析し公開することを忘れることです。
ご多分にもれず、私もかけだしの頃はそういうタイプでした。一定のレベルの研究成果が出るまでには年単位の時間と相応のエネルギーを費やすために、そうなるのは仕方がないこともないのですが、科学研究には完璧なものはありません。必ず、長所と短所があります。
特に研究論文では、それらを過不足なく並び立てて、読者や後に続く者のステップにすることが肝要です。逆に、それをしないと科学者としての信用を失いかねません。
では、今回の研究のウィークポイントは何でしょうか? 一言で言うと、それは現段階で全てが推論で、観測事実がないことです。
つまり、「もしこの宇宙に連星超大質量ブラックホールが存在していれば」「もし潮汐破壊事象がそこで起こってくれれば」「さらに、その10年後20年後にまた同様の潮汐破壊事象が起こってくれれば」「もし、相対論的ビーミングの効果が統計的に有意に大きければ」と、いくつもの「もし」を乗り越えた先に今回の理論を検証できるのです。
そこで、どの程度の頻度で観測できるのかを定量的に見積もり、きちんと掲示しなければなりません。
今の場合、このイベントの検出数=(銀河の中心に連星ブラックホールが存在する確率)×(潮汐破壊事象の発生頻度)×(観測期間あたりに検出される銀河の個数)×(相対論的ビーミングによる周期変動が有意に起こる頻度)となります。大雑把に見積もると上限値で1年間に約300回検出できる算段になります(注11)。
今後はここに挙げた一つ一つの要素を、観測によって事実確認を行う必要があります。ここでは詳細をはぶきますが、理論的にも詰めなければならない箇所もいくつかあるのです。これらの作業全てが、今後の研究課題となります。
当然、観測によって私たちの提案したアイディアは棄却されるリスクはあるし、今後の理論的研究によっても棄却されないまでも可能性を限定されるリスクはあります。
しかし、各方面から叩かれても壊れない堅固なものだけが、長く生き残る論文となり、極論すれば歴史に残る発見や、科学法則となりうるのです。
(注11) チリで建設中の大型シノプティックサーベイ望遠鏡(LSST)の性能に基づいて評価した。LSSTは2020年度に観測開始が予定されている。参考URL

11. おわりに

まずは、ここまで読んでくださったニューズピックスの読者に感謝します。しぼりたてほやほやのフレッシュな状態でおとどけできたので喜びもひとしおです。
今回の研究内容についてご質問を頂ければ、分かりやすい形でお答えできればと思っております。
コメント欄にぜひ書き込んでください。お待ちしています。

参考文献

A. ブラックホール関連のニュース記事
B. 重力波関連のニュース記事
C. アインシュタインの相対性理論関連のニュース記事
D. 潮汐破壊事象のニュース記事